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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第七話 ここほれワンワン
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三.事件のあらまし生クリームマシマシ

 桃子は高知の山と聞いていたが、車が停まったのは街の大きな病院の駐車場だった。


「何処が山なんです? 『今夜辺りがヤマです』的なヤマですか?」

「しょうもないこと言ってると山に埋めるよ」

「勘弁して下さい」


桃子が降車すると、知らない間につばきが足を取り戻して歩いている。便利なものである。

病院のエントランスに向かうと、ちょうど自動ドアの横に背の高い女性がいる。先頃紡が「もうすぐ着きます」と電話した折に相手は「入口でお待ち致します」と言っていたので、


「あの人が今回の依頼人の……」

「そう。岩下唯さん」


向こうも明らかに「その道」な格好の女が車から降りて来たので、戸惑ってそうな足取りでこちらに来る。


「そう言えば紡さん。青木のおばあちゃんの時は病院に普通の格好で行ったのに、今回はめっちゃ仕事服ですよね。着替える暇も無かった櫻井さんの時は別として、なんの違いです?」

「演出だよ演出。私だって基本仕事服で病院なんか行きたくないよ、周囲を騒がせるし。でも青木のおばあちゃんみたいに一回店で仕事服姿を見せた後ならともかく、ファーストコンタクトでシャツとジーパンみたいな人が来たら向こうも『大丈夫か?』って思うじゃん」

「俗っぽい理由だ……」

「術師はね、外連味(けれんみ)命の仕事なんだよ。今までもこれからも」


そんな詐欺師一歩手前みたいな胡散臭い話をしていると、相手が目の前まで来た。


「ホリデイ=陽さんですか?」

「はい。貴方が」

「岩下唯です」


すらっとした長身を綺麗に折り曲げてお辞儀をする唯。特別長身な者はいない(前時代的に小柄な霊はいる)三人には縁が無い優美な印象を与える。彼女はやはりすらりと長い手で紡達を院内へ促す。


「父の病室へ案内致します」



 「岩下(まさる)」と名札が付いた病室に入ると、まぁまぁ人相の(いか)つい男が寝込んでいる。


「こちら、お父さん」

「はい……。診ていただけませんか?」

「承知しました」


紡は何やらブツブツ呟きながら人差し指と中指を立てた右手を暫く翳すと、


「中に何か……、いますか」

「やっぱりそうですか!」

「お話お聞かせ願えますか?」

「はい。立ち話もなんですから、一階のカフェにでも」


唯はまた丁寧な所作で促す。桃子とつばきは小声で笑った。


「ラストの犯人連行するシーンの古畑◯三郎みたいですね」

「あは」



「父は基礎疾患も無く健康そのもので、あ、お酒と煙草はやるんですけど」

「紡さんも気を付けた方がいいですね」

「……」


紡はテーブルの下で桃子の脛を蹴った。


「痛い!」


桃子の身じろぎに合わせてテーブルの上が揺れる。唯のカフェラテ、紡のアイス紅茶ラテ、つばきのオレンジジュース、桃子の生クリーム山盛りチョコバナナコーンフレークパフェウエハースぶっ刺さり。


「別荘が建ったので遊びに来てたんです。そしたら父の会社で大問題が起きたっていう電話があってその直後、急に胸を押さえて倒れたんです」


唯は心ここに無い様子、カフェラテを匙で掻き回す。桃子も付いて来たがったくせに興味そこに在らず、パフェを相手に「全然減らない」と匙で穿(ほじく)り返す。利き手じゃないので()()()()()というか荒っぽい。痛みを庇っても利き手の方が上手く食べられるだろう。


「それで救急車を呼んであの状態なんですが、お医者様によると特に病気や疾患は無いそうなんです。だから慣れない土地に来たことや会社のことでの心労が重なった結果だろう、と。なのに……」

