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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第四話 こっくりさん
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一.軍鶏肉と人間の理

 本日も天気晴朗、つまり猛暑、つまり地獄。

こんな日は冷房の効いた部屋に籠城してアイス齧りながらドラマ映画アニメ見放題有料チャンネルでも見てるのが人間の幸福というものだが、


「あっついですよ紡さん……」

「Ha-ha! 吠える体力も無いか!」


桃子達はわざわざ好き好んで(桃子は好んでいない)庭にいた。まるでピクニックのようにレジャーシートを敷き、パラソルを立て脇息(きょうそく)を備えてまで庭にいる理由は桃子が団扇を扇ぐ先にある。


「うーん、七輪に炭、これこそ日本の原風景」


そう。彼女らは今、七輪を取り扱っているのである。室内でやったら煙が大変なことになるので庭に出ているというわけだ。


「さて桃子ちゃん、炭の具合はどうかな?」

「炭火を扱ったことが無いので分かりません。それより腕が疲れたので代わっていただけないでしょうか?」

「つばきちゃん、炭の具合は?」

「よろしゅうございます、閣下」


桃子の要求は敢え無く黙殺された。代わりに炭の検分を任されたのはこの前の椿館から連れ帰った幽霊少女つばきである。メイド装備が外れてただの大正ハイカラ女学生みたいな格好になった彼女は七輪を覗き込んでOKサインを出す。そして


「ゲッホゲッホ!」

「幽霊なのに咽せるんですか……」

「お焚き上げされちゃう!」

「お焚き上げって……。中天高いお天道様の下でセカンドライフ満喫してるような幽霊に言われましても……」

「あは。お◯ヌちゃんみたいなものです」

「はて?」


大正と令和で繰り広げられるジェネレーションギャップ(お◯ヌちゃん自体はどちらの世代でもない)を尻目に、脇息に(もた)れていた紡がざっと立ち上がる。赤ピンク白黄の躑躅(つつじ)柄でちょっとアロハシャツみたいな浴衣の袖が翻る。


「さて! 炭が良いなら始めようか!」


紡は大皿片手に菜箸を高々と掲げる。大皿に載っているのは、


「しかし、私軍鶏(しゃも)なんて初めて食べますよ」

「高級食材だからね。私も貰い物でしか食べない」

「軍鶏くれる人がいるんですか」

「過去の顧客に軍鶏農家がいてね。毎年お中元とお歳暮に贈ってくれるんだ。他にもお礼だとか代金代わりだとかで色々送ってくれる人は結構いるよ?」

「へぇー、暴利貪ってますねぇ」

「向こうのご厚意だから」


紡は軍鶏肉を網に並べていく。


「軍鶏と言ったら鍋だけど、それは晩にしよう」

「じゃあ炭焼きも晩にしたらいいじゃないですか」

「鮮度良い内に食べたいじゃん」

「そんな、刺身で食べるわけじゃないんですから」

「そもそも冷凍されてるお肉の鮮度とは一体」

「ごちゃごちゃ言う子らには晩の軍鶏鍋しか食べさせないよ」

「よっ! 紡さん日本一!」

「神州無敵!」

「よいしょが雑だなぁ」


桃子とつばきがやんややんやしている横で軍鶏が炙られていく。

半分は塩で、もう半分は自家製のタレで。タレが炭に落ちる度にじゅぅうと音が響き咽せる煙を吸い込みたくなるような味覚が備わる。


「あぁ! (かぐわ)しい! 早く焼けませんかね?」

「桃子ちゃんステイ」

「私は犬ですか!」

「あは」



 つばきと沖田犬がフリスビーで遊んでいる内に軍鶏がいい塩梅に。


「食べるぞーっ!」

「「おーっ!」」

「の前に桃子ちゃんは手を洗って来ようね」

「はい」


フリスビー遊びで汚れた手を洗い直した桃子が庭に戻って来ると、紡とつばきは既に乾杯をしてよろしく始めていた。


「あぁーっ! フライング!」

「待つ義務は無いし」

「それにまた昼間っから」

「じゃあ桃子さんのグラスは片付けて来ますね」

「それはおかしいですよ!」


結局桃子もグラスを受け取ると、そこには黒にならんばかりの濃い薔薇色が。


「これは、赤ワインですか」

「白ワインに見えるの?」

「そんなわけないでしょう。ただ」

「何さ」

「よく鶏肉は白ワイン、牛肉が赤ワインって言うじゃないですか。鶏肉だと赤ワインの力強さに負けるとかで。いいんですか赤ワインで」

「別に白ワインが良かったら出してあげるけど」

「いえ、そう言うことではなく、お酒飲みなのでその辺細かいのかなぁ、と」

「ふーん。ま、飲めば分かるよ」


紡は軍鶏を口に運んだ。桃子もそれに倣う。まずは塩から。


まず噛んだ瞬間のファーストコンタクトからして、「俺はそこいらのチキンとは違うんだぜ」と訴えるような抜群の食感。コリコリとして非常に歯応えがある。

そこからジュッと肉汁が出るわけだが、脂のノリが良いと言うよりはあっさりめの、それでいて力強い上質な牛の赤身のような肉本来の旨味に富んだ味が口中に広がる。

それが僅かな塩気によって一層引き立つのだから、塩は原初にして最高の調味料だと思い知らされる。

それを赤ワインで追い掛けてみると、


「あぁー、負けてないですねぇ」

「でしょう? モノによって部位によってはそりゃ淡白で白ワインの方が断然良いってものもあるけど、軍鶏の腿肉ともなれば赤ワインにも十分」


紡はワイングラスを優雅に揺らす。


「そもそも『鳥は白』なんて人間が勝手に決めたことでしょ? 人間のルールに従うのは人間だけだよ。()してや気性の荒さから『軍の鶏』と書く軍鶏が」

「いやいや、ルールとか従うとかいう話ではないでしょう。お肉なんですから」

「あは」


楽しそうに笑うつばきだったが、急に真顔になって門の方を見た。


「どうかしましたか?」


桃子が問う横で紡がよっこらせ、と立ち上がる。


「今日は何のお召し物になさいますか?」

「今日は……黒地に赤い珊瑚柄のがあったでしょ。あれにするかな」

「かしこまりました」


そのまま紡とつばきは屋敷の方へ歩いていく。


「ちょ、ちょっと!?」

「あぁ、桃子ちゃん。炭火は消しといてね。あと軍鶏は冷蔵庫に。全部食べないでね」

「しませんよそんなこと! じゃなくてですね、急にどうしたんですか?」


紡は桃子にウインクを飛ばした。


「お客さんが来た」

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