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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十三話 あなたと枕を並べて
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十五.封印結界

「えっ……?」


紡が倒れた。どういうことか桃子には理解が及ばない。何故? どうして? 怨霊はもう退治出来たはずなんじゃ? 呆然としている桃子の視界の端でつばきが紡のところへ駆けて行く。


「紡さん!」


つばきは紡を揺すったり、仰向けにして胸に耳を当てたりしている。その光景で桃子もやっと思考力が戻って来た。


「つばきちゃん! 紡さんは!?」


桃子が慌てて駆け寄る。


「これは……」


桃子の目の前で横たわる紡は、なんだか蛍のように薄らぼんやり光を放っている。そしてほんの僅かすら、ピクリともしない。



「もし、か、して……、息、してない……?」

「心臓も」



つばきはそっと付け加える。桃子は先程までとは違う理由で力を失い、今度こそ膝を着いた。


「そん、な……」


項垂れる桃子の肩を、つばきが勢い良く掴んだ。


「まだです!」

「つばきちゃ……」

「霊視したところ、まだ魂魄自体は身体の内にあります! ……むしろ、得体の知れない強力な波動を放っています。こうやって光として溢れる程に……」

「つまり希望があるんですか!?」


つばきは答える代わりに紡の懐を探ると、桃子に何かを投げ付けた。桃子が反射的にキャッチしたそれは車のキーである。


「桃子さん! 早く車を持って来て下さい!」

「あ、で、でも、ここまで結構歩いたんですし、戻るよりタクシーを呼んだ方が早いんじゃ……」

「この状況の紡さんを迂闊に一般の人と接触させない方がいいです。何が起きるか全く分からない。だから紡さんの車にします。行って!!」

「は、はいっ!!」


何がなんだか分からないまま、桃子は走って藤原宅まで戻ることになった。

はっきり言ってここまで来るのに人の家の庭だったり道ではないところを幾つも越えて来ている。藤原宅まではどうやって戻ったものか道筋がよく分からないのだが、そこは火事場のなんとでも言うのだろう、何処をどう走ったか分からない内に藤原宅まで戻って来た。あるいは状況が分からな過ぎて余計なことを考えるべくも無かったのが良かったのかも知れない。



 戻ってきたら紡はケロッと起きてるんじゃないか? ちょっと消耗したとか、お腹空いたとかなだけでさ……、桃子が神社まで戻って来ると、その淡い期待は淡いまま夢になった。境内に入る前から中の様子が見えるのは残酷である。


「つばきちゃん!」

「桃子さん! こっち来て頭の方持って下さい!」

「あ、はい!」


二人掛かりで紡で持ち上げ後部座席に押し込むと、つばきは助手席でシートベルトを締めながらテキパキ話を進める。


「平野さんにはこのまま帝都に帰ると電話しておきましたので、直接高速道路に向かって下さい」

「はい! あの、それで、紡さんは……、つばきちゃんなら何か分かりますか?」


つばきはゆっくり溜め息を吐くと、両手で()()()()を抑える仕草をする。


「それはちょっと、一旦頭の中で整理するので待って下さい」

「あ、はい……」


桃子はエンジンを掛けながらルームミラーをチラリと見る。紡が起き上がって映るのを期待したが、それは期待のまま現実にならない。

息が詰まりそうな桃子は、頭の中を整理している最中に悪いとは思いながらもつばきに話を振る。


「その、なんと言うか、つばきちゃんって気丈ですよね。まだ十三歳なのに」

「……そう見えますか?」

「えっ!? ダメですか!?」

「ダメじゃないですけど……。でもまぁ、紡さんにあちこち連れられてる内に図太くなったのかも知れませんね」

「なるほど……」


つばきは後部座席を振り返る。そしてそのまま桃子に向けて、やはり年齢より気丈な声を出す。


「だから……、もっと図太くしてもらう為にも、この人のことは助けないとです」

「……はい」


桃子は車を発進させた。



 紡邸の屋敷部分、家主の部屋。中央に布団が敷かれ、その上に物言わぬ主が寝かされている。そしてそれを挟んで向かい合う桃子とつばき。状況が状況でなければ、淡く光る紡の寝姿も背筋がスラリと伸びたつばきの正座も美しい光景として見られたのに、と桃子は()()()()眺めるのだった。そんな桃子の気持ちを知ってはいないだろうが、つばきは白く細く()()()()な指を揃えるように手をパンと叩く。


「状況をおさらいしましょうか」

「はい」

「今の紡さんの容体ですが」



「身体の中に怨霊を閉じ込めている……、でしたか」



「はい」


つばきは大きく頷くと、確かめるように紡のお腹を撫でる。


「しかもご丁寧に大歓喜自在天の力を用いて作った結界を張って。言わば紡さんは今、自分の身体を歓喜天に明け渡してお寺や聖域のようになっているということです。(ひとえ)に将門公の怨霊を閉じ込める為に、あの一帯の祟りを解く為に」

「そして、その影響で昏睡状態に陥っている、と」

「はい」


桃子は紡の顔を見詰める。せめてもの救いは苦悶の影が無い()()()とした表情をしていることか。


「紡さんを助けるには、どうすればいいんでしょうか……」


桃子の()()()声につばきは腕を組んで唸る。


「まず何より、歓喜天の結界を破って将門公の怨霊を取り出さなければなりません。それが紡さんを蝕んでいる全てですから」

「じゃ、じゃあなんとかしてそれを……」

「それだけじゃ済みません。なんの為に紡さんがこうなっていると言うのか。それは将門公の怨霊を治める為です」

「つまり……」


桃子はその先を言うのが恐ろしくて、代わりに()()()と唾を飲んだ。それを見て、つばきが代わりに言葉にする。



「はい。引き摺り出した大怨霊を、せめてその場は追い祓える手立てが必要になります」



「あの紡さんが……、歓喜天を使ってまでも無理矢理鎮めることが出来なかった大怨霊を、ですか……」

「はい」


つばきは足が痺れて来たのか緊張に耐え兼ねて姿勢を変えたくなったか、正座を崩して女の子座りに移行する。


「将門公もそうですが、そもそも私達には紡さんが張った結界を破る手立てすらありません……。正直どうしようもありません」

「ですよね……。私達が紡さんの力を上回らなければならないってことですもんね……」


二人は溜め息を吐いて俯いてしまった。が、やはりつばきは気丈である。頭を左右に振ると立ち上がる。


「とにかく、書斎の文献を当たったり物置きに何か使える呪具がないか色々探ってみます」

「お願いします……」


自分はこういうことに関しては無力、つばきに任せるしかない……情けない気持ちに駆られた桃子だが、そこであることが脳裏に浮かんだ。


「あっ」

「どうかしましたか?」


つばきはギリギリ部屋を出るところで振り返った。


「物置きって言いましたよね!?」

「言いましたけど」

「一つ、手立てがありますよ!」

「……本当ですか?」


零能力者の桃子が言うのだ、つばきは希望に飛び付くより(いぶか)しむような声を出す。しかし桃子はそんなこと気にしない。それに、これ以上の手立ては絶対に存在しないという自信すらある。それは、


「本当ですとも!」

「それって一体なんです?」



「枕返しですよ、枕返し!」

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