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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第七話 ここほれワンワン
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五.土地神エレジー

「んー……」


夜。ある民宿の一室で紡は缶ビール片手に窓辺に腰掛け唸っていた。風呂上がりの明るい茶髪が、ドライヤーで乾かして尚しっとりした光沢を持っている。


「ちゃんと乾かさないとエラいことなりますよ。ただでさえボサボサエアリーなんだから、撫で付けるところは撫で付けないと風に立つライオンですよ」

「うるさいんだよ」


紡はなんの気も籠っていない脊髄で作ったような返事をする。頭の中は別のことでいっぱいのようだ。無意識のように別の生き物のように、煙草を挟んだ手が青く煌めくベタの泳ぐ浴衣の袖を(ひるがえ)しながら口と灰皿を行き来する。


「一体何をそんなにむっつりしてるんですかねぇ」


対する高校の青いジャージの桃子は、ペンギンテトラの浴衣を纏ったつばきの髪をブラシで()く。つばきのサイドテールは細いが腰辺りまで垂れているので、こうして解かれていると髪が思った以上にボリューミー。幽霊的にはこっちの方が()()()のではないかと思わなくもないのだった。


「別に幽霊なので髪を梳くとか必要無いですよ?」

「そう言わないでやらせて下さいよぉ。一人っ子だから妹に色々してあげるのが夢だったんですよ」

「はぁ」

「きゃー♡」


変にテンションが上がった桃子は左腕一本でつばきに後ろから勢い良く抱き付く。その際に桃子は負傷した右腕をつばきの背中で強打し、つばきには固いブラシの毛が手を回された脇腹に突き刺さった。


「ぐあああ!」

「痛い!」


一頻(ひとしき)()()()()回って見ても、紡の「何やってるのさ」は飛んで来ない。


「……本当にどうしたんですか?」

「うーん……とねぇ」


紡は根元まで吸った煙草を灰皿に解放する。


「多分解決してないんだ、あれじゃ」


紡は次の煙草を咥える。まだ火は点けない。


「あれって、地鎮祭ですか?」

「うん。滞り無く如才(じょさい)無く務めたんだけど、どうにも禍々しい気が晴れてない」

「えぇ……。それってどういうことなんです?」

「単に土地の神水脈の神の不興を買ったとかじゃなくて、もっとこう……」

「禁足地の類ですか」


つばきが紡の煙草にマッチで火を点けながら補足する。


「ありがと。そうだね、そういったレベルの、単なる地鎮祭でどうこうなるレベルじゃない『呪』が掛かってる」

「それって、土地の神様より強い『呪』ってことですか……?」


桃子がおずおずと聞くと、急に紡は破顔一笑した。


「Ha-ha! そりゃこの前のこっくりさんみたいに人間目線で見れば恐ろしいけど、今時土地の神様なんてそんなに強いもんじゃないよ」

「えぇっ!?」

紡がビールを(あお)る横で、つばきもちゃぶ台の上にゴロゴロ置いてある缶を取りプルタブを起こす。


「だって桃子ちゃん、自分の家が建ってる所の神様知ってる? 今座ってるここの土地の神様は? 知らないでしょ。神の力は信仰の力、というよりこれもこっくりさんの『呪』と同じ、そう信じる心の多さと強さで力が決まる。だから忘れられた神様なんてのは、より強い『呪』があればあっさり負ける。この前話した仏教やカレーと一緒だね。強い方が主、弱い方が従。上下が決まれば飲み込まれ、そこに善悪鬼神は関係無い」

「そんなことよりつばきちゃん、ビールよりフ◯ンタグレープとかにしませんか? 絵面的に」

「おぉ……。桃子ちゃんにすら『そんなこと』と流される……。これが土地の神の信仰か」

「あは」


桃子の説得も虚しく、つばきはビールを見せ付けるように飲んだ。まぁそういう桃子が代わりのバ◯リースなんかを買って来ないのも悪いが。


「あ、あ、あ……、私の可愛い妹が不良に……。と言うか、それでもこの前の土地の神様はこっくりさんの『呪』くらい軽く無視してましたよね。つまり」

「向こうとこちらの土地の神の力にもよるけど、まぁこっくりさん以上の『呪』で穢れた土地と見て間違い無い」

「うわぁ、大丈夫なんですか?」


紡はビールの缶を桃子に投げて寄越した。片手で器用にキャッチした桃子は中身を飲もうとするが空だった。平気で投げるわけである。


「ひどい!」

「大丈夫かどうかは相手の正体土地の因果が分からないことにはね。まずはそれを探る必要がある」

「どうやって調べましょう」

「こういうのは土地の古老に聞くか図書館や資料館に行くか。まさかネットで心霊スポットなんて書かれてるような所を買いやしないだろうし」

「しかし、土地の人が禁足地と知っているような場所、不動産屋に売らせたりしますかね?」


飲み干した缶をペコペコ言わせるつばきに、紡は腕を組んで考え込む。


「うーん。としたら情報を持っている人は、いたとしてもそういう時にアクションを起こせないくらい参ってる人かぁ。簡単には出会えないね」

「じゃあ明日からは草の根分けての町巡りですか」

「そうなるね。足で情報稼ぐ、桃子ちゃんの得意分野だ」

「そんな得意でもないですよ」

「じゃあ君はお巡りとして何が出来るのさ」

「知りませんよそんなの」


桃子は足で缶を挟んで左手でプルタブを起こす。


「あは。知りませんはダメでしょう」

「いいんですよ。まぁ、そういうわけなんで明日ものんびり行きましょう」

「そうはいかないよ。クライアントの安全が掛かってるし」

「でも、事情を話して残った二人にはホテルに泊まってもらってるそうじゃないですか」


実際紡が事情を話すと、唯と佑は快諾してホテルに移ってくれた。さすが金持ちである。


「禁足地から離れてるので大丈夫なのでは? ホテル代は(かさ)みますけど」

「どうかな」


紡の二本目の煙草が消える。


「こういうのはよく、『持ち帰る』って言うでしょ? 離れたからって安心しない方がいい」



 唯から「佑が倒れた」と連絡があったのは翌日の朝のことである。

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