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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十三話 あなたと枕を並べて
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十.カチコミじゃねぇよ、お話ししようやぁ……

 良くないと断じた紡。なおも確かめるように井戸の中を覗く。


「紡さん落ちないで下さいよ? 誰も助けられませんからね?」

「そんな桃子ちゃんじゃあるまいし」

「なんと!」


紡はガラガラと釣瓶の縄を引き始める。平野が作業中の彼女へおずおずと声を掛ける。


「あの、何が良くないんでしょうか……」

「えーとですねぇ」


紡は振り返らずに滑車を回している。水を汲みたいのだろうが女性でインドア、非力な存在なので時間が掛かっている。


「井戸を掘る時にありがち、と言うか仕方無いことなんですが、井戸を使うには地下水脈を当てなきゃいけないでしょう?」

「それはもちろんそうですね」


紡は遂に引き寄せた釣瓶を「よいしょ」と井戸の縁に置く。


「しかし水脈とは言わば動脈みたいなもので、その土地を『気』が巡る上で非常に重要な、文字通り生命線なんです。つまり一帯の水を司る水神はもちろん、土地そのものを支配する土地神にとっても重要でデリケートなものなんです」


紡はつばきを手招きする。つばきがそちらへ行くと紡は釣瓶の中を指差した。素直に桶を覗いたつばきは軽く首を傾げる。「分からない」というよりは「こりゃイマイチだな」といった表情。


「それに直通の穴を開けるわけですから、これは大変なことです。前もって地鎮祭を執り行ったり、水神の社へ(もう)でたりしなければなりません。その辺りはしっかりやられましたか?」


平野は脳天をポリポリと掻く。まだギリギリ前髪がある部分。


「いやぁ……、そんな話は聞いてませんねぇ……」

「でしたら祟りがあるのは当然です。それに……」


紡は桶の中の水を地面に流し始めた。僅かに濁った水がサバッと流れ出る。


「なんと」

「事前に神々へ話を通していれば()()()()()()というわけはありません。水を汚さないよう、細心の注意を払って作業する必要がある。それをこの様に杜撰(ずさん)な仕事をしたのでは、当然井戸として使えないどころの話ではないとご理解いただけますね?」

「藤原、やってくれましたなぁ……」


平野はそう溜め息を吐くのが精一杯のようだ。


「なんと言うか、ご愁傷様です……」

「お察しします」


自分の()()()()でもないのに矢面に立った平野に、桃子とつばきもなんと言ったらいいのかよく分からない感じだった。


「ほら、紡さんも励まして!」


桃子が紡を肘で突くも、彼女は慰めの言葉を発するどころか、


「ところで家庭菜園の野菜類、適当に持って行っていいですか?」


時折あの桃子ですら()()()()するようなマイペースを発揮するのだった。



「次の十字路を右ですね」


一行は車の中。誰もすれ違わない見掛けない道を走っている。行きは桃子が助手席だったが、今度はつばきが助手席で地図を広げている。そして後部座席では、


「この野菜達、汚染されてるみたいなこと言ったのは紡さんじゃないですか」


桃子が籠に山盛りのトマトにナスにマクワウリを、車内の揺れで落とさないように抱えている。


「汚染されてるなんて言ってないよ。『呪』が込められた土地や水で育ったって言ったの」

「そんなニュアンスの違い、一般人には伝わりませんから」


桃子は籠の中に視線を落とす。中ではとても危ないものとは思えない程美しく(つや)めいた野菜達、ずっしり手応えある重みのフルーツが微細な車内の揺れで魅惑的に腰を振っている。彼女はトマトをひとつ手に取ってみた。張り艶が良い見た目の皮だが、触れてみると完熟で少し(やわ)い。


「だとしてもですよ、紡さん。どうしてそんなヤバい野菜を持って来たんです? トマト投げ祭りにでも乗り込んでテロを起こすんですか?」

「お、ラ・トマティーナは八月の最終水曜日、今からスペインに行けば確かに間に合う。よく知ってるね」

「いや、知りませんけど」

「そもそもトマトの方が腐りますね」


つばきの言う通り、この完熟具合では一週間後には腐ってしまうだろう。二重の意味でテロ、ダーティ・ボムである。桃子はそんな爆弾を野球少年みたいに片手でトスして危うく落としかけた。高級外車のシートを勝手に塗装しようものなら命は無い。肝が冷えた彼女はトマトを籠に戻した。


「私はトマト祭りの話がしたいんじゃなくてですね、このトマトで何をするつもりか聞きたいんですよ」

「単純だよ? 土地神や水神にお供えする」

「はぁ!?」


桃子は思わず運転席へ首を突き出し、籠の中身をばら撒きかけた。慌ててそれを抱き止めて、今度はシートにずり落ちるかのように深く座って下腹部辺りに籠を安置する。


「呪いトマトって言ったのは紡さんじゃないですか! それを怒ってる相手にお供えとか何煽ってるんですか!? 娘さんに手を出して誠意にカボチャ持ってくんじゃないんですよ!?」

「Ha-ha! また懐かしい例えを。でもね、これは大事な神との交渉、緻密な心理戦なんだよ?」

「はい?」


紡が運転席で意味の無い手振りを交える。中指と薬指には火の点いていない煙草が挟まれている。


「確かに今回は水脈を汚したお詫びと許しを乞うのがメインではあるけど、相手の(いか)りを治めしむる方法には別のプロセスもある」

「と言うのは?」

「ご機嫌にさせる」

「ゴキゲン……、この毒入り野菜でですか?」

「だから毒入りじゃないって」


紡は一度振っていた手をハンドルに添え直し、両手で車を右折させる。


「いくら彼らの怒りや祟りによって安全性が担保されていないとは言え、作物としての仕上がりは素晴らしい出来でしょう? それを持って行って『あなた方がお守り下さっている土地で水で、このように素晴らしい野菜が育ちました! それもこれもあなた様のおかげ! 野菜がイケてるのは神様がイケてるから! サイコー! アンタが大将!』って言ってあげるの」

「最後の方、一気に距離感詰め過ぎでしょう……」

「これによって『土地が良い・水が良い』ことがアイデンティティである彼らはピノッキオ級に鼻高々、話を聞いてくれ易くなる」

「はえー」

「あとはこういう作物を持って行くことで、暗に『あんまり祟り過ぎるとこれより『呪』に塗れた作物がお供え物になるぞ、結局困るのはお前らだぞ』と仄めかすことも出来ますね。紡さん、次の角を斜め右です」


桃子はドン引きで思わず座り直す。


「えぇ……。そんなヤクザも政治家もびっくりな開き直りあります……?」

「だから交渉で心理戦って言ったじゃん」

「でも相手は神様ですよね?」

「そこが絶対的支配者たる一神教の神様と違う、日本の神様のイイところなの」


紡が斜め右の道に入ると、つばきが変に機械的な声を出した。


「一キロメートル先、目的地周辺です。あは」

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