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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第六話 よく効く酒
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一.オーロラソースに陰陽の根幹見たること

「まぁったく、なんだってんだいあの(とっ)つあん共!」


お昼時。桃子は不貞腐れてポケットに手を突っ込み、有名怪盗三世みたいな歩き方で大通りを行く。

三度目の乱闘で頬に湿布を貼る傷を受けた桃子は上司に、


「負傷したんだから今日はもう上がれ」


(てい)よく追ん出されてしまった。まぁ現役警官としてそこらの一般人を圧倒するほど暴れたんだから仕方無い。精神年齢が十四歳未満……否、警官でなかったら桃子が真っ先にパクられていた所だ。

 そんな懲罰を受けるどころか()()()()とお天道様の下を歩けているのは黒い公権力の特権であることが露程も頭によぎらない桃子の目にあるものが映った。

往来の四十メートルくらい先で二人して楽しそうに外出している、


「つ〜むぐさ〜ん!♡!♡!」

「なんだお前『不〜二子ちゃ〜ん!♡!♡!』みたいに」

「こんにちは」

「つばきちゃんは、次元……、五ヱ門……。ジゲもん?」

「あは。アホほどどうでもいい」


ベレー帽、ヤシの木が生えた砂浜のサンセットがプリントされたTシャツ、色素が薄いデニムのワイドパンツの紡とパイナップル柄のアロハシャツにホットパンツ、右肩から左腰へポーチを掛けたつばき。服装に加えて揃ってティアドロップのサングラスを掛けている所為で、なんかヤンキー姉妹に見える。


「それより何。今日はサボり?」

「違いますよぉ。早退(はやび)けです」

「ご自愛下さいね」

「あ、至って健康です」

「え、健康なのに……? あ! そ、そっか……」

「そうですか……、遂に……」


急に紡とつばきが余所余所しい態度を取り始めた。紡は左斜め下を、つばきは右斜め上に目線をやっている。


「なんですか」

「懲戒免職か……」

「いつかはこうなると思ってましたけど……」

「はぁ!?」

「まぁ、まだ若いんだから次のチャンスがあるよ」

「幽霊ライフも楽しいもんですよ」

「クビにもなってませんし死ぬほど追い詰められてもいませんが!? どう見ても負傷で早退でしょう! この湿布が見えないんですか!」


紡が桃子の肩にそっと手を置く。


「桃子ちゃんお昼食べた? 私達これからなんだけど、よかったら奢るよ?」

「だから食い扶持失ってませんから!」


つばきがそっと桃子を抱き締める。


「よかったら椿館に住んでもいいですよ」

「遠いし! 第一実家に住んでますから! 寝る所ありますから!」


でもお小遣い制桃子にとって奢ってもらうのは(やぶさ)かではない。お小遣い制でなくても吝かではない。



「それで大変だったんですよ! マジで!」


桃子は料理を待つ間、二人に午前中の狂騒を訴えていた。口の中を切っているので水が染みて、それが沸々と怒りを再点火させたのだ。

三人はビルに入った、小洒落た眺めの良いカフェレストランに来ている。こんな所に昼食を取りに来る辺り、坊主ならぬ陰陽師丸儲けと言った所か。


「全く、みんなおかしいですよ。普段は喧嘩なんかするような人達じゃないのに。なんなら相手を殴るより先に自分の心臓が止まるような儚い人々です。それがどうして……」

「それはねぇ」

「第一私だって普段はとても温厚で優しくて純情な女の子だというのに」

「ねぇつばきちゃん、今の聞いた?」

「私耳がおかしくなったみたいです」

「どう思うよ」

「順番に『否定』『審議拒否』『バカ言ってんじゃねぇよ』『精神年齢はそうだね』と言った所ですか」

「怒りますよ!?」

「やっぱり短気じゃないのさ」

「あは」


グダグダ話していると料理が運ばれて来た。桃子は熱々のハンバーグ(口の中切ってるのに)、紡が白身魚のフライでつばきがオムハヤシである。

桃子は紡のプレートを覗き込む。


「おや、魚フライなのにタルタルソースでないとは」

「これはオーロラソースだね」

「あのケチャップとマヨネーズ混ぜたやつですよね」

「そうそう。あの日本式のオーロラソース」

「日本式とかあるんですか?」

「あるよ。フランスのソース・オロールはヴルーテソースやベシャメルソースにトマトピューレとバターを加えたもの」

「よく分かりませんねぇ。わ、すごい」


桃子は自分で話を振っておいて今はもうハンバーグの断面から溢れる肉汁に夢中になっている。


「それにしても、このオーロラソースは世界のバランスのちょうど中心点をよく表しているよね」


しかし紡も気にしていない。自分の世界に夢中になっている。


「いつか『陰陽魚』と囲碁を使って『世界と陰陽のバランス』の話をしたと思うけど、それを端的に表しているのがこのオーロラソース。陰と陽、どちらかが強過ぎると世界の調和が崩れるように、ケチャップとマヨネーズ、どちらかが多過ぎると味のバランスがおかしくなる」

「へー。私はウスターを隠し味にするのが好きです」

「だからこそオーロラソースを作る行為は我々陰陽師が平安の古来よりやってきた『暦と天地の運行に合わせてその綻びを(なら)す』作業に似ている。陰陽道の根幹に関わる『呪』だ」

「ご家庭で世界が直せるたぁ良い時代ですねー」

「しかも天地の運行と言えば、オーロラは天たる宇宙と地のちょうど間に存在するもの。ここでも上手いことど真ん中の『呪』的、陰陽的にいい位置を占めているわけさ。そもそもオーロラの語源はローマ神話の女神アウローラ。彼女はギリシャ神話の女神エーオースと同一視されているんだけど、このエーオースがなんと三柱の風の神の他に、この世の全ての星を産んだ女神とされているんだ。この地球そのものがエーオースによって生まれたというのは大変重要なことで、つまりそれは世界が最も安定し天と地の中庸を占める状態を探って行けば天の中に地が生まれる世界完成の瞬間に至るということで……」

「熱っ熱っ熱っ!」

「とまぁ、世界そのものを言祝(ことほ)いだなんとも『呪』的に意義深い瑞兆であるのに、中国や西洋の一部では戦争や災害の予兆、果ては神の怒りととんでもない勘違いをされていたんだね。つまり中国文化の影響多大なる陰陽道は長いことオーロラについて勘違いをしていたんだ。天動説くらい真逆の勘違い、笑っちゃう」

「つばきちゃん付け合わせの人参食べますか?」

「好き嫌いしないの」

「オーロラソース、これほど深く探れば陰陽道として意義深く興味が尽きないテーマはそうないね」

「お話終わりましたか?」

「終わったよ」


こんなやり取りを(はた)から見れば、つばきはこう笑うしかなかった。


「あは」

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