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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第九話 百年の愛
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一.桃子、新たな任務を拝命す

 通勤ラッシュと登校が終わり、やや静かになった午前の町を桃子は自転車で駆け抜ける。


「それ行け私! 唸れ相棒!」


その言葉に呼応するように自転車がギシギシ唸る。もちろん自転車は唸らない方が良いに決まっているが。


何故桃子がこの時間に自転車を漕いでいるかと言われれば、別に重役出勤しているわけではない。ちゃんと時間通り署に来て(出頭ではない)誘われた朝稽古もこなし、仕事の準備も済ませた。普段ならもう交番に着いているタイムスケジュールで動けている。

その桃子がこんな配属された交番とは全然別方向へ自転車を飛ばしているのは。



「沖田ちゃん」


朝稽古を終えてスッキリしつつも草臥(くたび)れた桃子は、ホルスターにピストルを入れながら更衣室を出た所で課長の近藤(こんどう)に呼び止められた。


「はい。沖田であります」

「お前さん今日は、いや、暫く堀川一条に詰めんでよろしい」

「は! 内勤に転換でありますか!」

「や、そうでもなくてなぁ」


近藤は自身の短い襟足を撫でる。警官というよりはインテリヤクザみたいに軽薄な顔、覇気の無い喋り。桃子は怒鳴ってくる上司が多い(怒鳴られるようなことをしているからだが)中で珍しくルーズな近藤が嫌いではない。


「最近左京(さきょう)区の病院がね、入院中の爺さんが何度注意しても脱走して家に帰るっちゅうんで困ってるそうなの」

「はぁ」

「まぁ行き先はいつも自宅だから取り立てて捜索が手間なわけじゃないんだけど、病院は忙しいから迎えに行くのが手間らしくてね」

「そうでしょうね」


近藤は馬面の顎の無精髭を撫で(さす)る。


「それで逆に先回りで『家に地域課の警官一人配置して、爺さん来たら病院に連れて来れるよう手配してくれ』って話が来たのよ」

「ご家族に頼まないということは独居ですか。にしても何故私達がそんなことを?」

「いやぁ、僕もそう言ったんだけど、『徘徊老人保護するのは警察の仕事だろ?』って言われてね」

「そりゃ違いないですあっはっはっはっ!」

「そーなの! それで僕も断れなくてねえっへっへっへっ!」

「はっはっはっはっ!」

「へっへっへっへっ!」

「いやそれくらい毅然(きぜん)と断って下さいよ」

「うん、ごめんね」


近藤は首の辺りを揉みながら仕切り直す。


「それで沖田ちゃんに行ってもらうことにしようかなって。お前さん堀川で老人のアイドルだって聞いたよぉ? 地域課一の適材だ」

「なるほど! それでしたらまぁその通りですかね!」


調子付いて胸を張る桃子の肩を近藤はポンポン叩く。


「その意気その意気。じゃあよろしくね」


しかし頭が冴えない桃子にしては珍しく一つの疑念が頭を過ぎる。桃子はそのまますれ違って行こうとする近藤の腕を掴んだ。


「待って下さい? まさか、どうでもいいのに拘束時間が長いヤマだから一番戦力にならない私に振ろう、て考えじゃないですよね?」

「……」

「……」


近藤がこちらを振り返ることは無かった。


「今度居酒屋で奢るよ」

「おのれ! 髭剃れ近藤!!」



 そんなわけで自転車で爆走中の桃子の流れ行く視界に、ある二人組が映った。


「今のは!」


桃子は急ブレーキを掛ける。キュイイィィィ! と自転車の悲鳴が響く。通行人二人が首を竦める。


「うわっ」

「うるさっ」

「紡さん! つばきちゃん!」

「あ、なんだ、桃子ちゃんか」

「道理でうるさいわけです」

「自転車が軋むのは私の所為ではありません」


桃子が見掛けた二人組は、お馴染みの二人組である。紡は水ヨーヨー柄のワイシャツにモスグリーンのカーゴハーフパンツでハンバーガー柄のポーチ、つばきはビー玉柄のワイシャツにターコイズブルーの巻きスカートでドーナツ柄のポーチを持っている。


「二人ともこんな所で奇遇ですね! お散歩には遠いし、何かお仕事ですか?」

「あぁ、うん。この前ギックリ腰やって動けない知り合いに頼まれて檀家さんのお仏壇の魂抜きと魂入れをやったんで、その後どうなったか見に行ってきたところ」

「魂抜いたり入れたりするんですねぇ」

「そりゃお仏壇も古くなったらお引っ越ししないと。それに古いのそのまま捨てる勇気ある人もそうはいないでしょ」

「それで、桃子さんは交番にも行かず何してるんですか?」

「またクビ?」

「一度もなってません! 私はですね!」


そこで桃子はあることに思い至った。どうせ爺さんが脱走してくるまで人の家の前でひたすら張り込みとかいう暇な苦行をやらされるのである。だったら道連……話し相手がいた方がいい。


「……まぁ付いて来て下さい。そしたら分かりますよ」

「えっ、普通に嫌」

「警察官が雑な誘拐の手口みたいなこと言わないで下さい」

「なんと!?」


さっさと行ってしまおうとする二人に桃子は縋り付く。


「待って下さいよぅ! なんでそんな冷たいんですか!」

「だって絶対なんか企んでるもん」

「そんなことありません!」

「企んでない人はあんな笑顔で人を連れて行こうとしませんよ」

「そんな顔してましたか!?」

「そもそも君は公務でしょ? 私達部外者一般人を連れ回していいの?」


それを言われると弱い

のが通常だが、そんなの痛くも痒くもないのが桃子である。


「バレなきゃいいんです!」

「うわぁ言い切った」

「あは、不良警官だ」


初めて紡と会った日、堂々情報漏洩したあの経験が桃子を強く(?)した。


「いいじゃないですか! 聞き込みと一緒! ああいう市民の皆様の協力の延長線上!」

「こういう法の拡大解釈をする愚物(ぐぶつ)が戦争を起こすんだ」

「ぐぶっ……。とにかく、付いて来てくれないと公務執行妨害で逮捕しますよ!」

「普通付いてった方が公務執行妨害では……」

「諦めよう。桃子ちゃんに話が通じると思ってる時点で間違ってる」


こうして無辜(むこ)の一般市民を令状も無く強制連行した桃子は、結局道々事情を話している内に無事道に迷った挙句紡とつばきのおかげでなんとか目的地に辿り着いたのである。



「まったく、何してんだい」

「いやはや、助かりました。お二人を連れてきた私の目に狂いは無かった」


ここは脱走老人の家の近く。物陰から玄関を窺える位置。悪びれる様子が無い桃子に紡が飛び膝蹴りを敢行していると、


「あれ?」


つばきが少し抜けた声を出した。


「どうしたんですか?」

「いえ、桃子さん」


つばきは背中を擦りながら寄って来た桃子に示すように玄関を指差す。


「独居老人と聞いていたんですが」

「そうですね」

「誰かいますよ?」

「えっ」


つばきが指差す先には、竹箒を持った若い女性が立っていた。

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