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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第一話 反り橋を渡る
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序.

 少女は夜道を歩いていた。空はすっかり真っ暗になってしまったが、街灯や自販機、コンビニや各家庭から漏れる光のおかげで暗闇ではない。


「遅くなっちゃった」


 中学校のお受験を控えた少女は、毎週数回、塾へと通っているのだった。いつも小学生にしては遅くまで頑張っている彼女だったが、今日は一時間ほど居残り勉強をしていたので、殊更(ことさら)帰りが遅くなってしまっている。腕時計を見ると、長針が真下を割り、短針がほとんど左を向いている。


 でもお(うち)には先生から連絡してもらってるし、今日は見たいテレビもないし、急がなくてもいいよね。


 少女は特に小走りになるでもなく、いつものようにコンビニに寄って、今度パパかママにおねだりするスイーツのアタリを付けてから、自宅までの道すがらにある他人の家の前で止まる。


「スペアリブ!」


 格子戸の向こうから庭の奥に向かって声を掛けると、友達になったダルメシアンのスペアリブが駆け寄ってくる。


「よしよし、いい子」


 撫でたり舐められたり、ひと通りスペアリブと(たわむ)れたあと腕時計を見ると、長針が頂点に登ろうとしていた。


「さすがにそろそろ帰らなきゃ。またね」


 少女はもう一度スペアリブの頭を撫でると、帰り路に着く。思えばお腹だって空いたし、お風呂にも入りたい。学校の宿題もしなければならない。見たいテレビが無いとは言え、あんまり遊んでいる場合ではなかった。

 ここにきて夜道を急ぎ出した少女は、小川に掛かる緩やかな反り橋を渡って、


「あれ? ここはどこ?」






 少し時間を遡る。

 ある邸宅。古い吸血鬼映画のようなデザインの門付き塀に囲まれている中にあるのは、白黒二色の洋風邸宅に無理矢理日本家屋をドッキングしたような、チグハグな物体。

 そんなデザイナーの顔が見てみたいお宅の裏手の縁側で、竜宮城にでもいそうな格好で、明かりも点けずにゴロ寝をしている女性がいた。格好のわりにオレンジブラウンで前下がりのエアリーボブな頭を、左腕を枕に投げ出している。

 彼女は頭の(そば)に水を張った盆を置き、その中に丸い鏡を沈めている。そしてそれには見向きもせずに、庭を眺めているのだった。

 そしてかたわらには徳利と杯、そして()()()の乗った皿が置いてある。これでよろしく一杯やっています、といった風情。

 つ……と月が雲間から顔を出し、庭がぼんやりと照らされた。


「おや」


女性の声にピタッと動きを止めたのは、白月の下で闇から姿を(あらわ)にされた、野良猫だった。


「やぁ猫くん。なんの用かな」


 当然だが猫は返事をしない。


「おでんの香りに誘われてやってきたのかな? だとしたら()()()()冴えた猫くんだね。でも猫舌の君にこれは無理だよ」


 猫は身構えるように見定めるように女性を見つめている。対する彼女は箸を手に取った。


「いい、猫くん? おでんという料理は誕生、命を育むことの象徴なんだよ。なぜならここには、丸三角四角がある」


 女性はゴロ寝のまま、箸で大根を摘み上げた。鈴か高音ハンドベルかというような、玲瓏(れいろう)な声で語る。


「まず丸。これは万物が生まれる星のことであり、ここでは地球を象徴するもの。全ての生命の受け皿であり、命の根源」


 大根は一旦下ろされ、次に選ばれたのは半平(はんぺん)


「次に三角。これは命を育む山の形、対となる海のツユもあるから……、と解釈されそうだけど、それは違う。それらは丸たる地球に包括されるからね。ではこの三角はなんなのか」


 さすがの野良猫も、緊張を保つだけ無駄と考えたか、大きな欠伸をした。


「これはひっくり返せば分かる。そう、逆三角。これは聖杯の形であり、母親の子宮のシルエット。全ての生命の聖域であり、命の故郷」


 半平のあとを受ける役者は()()()()


「そして最後が四角。つまり(ほう)。これは長方形だからイメージしにくいかもしれないけど、四角という概念で捉えると、見えてくるのは台でありフィールド、あるいは箱でありエリア。たとえるなら囲碁の碁盤であり剣道の試合コートであり神楽舞台でもある。家であり鞘であり本のページでもある。生まれてきた命は全て方に収まることで、純然たる魂魄から一つの個へと変化する。なのでこれは、全ての生命の三方(さんぽう)であり、命の始点」


 猫はもう毛繕いを始めている。女性はごぼう天を辛子に付けた。


「しかしそれでは始まりばかりに溢れ、そのまま食べるには生命のエネルギーが強すぎる。だからこうして『枯らし』を付けて中和するんだね」


 お互いがお互いを構わない、銘々(めいめい)勝手にやっている空間。


「というわけで、誕生という強烈なエネルギーが込められたおでんの熱量は、猫舌の君には……あ」

「ニャアオ!」


 さっきまで寛いでいた猫、が急に跳ね上がって走り去る。女性はおでんを置き、ゆっくり上体を起こすと、盆の中の鏡を覗いた。映るのは本人の顔ばかりだが、


「今、どこかで、層が開いて交わったな……」


 風もないのに水面が揺れて、鏡に映る像が覚束(おぼつか)なくなった。

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