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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十三話 あなたと枕を並べて
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二十一.夢の行方

 自信満々に宣言する紡だが、桃子にはよく意味が分からない。桃子は間の抜けた顔と声で


「はぁ?」


と返すのが精一杯である。それを見て紡は「察しの悪い奴め」とでも言いたそうな、理不尽な顔をする。


「枕返しでこっちの世界に来た君なら『夢は別世界への扉である』ということは理解してくれるね?」

「もちろんです。経験者ですから」

「よろしい。換言すれば、『君が元の世界の夢を見ていれば、その夢から世界を渡ることで確実に元の世界へ行ける』ということになる」

「はえ〜」


紡は「ここが重要!」と言わんばかりに顔を()()()と寄せて来る。桃子は多少キスしたい衝動に駆られるが、ここは流石に真面目な顔をしておく。


「そして科学的見地から言うと、夢は記憶を整理する脳の活動とも言われている。夢は記憶でもあるんだ。つまり、今から私は『催眠状態で元の世界の記憶を語る君』を疑似的に『睡眠状態で元の世界の夢を見る君』という『呪』として扱い、そこから君の言う世界へ渡る」


桃子は後ずさりこそしなかったが、上体を()()らせて驚きを露わにする。


「えーっ!? そんな無茶苦茶な話、通るんですか!? 悪い政治家の法解釈みたいな()()()!」


対する紡は、この言い方に対しては意外と涼しい顔をしている。


「通るよ。と言うか通す。私クラスの陰陽師なら可能だね」

「そのクラスでやることが力でゴリ押しってどうなんですか!?」

「うるさいなぁ。これが一番手っ取り早いんだから、四の五の言わずに()()()()始めるよ」


紡はマッチを箱から取り出すと蝋燭に火を着けた。そして、ゆらゆら揺れる小さな炎を桃子の目の前に突き出して来る。


「さぁ、この火を見て下さい。火が揺れているのを。あなたは意識の底へ深〜く深〜く潜って行きます……」



「はっ!」


桃子が目を覚ますと、自身は布団の上で仰向けになっており、窓の外から見える空はもうオレンジ色の薄明(はくめい)光線を伸ばし始めていた。


「結構な時間過ぎてますね……。催眠状態で語るって聞いてましたけど、夢見てたみたいで何か喋った記憶とか()()()()ありません」


桃子が頭を掻きながら上体を起こすと周囲には誰もいない。彼女の頭をあることが(よぎ)った。


「もし紡さんが戻る前に私が起きてしまったら、あの人帰って来れないんじゃないですか……?」


そうなったらもう怒られるとかそういう次元の話ではなく、事態がさらに悪化しただけという大問題状態になってしまう! 最悪紡を送り込めたので紡は紡とつばきが助けてくれるだろうが、桃子自身はこの身寄りの無い世界でどうやって生き抜けばいいのか?


「紡しゃん!」


桃子が情け無さ百パーセントで寝室を飛び出すと、


「はぁい」


紡はすぐそこの縁側で普通に煙草を吸っていた。


「なぁんだ、いるじゃないですか。安心安心」

「そりゃいるよ」


紡の声はなんと言うか、平坦な感じで素っ気無い。桃子は少しでも(ねぎら)う気持ちを示したくて、彼女の隣に腰を下ろした。


「お疲れですか?」

「そりゃ、時空を渡ったり渡らせたりするのは大儀(たいぎ)なことさ」

「そうですよね、ありがとうございます。では代わりに私が元気の出るご飯を作ってあげましょう」

「いいよそんなの」

「大丈夫です! 私はプレーンなクッキーをチョコクッキーの色にするレベルですが、つばきちゃんは家庭科の評価は五です!」


瞬間、紡は吸いかけの煙草を灰皿で押し潰した。確か紡は、元の世界もこちらの世界も根元まで吸うタイプだったような。


「どうしたんですか」

「……」


紡は何も言わずに夕焼け以外では見当たらないような空の色を見詰める。


「あの……? 確かに大丈夫と言っておきながら作るのはつばきちゃんですけど……。あ、気が回る子ですし、もう作っちゃったんです?」


紡は自分で消しておいて、もう一本煙草を取り出す。その細かな指先の動きに、桃子は言葉に出来ない何かを感じ取った。


「あの……」


紡が煙草に火を着けたのを合図に、桃子は思い切って『何か』を言葉にしてみる。


「それで、つばきちゃんは?」


しん……として紡からも誰からも、返事が全く来ない。音が無い。この二人以外に、返事をくれる誰かがいる気配が無い。


「あの……」

「……」

「リビングですか?」


「キッチンですか?」


「お風呂ですか?」


「二階で寝室でも整えてるんですか?」


桃子一人の言葉が虚しく虚空へ消えて行く。紡はそれらが煙に乗って流れて行くのを見送ると、静かに一口煙草を吸って、吐き出す煙に乗せて答えた。


「彼女はこっちには来ていないよ」


桃子は一瞬ギクリとした。が、こういう時こそ落ち着いて考えるべきである。


「そ、そうですよね。あの子、夏休みって言ったって部活も夏期講習もありますし、学校の帰りにこっち来て朝には帰るなんて無茶は利きませんよね! あっはっはっ!」


そりゃそうだ、そうに決まっている、逆に私は何をそんなに怯えていたんだ? 笑い飛ばしに掛かる桃子だが、どうにも心がスッキリしない。

もしかしたら彼女は既に、紡にされていた説明から、よく知るつばきの性格から、今目の前にいる人の隠し切れない悲しみから、答えや真相と言わずとも、起きたことの方向性のような何かを導き出していたのかも知れない。見ないフリをしているだけで。

それを見透かしてか、刺激しないように、少しずつ距離を詰めるように、呟いた。


「違うよ。そうじゃないんだ」

「……」


えっ? と驚きの声が出ない自分に桃子は……それもすぐに見えないフリをする。

そんな彼女の表情を静かに眺めた紡は、優しく殺してあげる宣言かのようにもう一歩詰めてきた。



「あの子は別の、遠いところへ行ったよ」

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