十二.桃子、情報を整理す
「紡さん!」
「なぁに桃子ちゃん」
「なぁにじゃありませんよ!」
桃子は紡の正面に回り込む。
「中座しちゃったら幽霊当ての情報が入らないじゃないですか! どころか紡さんが幽霊だと思われてしまう!」
「まぁまぁ」
「まぁまぁじゃないですよ!」
紡は桃子の肩に手を置く。
「『いざとなったら助け舟は出す』って言ったでしょ? 出せるくらいには私にも準備があるから、君は安心してなさい」
「そ、そうですか……」
「だから桃子ちゃんはじっくり情報を整理して考えて、脳に汗かいて。そしたら少しは賢くなるよ」
「アホじゃないですぅ!」
「じゃ、ゲーム楽しんでね」
紡はそのまま部屋に行ってしまった。
「今日一日の、情報……」
桃子が食堂に戻ろうとすると、美知留や荻野、大島に薫とワラワラ面子が出て来てすれ違っていく。
「あれ、話し合いは?」
「もう有原さんと杉本さんの喧嘩が燃え過ぎて話にならないよ」
大島が呆れたように笑った。
「これでは幽霊の思う壺だな」
「あいつがいつもイライラしてんのが悪いのよ!」
「へっ、そっちこそヤニが切れてるぜアマ」
有原が食堂入り口の角にもたれ掛かりながら毒づく。
「何ですって!?」
「明日の朝、覚悟しろよ。吊し上げてやる」
「はん、そんなの多数決で決めるもんでしょう? アンタにそこまで求心力あるかしら」
有原と美知留は言うだけ言い合って別れていった。
大島が桃子に耳打ちする。
「あの有り様だから、僕ら改めて自分達で話し合うんだけど、沖田さんも良かったらどう?」
「あー、取り敢えず私は晩御飯を」
「分かった。広間にいるから、気が向いたら来てね」
そうして全員が去って行った。食堂に入るといるのはつばき一人。
「おでん、温めなおしましょうか?」
「あ、いえ、別段冷めてもいないようなので」
桃子は皿の中のナルトを見つめる。その渦に従って思考もぐるぐると巻き込まれて行くような……
『幽霊にはしっかりと幽霊と分かるアクションをとってもらいます』
『自分に突っ込まれたくないことがあるから話の流れをコントロールしときたいんじゃないの?』
『言える内容が少ない、もしくはボロを出したくないのであまりものを言わんようにしているのではないか』
『基本的に誰かの意見に相乗りする形でしか喋ってない』
『幽霊として人間側が話を進めるのを潰すためだろう!』
『少しでも反論されるとキレ散らかすのは、幽霊側は一対多で劣勢だから余裕無いからでしょ!?』
『兎角秘密主義者は疑わしいものだ』
『疑われる程会話から遠ざからないけど悪目立ちもしない、それでいて他人の意見に乗っかるだけだから馬脚を露わし難い』
『はい、ずっとしておられますよ。そして皆様もその現場は必ずご覧になっておられます』
「うぅ、む……」
「どうかなさいましたか? 眉間で小銭が挟めそうですよ?」
気が付けばつばきが顔を覗き込んでいる。
「いえ、何でも……」
「あは。そうですか」
つばきはそれ以上踏み込む気も無いようだが、じゃあバイバイと見放すでもなくニコニコこちらを見ながら数歩離れた位置で突っ立っている。
そんな空気感に桃子は少し頼ってみたくなった。
「あの、つばきちゃんは誰が幽霊とか分かってるんですよね? 口振りからするに」
「はい」
「せめて何か、ヒントとか……」
「御法度です」
「ですか……」
「……」
「……」
「……大島渚監督の『御法度』は同性愛映画でしたね」
「ほぁ? ああ、そう、です、ね?」
桃子はそんなの知らない。
「同性に免じてヒントを差し上げます」
「本当ですか!?」
「既に言ったことですが、露骨に幽霊らしいことをしてもゲームになりません。つまり」
「つまり?」
「一見何でもないことの様だけど、よく考えると分かる、ということです。些細な違和感を探してみては如何でしょう?」
「些細な違和感……」
「あは。私から言えるのはこれだけ。お風呂を沸かしてきますから、食べ終わったお皿はそのままにしておいて下さいね?」
つばきが鼻歌を流しながらややスキップ気味に跳ねて行く背中を桃子はぼんやり見送った。
「露骨ではない、些細な違和感……」
桃子は意外と広くない、戦前みたいな湯船に浸かっている間も記憶を反芻してみる。
『三十三歳。貿易会社で働いている。元々は役者志望で二十七まで頑張ってたんだが、芽が出ないんで一緒に劇団を辞めた仲間と起こした会社が当たってね。自分で言うのもナンだけど、今はちょっとした御身分の生活をしているよ。好きな食べ物はビフテキと……』
『東京生まれ』
『六十二歳の日本男児である。趣味は盆栽、柔道黒帯。家紋は丸に左三階松』
『二十五歳。デザイナーやってます。今は事務所に入ってるけどフリー目指してるんで』
『文学科の大学生です。本が好きです。愛読書はヘミングウェイです』
「うーん……」
自己紹介にもおかしい所は無い……、桃子は湯船に口まで沈んでブクブク言わせる。
しかし、つばきちゃんは確かに『全員見ている』と言った。なら全員が集まっていたのは、確実に全員が見ていたのは自己紹介からかき氷会合の途中まで……、しかもルール説明の間はほぼ誰も周囲の動きを見ていないと言っていい。限られた時の中でいつ?
「ぅふぅ」
桃子は逆上せそうなので風呂から上がることにした。
部屋に戻ると紡は雪椿の柄の浴衣を着てベッドに腰掛け、発泡酒を飲んでいた。
「おかえり」
「まだ残ってたんですね」
「冷えてるよ。つばきちゃんが井戸水に漬けといてくれた」
紡からプラチナボディに青いラベルの缶を受け取ると桃子は自分のベッドに腰を下ろした。
「つばきちゃんから些細な違和感を探せと言われたんですが、全く思い当たりません。皆さんの『誰が怪しい』にも自己紹介にも……」
「些細な違和感ねぇ……」
「紡さんは何か心当たりありますか?」
紡は少し考えると
「私が幽霊側で勝ちに行くなら、そんな重要な会話より誰も覚えてなさそうな会話に混ぜるけどな」
そして空になった缶をベッドサイドに置くと、ゴロリと横になり
「ま、何度も言うけど私が付いてるからさ。気楽に行こうよ気楽に……」
桃子に背を向けてそれ以降何も言わなくなった。
それを見て桃子は缶を干すと、部屋の明かりを消して自身もベッドに仰向けになった。と言ってもまだ眠くはないので、天井を見ながらまた、些細な言葉を反芻してみるのだった。
『ガキとかアマとか言ってる人は、正直怖いので……』
『女共は揃って何かと引っ掛かる』
『髪が綺麗な女の人は、好き』
『やられるならせめて美人や美形の幽霊がいいじゃないですか』
『何と言うか、意外と言うか似合わんと言うか』
「あ……」




