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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十三話 あなたと枕を並べて
205/217

十八.初めまして、会いたかった

 ここは仁王門(におうもん)通り、平安神宮の近く。自転車の横で膝を着いている女がいる。桃子である。


「無い……、無い……!」


ここまで必死に自転車を飛ばして来たが、紡邸のあるべき場所には素敵な和風モダンのリゾートホテルが立っていた。それを見た瞬間、彼女は膝から崩れ落ちたのだ。

しかしこんなところで折れては行けない。最初の大きなショックポイントに思った以上の衝撃を受けている桃子だが、紡を救う為にも奮い立たなければならない。まだ聞き込みをすれば紡が近所で別の場所に住んでいた場合見つけ出すことも出来るかも知れないのだから。

何より、彼女が職業柄奇異な目で見られヒソヒソ言われるのは慣れているとしても、それと往来で泣き崩れていいかとは全くの別問題である。

なんとか桃子は立ち上がって、警察に通報されて同僚にサボりがバレる前にその場を立ち去った。桃子にはこの世界では警察が同僚なことなど知る(よし)も無いのだが。



 それから数時間後、桃子は堀川通り、晴明神社の程近くに来ていた。


「この路地の先に……」


桃子は我知らず固唾を飲んだ。目の前には人一人通るのがやっとに見える細い路地。この先に人の家があるとは思えないが……。

しかし桃子は地道な聞き込みの末、この先にこの世界の紡が住んでいると突き止めたのである。

最初は手当たり次第に聞き込んでは成果が上がらず、逆に何度か老人から「桃子ちゃん今日はお休みかい?」と聞かれ、危うくサボりがバレそうな目に遭ったりもした。どうやらこの世界の桃子は老人に顔が広いらしい。

しかし途中から元の世界の紡が霊能者業界やお祓い業界、それに繋がる神主僧侶業界で顔が広いことを思い出した桃子は、近所の神社仏閣のみに絞った聞き込みをすることでゴールに辿り着いたのである。

しかしここはゴールにして本命のミッションのスタートラインに過ぎない。桃子がほんの数メートルの細く背が高い路地を、自転車のハンドルをブロック塀にガリガリ引っ掛けながら()()()()抜けると……、


そこには大型トラックがギリギリ擦れ違えるくらいの幅の道が、アメリカンフットボールのコートを二つ敷けるくらいの長さで伸びていた。


周囲を建物に包囲されて目立たないポッカリ空間の、隠れ家カフェみたいな立地。今までの人生で訪れたことは無いような珍しい空間だが、桃子の視線の先にあるものは違った。


「あの塀、あの建物は……!」


白黒二色の隠れ家カフェ風洋風邸宅に無理矢理日本家屋をドッキングしたような謎の建物。

そう、紛うこと無き紡邸である。


「あぁ、あぁ……!」


安堵だろうか、桃子の目から一雫の涙が溢れたが、彼女はそれをぐっと拭った。泣いている場合ではないのだ。しかし家を見ただけで涙溢れるとは、如何に自分が紡を愛し、彼女という存在に深い安心感を抱いているのかを桃子は再認識する。桃子はそれらを噛み締めながら紡邸へ向かう。

今はその紡が倒れ、自分が彼女を助ける為にここにいるのだ。



 桃子の人生でこれ程紡邸のインターホンを押すのに緊張したことがあるだろうか。勝手に縁側から上がることが多いので、玄関で待たされる慣れない感覚に戸惑う。

ややあって玄関が開いた。時間にして五分も待たされていないが、桃子にはとんでもなく長く感じられた。


「はーい、いらっしゃーい」

「あ、あ……」

「おや?」

「つ……」


門も開け放ち縁側から侵入し放題、セキュリティ意識が希薄な家主らしく、ドアはチェーンも掛けられずに大きく開かれる。その先にいるのは半夏生(はんげしょう)の浴衣を着た、


「紡さんっ!!」

「おっと」


桃子は思わず彼女跳び付こうとして()()()(かわ)され、顔面から床に突っ込んだ。


「ぐあああああ!」

「警察呼ぼうか?」


紡の冷たい声に桃子は少し冷静になった。興奮のあまり、完全に東シナ海まで吹っ飛んでいた本来の目的を思い出す。


「そうですよ! あなた、丹・紡・ホリデイ=陽さんですよね!?」

「あ?」


桃子は紡の足元に縋り付いた。紡は裾がズレてはだけそうになった浴衣を引っ張りながら冷たい視線を打ち下ろしてくるが、それどころではない。桃子は今まで抱えて来た思いと感情を全て吐き出す。


「私達の紡さんを助けて下さい! お願いします!!」


(はた)から見れば意味不明支離滅裂の極みな話の展開なのだが、紡は驚きも呆気に取られもせず、顎に手を当てて少し考える。そう、彼女は怒りっぽいし雑でルーズだし()()()()変に神経質だし頭の中はロサンゼルスの雑踏みたいにグチャグチャだが、決して取り乱すことは無いのである。例え丸腰で大怨霊の前に放り出されたとしても。

今まで、それがどれだけ桃子を安心させてくれたか。

桃子が勝手に感慨に(ふけ)っていると、紡は彼女に馴染みのある柔らかい笑みを浮かべた。


「なるほど……ね。確かに昨日の夜、誰かが異界から渡って来た気配はあったな。まぁ上がりなよ」


そして如何にも紡という人間が言いそうなことを、実にらしい綺麗な声で(のたま)う。


「話を聞いてみないことには、ね」



「……ということなんです」


紡邸応接室にて。伽羅(きゃら)とハーブティーの香りに包まれながら、桃子は紡に長い物語を語った。

自分の世界と色んなことが違う世界で、紡邸も立地が違った。だと言うのに、一歩中に入ると応接室まで見知った景色とピッタリ同じなのは驚くと同時に大きな安心感がある。それがここまでで疲れ切った桃子の精神に、辛く苦しく、何よりまだ解決していない出来事を最後まで話す気力を与えてくれたのだ。

そして何より、


「うん」

「そうか」


と短く、話を折らない範囲で打たれる相槌が、あれ程聞きたくて堪らなかった紡の声が何より桃子の心を軽くする。


「それで、協力をお願いしたいのですが……」


桃子が上目遣いで窺うように向かいの紡を見ると、彼女は腕を組み椅子の背もたれに身体を投げ込み、ふーっと小さく溜め息を吐いた。


「紡さん?」


桃子がつい聞き直すと、紡は懐をゴソゴソ漁りながら


「煙草、いいかな?」


と有無を言わせぬ視線を向けてくる。


「あ、どうぞ」

「どうも」


紡は早速煙草に火を着ける。煙草の持ち方から吸う時の仕草一つ一つが知っているものなのに、銘柄だけが違うのは桃子にとって少し複雑だった。

そんな桃子の気持ちを知る由も無く、紡はたっぷり煙を吐くとテーブルに肘を突く。そして少し険しい目線を紫煙の向こうで覗かせた。


「ちょっと難しいかな」

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