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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十三話 あなたと枕を並べて
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十二.お怒りなのは

 一行は地図も持たず、車にも乗らず呑気にお散歩スタイルで道を歩いている。


「一体何を思い付いて、何を始めるつもりなんです?」

「そうさねぇ」


紡はずっと自分の一メートル先辺りの地面を見詰めたままで、桃子の方を振り向きもしない。


「他の神社の線って話をしたでしょ?」

「はい」

「桃子ちゃんの説はつばきちゃんの意見はもちろん、そもそも分社が無いのを事前に調べてあるから全然違うんだけど、そうじゃない神社ならたくさんあるよね」

「えっ、それってもしかして」


桃子は紡と向かい合うように回り込む。


「土地神でも水神でもない神様がお怒りってことですか?」

「どいて。見えない」

「のわっ」


紡は桃子を押し退ける。代わりに問うのはつばきである。


「つまり、土着信仰の神辺りが土地の物主としてお怒りということですか?」

「いや、もしかしたらもっと単純でさ」


紡は電柱などに当たらないよう、少し顔を上げて前方確認してからまた視線を下ろす。


「この水脈から境内の池の水を引いてるとか、単純に水脈の上に立ってる神社がまだお怒りなのかも知れない」

「なるほど! でしたらこの水脈が流れ着く川の主なんかもあり得ますね!」

「そういうこと」

「そういうことなんですか?」


桃子だけついて行けてない。


「だから今、こうして水脈を霊視しながらルートを辿ってるの」

「へぇー、透視も出来るんですね。えっち」

「覆いの中の当て物をさせられる、っていうのは陰陽師にとって平安時代からあったことだよ。デモンストレーションに桃子ちゃんが入った棺桶を当ててあげよう」

「許して下さい!」


紡はそこで一旦立ち止まると、底意地の悪そうな笑顔を桃子に向けた。


「ひえっ! まさか本当にイン・ザ・棺桶ですか!?」

「いや、そんなことはしないけど」


紡は桃子の背後を指差した。よく見ると彼女の眉を八の字にしてニヤニヤしている表情は、挑発的な笑顔ではなく困り顔のそれである。桃子が振り返るとそこには、横歩きでどうにか通れるかというような狭い路地が。


「えっ、まさか?」

「そのまさか」


紡はやれやれと首を振った。


「地下水脈をなぞって進むから、地上ではこういうこともある」



 その後も一行は細い路地を無理矢理通り抜けたり、人がいないのをいいことに民家の庭を横切ったり塀を登ったり上を歩いたり、紡が車道のガードレールを悪態ついて蹴飛ばし痛い思いをしたり。

桃子はもう肩で息をしているし、つばきはスカートの裾を引っ掛けてご立腹だし、紡は喫煙所を探す亡霊になっている。


「あの……紡さん……、こんなルート行かなくても、迂回すればいいんじゃ……」

「この時代は水道管とかが多いから、変に逸れると元の水脈がどれか分かんなくなっちゃうかも知れない。『ふりだしに戻る』は嫌でしょ?」

「透視って、大変ですね……」

「株価大暴落してしまえばいいんですよ! ふん!」

「つばきちゃんそれ投資」

「でも、そんな二人に朗報」


紡は腰に手を当てて仁王立ち。桃子とつばきはその目線の先を追って、


「あっ!」

「神社!」


公民館に寄り添うように神社があるのを見付けた。


「遂に見付けましたね!」

「あは。まず一つですね。あと幾つあるんでしょう」

「あっ……」


残酷な現実を突き付けられた桃子、気を紛らわす為に違う話題を用意する。


「そ、それより紡さん、この神社はお怒りでしょうか? ……て言うか」


桃子は神社の境内に目を向ける。


「……明らかにこれ、怒ってますよね?」

「……分かる?」


何かが見えているわけではない。ただ、それでも霊感零感な桃子ですら禍々しく重苦しい空気が肌に纏わり付いてくるのを感じる。今まで紡について()()()()回って色んな『呪』に相対したが、それでも未知の感覚。桃子ですら()()なのだ、紡は口をキュッと引き結び、つばきに至っては顔が幽霊のように青白い。


「明らかに土地神や水神より怒ってますよね」

「そうだね。とにもかくにも治まりつけてもらわないとね」


紡は一歩境内に踏み入れた。桃子は思う。いつもはその才能でチャチャッと『呪』を祓い、それで暴利のような報酬を貪るようにしか見えない紡だが、時にはこんな恐ろしく得体の知れない存在にも立ち向かわなければならないのだと。実は孤独で命懸けの仕事なのだと。

いつだったか「私は生まれた時から才能があった」と言ったその背中の運命を、少し悲しく遠く感じた。


「……なんで急にこんな、おセンチになってるんでしょう」


目の前の雰囲気に当てられたか、桃子はシャッキリする為にいつも通り振る舞おうとする。鳥居を見て、


「こ……、駒……、香取(かとり)……、つばきちゃん読めますか?」

「いえ、私もよく分かりません。こま……、はしり、とか?」


呑気な会話をすると、つばきは多少表情が(ほぐ)れたようだ。紡の方は、分からない。と言うか先に進んでしまっているので慌てて追い掛けた。



 狭い神社である。鳥居を潜る前から短い参道に狛犬と、言ってはなんだが和風建築の物置きみたいな本殿が小ぢんまりと見える。


「こんな小さな神社でも、町全体に影響を及ぼすような怖い神様が住んでいるんですね」

「別に神様は神社のガワに住んでいるのではなくて、人々の正しい信仰の中に住んでいますからね」

「はえー」

「はい、お喋りはそこまで。ここからは真剣に行くよ」


あっと言う間に本殿前に着いた紡は二人を一歩退がらせると、何やら祝詞を唱え始める。すると、



本殿が地震か何かのように揺れ始め、桃子の肩が押さえ付けられるようにずっしり重くなる。



「うっ」


桃子は思わず真っ直ぐ立っていられなくなり、つばきは既にしゃがみ込んでいる。本殿の屋根瓦がガタガタ鳴り、本坪鈴がグワラグワラ揺れる。その中で紡だけが不可侵の存在であるかのように立っているのが、桃子にとって唯一の支えだった。


やがて紡の祝詞が終わり揺れも収まると、桃子は空気をより重く感じるようになった。どうにも神様の治まりが着いたという様子ではない。


「……」

「……紡さん?」


桃子が何も言わない紡に声を掛けると、彼女は桃子には虚空にしか見えない辺りを見上げながらポツリと呟いた。


「……やられた」

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