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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十三話 あなたと枕を並べて
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二十七.生まれて来てくれてありがとう

 その後桃子は工房で、今度は素直に文机(ふづくえ)の上に置かれた小さな桐の箱を見付けた。中には


「私が手に入れた物で、つばきちゃんが百年力を注ぐことが出来たろうものは……、これしかありませんよね」


桃子が椿館から『ゲームに勝った賞品』として持って帰った銀食器のナイフとフォーク。


「私がお土産に持って帰ったのに、一体いつの間に紡さんのところに行ったのやら」

「式神さんが持ってきました」

「窃盗!」

「式神法律で裁けるんですか?」

「え? うーん……」


桃子は食器を繁々と見る。あの時は大した理由も無く拾ったが、これがつばきの思いと命の結晶だったとは。もしあの時適当に違う物を拾っていたなら……紡が()()()回収はしただろうが、これこそ紡が驚嘆した奇跡だろうか。

桃子はつばきの顔を眺める。彼女はなんでもないような顔をしているが、これはしっかり言っておくのが礼儀だろう。


「つばきちゃん」

「はい?」

「今こそ、しっかり受け取りました。あなたの思いを」

「……はいっ!」


桃子が食器を箱に戻して鞄に仕舞うと、つばきは試すように聞いてくる。


「お次は?」


桃子にはもう察しが着いている。そもそも取り立てて「手に入れた」というような物も多くはないのだ。用意していた答えを迷わず口にする。


「外に出ましょう。残りは多分、他所にあります」



「こっちの世界だと、初めてお邪魔しますですね〜」


つばきが呑気な声を出したのは、桃子の家の玄関である。


「一応私は紡さん()から直接仕事に出たと思われてますから、ママに見付からないよう静かにお願いしますよ」

「この世界でもお母さんお(うち)にいらっしゃるんですか」

「元と同じく専業でしたし」

「相変わらず()()()()和風の持ち家に専業のご婦人、お金持ちですねぇ。道理で甘やかされて育つわけです」

「なんと!?」


中に潜入した時の分まで無駄口を叩いてから、桃子はゆっくり敷地内に侵入した。

二秒で大五郎にバレた。



 結局その後無事母親にもバレた桃子は、咄嗟の幽霊化で姿を消したつばきによる囁き女将で「忘れ物取りに来た」とその場を切り抜けた。今は安心して和室の(この家はどこも大体和室)押し入れを探っているところである。


「本当に安心ですか? 押し入れに忘れ物してるのなんておかしいですから、絶対怪しまれますよ?」

「大丈夫です。なんたって私のママですから。いくらでも騙せます。民◯書房信じるような人です」

「お母さん()()()()()漫画読んでるんですか……」

「あった!」


桃子が押し入れから引っ張り出したのは、


「水、ですか?」

「えぇ、紡さんにもらったはいいものの、使い道分からなくて非常食と一緒に置いといたんですよね」


ラベルの無い二リットルペットボトル二本分の水である。桃子は軽く光に透かして見る。


「腐ってなきゃいいんですけど……」

「そんなの見て分かるんですか? ボウフラ湧いてるとかならまだしも」

「ま、使い道は『呪』的なものなので、最悪腐っててもいいでしょう」

「雑だなぁ。なんの水なんです?」


そう言えばつばきちゃんがいない時のことか、桃子はちょっと二人だけの思い出を自慢するように胸を張る。


「これはつばきちゃんが来る前に紡さんと解決した事件の時の、福井は若狭……」

「天徳寺の霊水『瓜割の滝』ですか。それなら使えそうですね、『呪』的な『傷口を洗えるもの』として」

「あらっ」


桃子の首がカクッとなる。まだまだこの道はつばきの方が上手(うわて)のようだ。流石百年のキャリアは違う。

と、何かを察知したつばきが素早く姿を消す。その直後部屋に現れたのは桃子の母だった。


「ママ。どうかした?」

「はい。お弁当」

「お弁当?」

「せっかく家に寄ったんだし、急いで作ったの。まぁ、温かい()()()とか冷ましてる時間は無いから()()()()なんだけど」

「ママ……」


桃子は思わず母を抱き締めた。


「も、桃子? ……桃子」


母は最初こそ動揺したものの、すぐに優しく桃子を抱き止めて背中を撫でる。

桃子はと言えば、わざわざ弁当を用意してくれた母の愛情に堪らなくなったのだ。世界が変わっても母は母、甘やかし過ぎるくらいに愛してくれる母。

その母が知っている桃子とは違う自分がこうして愛されることに申し訳無くなったのか、元の世界で母に会ったとしても、もうこの「母」には会えないことを悲しく思ったのかは桃子本人にも分からない。

しかしただ、こうせずにはいられなかった。

つばきもただ静かに、それを眺めて待ち続けた。



 一頻り泣いてスッキリした桃子が次に向かったのは、普段から勤めている京都府警堀川一条交番である。


「ここに最後の一つが……」

「えぇ。この長いような短いような旅で、私が大切な存在からもらった大切なものです」


桃子は引き戸を開けて中に入ると迷わず壁の方に向かった。そこにあるのは、カレンダーやタイムスケジュール表なんかと並んで画鋲に引っ掛けられたハンガーにぶら下がる、



赤いワンピース。



「『傷口を塞ぐもの』霊力を纏った布と言えば、妖怪である()()が遺したこの服でしょう」


桃子はそっとハンガーからワンピースを下ろすと、胸に()()()と抱き締める。


『桃子』


桃子の脳裏にいくつもの光景が流れる。「ぬ」と出会った時のこと、「ぬ」のテレビを見る後ろ姿、「ぬ」が初めて喋った驚き、「ぬ」と出掛けたパトロール、「ぬ」と食べたチャーハン、「ぬ」と遊んだ遊園地、「ぬ」と手を繋いだ確かな温度、「ぬ」の頭を撫でた感触、「ぬ」と抱き合った圧、「ぬ」の自分を呼ぶ声、「ぬ」の笑顔。


桃子は小声でワンピースに囁く。


「ありがとう。最後まで私に大切なものを残してくれて。ありがとう。悲しい生まれだったけど、今まではそのことを恨んだりもしたけれど、今は心からこう言わせて下さい。生まれて来てくれて、ありがとう」


「ぬ」が背中を押したのかも知れない。母の時とは違い、桃子はいつまでもワンピースを抱き締めることはなく、スッとつばきに向き直った。


「さて、これで全部です。向かいましょうか、紡さんのところへ。紡さんを救う為に」

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