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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第九話 百年の愛
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序.

 ここは京都市内のある病院。その廊下を女性の看護師が走りと早歩きの中間くらいでパタパタ進む。「廊下は走るな」が相場であり、それはよっぽどの事態でもない限りこの病院でも適応される。

その上でこのスピードを出すということは『よっぽどの事態』が起きたということであり、全力疾走しないということは「あまり急ぐ必要は無い」か「急いでも無駄だ」という目算が彼女の中で立っているということでもある。

やがて彼女は外来患者も無く、担当の入院患者の診察も終わって暇している『よっぽどの事態』の担当医の所に到着した。


「先生!」

「おう、どうした」


医師は宿直明けのうっすら髭が生えた顎を擦りながらグラビア雑誌を読んでいる。看護師はこっちを振り返りもせず赤白のボーダービキニGカップちゃんに夢中の(あるいは眠たいのでぼーっとしている)彼の背後から雑誌を奪い取り、丸めて脳天を叩いた。


「まさか四十(しじゅう)が見えて来た歳にもなって若い子に叩かれるとは」

「そんなことより、今井(いまい)さんが脱走しました」

「またぁ?」


医師は回転椅子でくるりと看護師に向き直る。


「家には誰か行った?」

「先程渡辺(わたなべ)さんが向かったところです」


医師は背もたれに沈み込む。


「そっか。それでいなかったらまた報告して。十中八九いると思うけど」

「分かりました」

「それとさ」


医師は少し上体を起こした。


「エロ本返して」

「没収」



 ここは京都市内のある和風建築。その居間に一人の老人が座っている。彼は湯呑みに焙じ茶を入れてのんびりしている。


「爺さん、また病院抜け出して来たのか」

「やっぱりここが一番落ち着くでな。あんな所に押し込められてるより家にいる方が()よ治るわい」


老人の隣には、白のタンクトップにジーパン、焦茶色の髪にうっすら日焼け肌の若い女性が座っている。彼女はさっきからずっと胡座のような両足の裏を合わせる座り方で、足首の辺りを掴んでロッキングチェアのように前後に揺れていたが、それをピタッと止めて老人の顔を覗き込んだ。


「……なぁ爺さん。本当はそれだけじゃないだろ」


その問いに対して老人は動揺したようなリアクションこそ見せないものの、決して彼女と目を合わせない。


「そんなことは無いわいて」

「おい。私らどれだけの付き合いだと思ってる。爺さんのことなんかなんでも分かるって、嘘なんか吐いてもすぐ分かるって分かってて言ってんのか?」

「年寄りを揶揄(からか)うんじゃないわい」

「揶揄ってんじゃ……」

「むっ、ゲェホ、ゲホッ!」

「爺さん!? 大丈夫か!?」


女性は慌てて老人の背中を擦った。触れた手から苦しげな振動が伝わる。


「なんでもないなんでもない、平気じゃて」


老人がニッコリ笑うのを、


「……」


女性はなんとも言えない表情で見ているのだった。

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