「いつまで経っても目を覚ます気配が無い、と」

「はい……。そういうことが原因なら、暫く寝れば目を覚ます筈なのに……」

「全然減らない……。つばきちゃん一口食べます?」

「あは!」


真剣な話をしている横で、桃子のパフェがスプーンも使わず真上からガブリと行ったつばきによって三分の一にされる。


「わぁーっ! とっ、取り過ぎですよ!」

「さっきからうるさいなぁ。君らは外で遊んで来たら?」

「だって私のパフェが! 生クリームが! もう僅かのバナナとコーンフレークだけに!」

「すいませんこんなの連れて来て。いや、連れて来るつもり無かったんですが、背後霊みたいにくっ付いて来ちゃって」

「背後霊くっ付けてたのは私ですが!?」


変な部分に反応している桃子の隙を突いて、つばきは桃子が一旦手放したスプーンを使ってコーンフレークも摘み食う。


「それで、もしかしたら父を蝕んでいるのは医学的なことではないのかも知れない、と思いまして、今回ご依頼申し上げた次第です」

「なるほど、よく分かりました」


紡がメモを纏めている横で桃子はつばきと「メロン乗ったパフェも食べたくありません?」とか話している。

紡はメモを眺めながら確認を取る。


「えー、お話によると、別荘が建ったのでこちらに来られた。つまり別荘が建ってからこちらに来るのは初めて?」

「はい」

「お父さん、別荘の建設中に何度かこちらを訪れられたりは?」

「いえ、最初に土地自体を買いに見に行って以来は行ってない筈です。仕事がありますから」

「となるとやはり、『呪』による障りであればこの土地に来たことが切っ掛けと見えますね。別荘の建設中に事故があったとか中々進まなかったとか掘り返した所から変なものが出て来たとかは」

「いえ、私の知る限りでは。父は何か聞いていたかも知れませんが、今となってはあの状態ですし……」

「そうですねぇ」

「すいませーん!」


桃子が手を上げて店員さんを呼んでいる。


「君ら別のテーブル行ったら?」

「そんなこと言わないで下さいよぉ」


紡は諦めたように息を吐くと、メモを見ながら頭をボリボリ掻いた。


「んー……、もし建設中に事故が多発していたとかなら十中八九地鎮祭に手落ちがあったとかなんですが、あ、そもそも地鎮祭やられました? まともな建設業者ならするよう勧めてくれたと思いますけども」

「さぁ、それも私には……」

「ですか。そういうことで障りがあるのであればまぁ、地鎮祭をちゃんとすればお父さんも治ると思われますが、うーん、情報が少ないので何とも断言出来ませんねぇ……」

「そうですか……」


紡はパタンとメモ帳を閉じる。


「まぁ、とにかく現地へお邪魔しましょう。実際に見てみなければ何も分かりませんし、見れば分かることあるかも知れません。ご案内お願い出来ますか?」

「はい! こちらこそ是非お願いします!」


紡と唯が席を立つと、桃子が慌てて手を振った。


「あ、あ、ちょっと待って下さい!」

「何さ」

「そんな所行って大丈夫なんですか!?」

「そういう仕事じゃないの。分かってて付いて来てるんじゃないの?」

「それはそうですけど……」


ちょっと間を開けた紡は何か思い至ったような顔をすると、ニンマリ桃子に詰め寄った。


「ねぇ、いつしかの幽霊がいるかも知れないイタリアンレストランには平気で付いてきた桃子ちゃんが急にそんなこと言うのはおかしいと思わない? 何を隠してるのかな? 言ってご覧」

「な、そ、な……!」

「言わせてやろうか?」


紡の完璧にして作り物みたいな笑顔のドアップに負けた桃子は、モジモジ切り出した。


「その……、メロンパフェと明太パスタが来るんです。暫くお待ちいただきたい、です……」

「……君ねぇ」

「だってパフェがすっごく甘いんですもん。辛いもの食べたくなって……」

「そういうこと言ってるんじゃないんだよ……」


つばきもなんか肩を竦めている。


「だって遠い高知の病院のカフェなんかもう来ないかも知れないと思ったら、メロンパフェも食べとかないと後悔するじゃないですか」

「君最近桃子ちゃんに汚染されて来てるよね」


一応唯のご好意で桃子とつばきが置いていかれることはなかった。

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