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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第七話 ここほれワンワン
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序.

 真っ暗な空間に一筋のスポットライトが。一人の女性がこちらを振り返る。


「えー、日本には『足元を掬われるぞ』という言い回しがありますぅ。基本的に『相手が弱そうでも見くびるな』『細かいことにも気をつけろ』という意味で使われますから、足とは言ってもメンタルに対する警句です。んー、ですがみなさん、どうせなら物理的にも足元に気をつけて下さい。余裕があるならその下も是非。丹・紡・ホリデイ=陽でした」


パッと周囲が明るくなる。そこは少し広めのよくある寝室だった。

部屋の入り口を見ると照明のスイッチを押したままの体勢でつばきが突っ立っている。高級レストランに行ったら隣の客がスト◯ッチマンの格好してる、みたいな表情で。


「紡さん何してるんですか? 天井から懐中電灯ぶら下げて」


ちょうど電池が切れたのか、紡と一緒に懐中電灯も沈黙した。



 ここはある山中の和風なお屋敷。子供達が大学の長期休みの内に、と遊びに来た家族が居間で寛いでいる。父親は縁側の座椅子に、母親は食卓の座布団に、息子はごろ寝。


「空気が綺麗でいい所ね、あなた」

「そうだろうそうだろう。昔から山に別荘を持つのが夢だったんだよ」

「でも思い切った買い物だわ、こんなに広い土地。大きな別荘建てたのにまだまだスペース余ってるじゃない」

「ははは! 庭園拵えたり家庭菜園したり、離れだって建てられるな!」

「お金使い過ぎよ」

「それがなぁ、思ったより土地が安く買えて資金は浮いてるんだ」


その言葉に寝転がってスマホを弄っていた息子が反応する。


「マジで? なんか曰く付きなんじゃねぇの?」

「そんなわけあるか! 麓の町まで結構掛かるだろ? 生活に不便だからお安くなってたんだ。別荘建てて色々持ち込んで数日籠る分にはなんの問題も無い」

「へぇー」


父親は妻の方へ視線を戻す。


「そう言えば(ゆい)は何処に行った?」

「唯ならスキピオ連れて『敷地を一周してくる』って言ってたわよ。もう随分前だけど」

「で、まだ戻って来ねぇの。親父、やっぱり敷地バカ広ぇよ」

「はっはっは! じゃあスキピオのドッグランも作ってやらんとな! おっと」


大笑いする父親のスマホが唸った。着信は彼が経営する会社の副社長木村(きむら)からだった。



 今はまだ一面だだっ広い草むらがあるだけの土地を、一匹のゴールデンレトリバーを連れた女性がぷらぷら歩いている。


「山の中腹に、急にこんな開けた場所があるなんて。それっ!」


彼女、岩下唯(いわしたゆい)は野球ボールを投げる。傍らにいるゴールデンレトリバーが矢のように飛び出す。

高知出身の父が故郷への凱旋と買った土地。遂に別荘が完成したので遊びに来たわけだが、そこは田舎の地主みたいな大きい屋敷を建てても、それがいくらでもコピーアンドペースト出来そうなほど広い土地だった。一体どれだけ広い土地を買ったのか。おそらく不動産屋も工場を建てるような土地として買い手が着くと思っていたことだろう。

彼女はせっかくお金を払って自分達の土地にしたのに足も踏み入れないスペースがあっては損した気分になると考え散歩に出たのだが、ただ何も無い原っぱを歩いても飽きるのでこうして飼い犬を遊ばせながら歩き回っているのである。

犬がボールを咥えて戻って来た。


「よーしよしよし、いい子ですよスキピオ」


一頻り首や頭を撫でてやってから、もう一度ボールを遠くへ投げる。放物線で青い空を割るそれをザーッと緑の草原を駆けるスキピオが追う。何とも長閑(のどか)な風景である。唯は大きく伸びをした。


「んー……! ん、まぁ何も無い方が寝転がってまったりするにはいいか。解放感あるし」


早速横になろうかと思った唯だが、スキピオは届く範囲に顔があるととにかく舐めてくるので思い止まる。

と、唯は件のスキピオがボールを持って来ないことに気が付いた。


「スキピオ?」


辺りを軽く見回すと、スキピオが何かゴソゴソとやっているのが見えた。


「スキピオ、何してるの」


唯が小走りで近付くと、スキピオはボールを咥えて土を穿(ほじく)り返そうとしている。


「こら、スキピオ。また悪戯しようとして。ボール埋めちゃいけません」


唯はスキピオの前足を抱え上げて穴掘りを阻止する。足を下ろさせるとまた土弄りを再開するかも知れないので、唯はそのままスキピオに二足歩行をさせながら移動を開始した。彼女が全身抱え上げるにはスキピオは大きい。

しかしこの状態で広い敷地を行脚するのも具合が悪いので、唯は一旦建物の方に戻ることにした。



 えんやこらとスキピオと歩いていると屋敷の縁側が見えてきた。このまま玄関には回らずそこから直接上がってしまおうと思った唯の耳に飛び込んで来たのは、


「何!? 食中毒!? 工場は……しばらく閉鎖!? 待て、再開はいつになる! 分からん!? 保健所次第!? そんなことでは我が社の経営はどうなる! わ、分かった。すぐには戻れんから会議にはリモートで参加する。分かった。では後ほど」


父親の怒号だった。必死の形相で通話を切った父の顔を、母が心配そうに覗き込む。


「一体どうしたの……?」

「新商品を食べた消費者が次々に病院に運ばれたそうだ。食中毒かも知れんし誰かが毒物を混入したかも知れんということで、保健所と警察が入ってしばらく工場は動かせんらしい」

「工場動かせないって、その間どうすんだよ!?」


弟の心配は(もっと)もである。地方の食品会社である『イワシタフーズ』は工場を一つしか持っていない。つまりそこが生命線で、生命線がしばらく切れるというのはそういうことである。


「それを今から重役会議で話し合うんだ。父さんもリモートで参加するから、しばらく部屋に入ってくるなよ」


そう言い残して父は椅子から立ち上がった。そして部屋に行こうと二、三歩歩いた所で、



「うっ、ううううむ!」



急に苦しげな声を上げると胸を押さえて床に倒れ込んだ。



「きゃあ!」

「あなた!」

「き、救急車!」


周囲が右往左往する中、当の父親はのたうち回りながら


「グゥ、ガル、グルルルルル……!」


まるで機嫌が悪い時のスキピオのように唸っている。それを見たスキピオが輪を掛けて唸るのだった。

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