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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十三話 あなたと枕を並べて
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五.枕返し

「枕返し?」

「うん」


紡はビールを飲みながらゆっくり頷いた。つばきはカセットコンロの火を切ると、放置されていたもつ鍋に取り掛かる。


「この前のミル・クレープの話覚えてる?」

「並行世界がなんたら、いくつもの世界がなんたらですか?」

「そうそう、なんたらかんたら」


紡が取り皿をつばきの方に寄せると、つばきはグラスを紡の方へ押す。お互いがお互いのお代わりを入れる姿に、桃子はボタンを掛け違えた人を見ている気分になった。


「で、それがなんなんですか」

「その生田目氏が嘘を吐いておらず、また、錯乱状態でも無いと仮定しよう」

「つまり本当のことを言っているってことですね」


つばきが紡に取り皿を渡しながら相槌を打つ。紡はつばきにビールを渡す。桃子が取り皿とグラスを差し出すと、二人はもつ鍋を食べ始めた。桃子がテーブルをペチペチ叩くと渋々お代わりを入れ始める。


「でもそれは事実と違いますよ。生田目さんの奥さんは梓さんで、娘がいることも戸籍を見れば明らかです。今日調べられた範囲でですけど、澪さんなんて人は周囲にいないようですし」

「それがもし違う世界での話なら、全てが事実として成立する」


紡が桃子のグラスに注いだビールを飲もうとしたので、桃子は慌ててそれをひったくる。


「でもそれが、枕返しとなんの関連があるんですか?」

「並行世界を渡る方法はいくつかあるけど、大体は相当力がある術者でないと不可能なものが多い。それこそ私クラスじゃないと」

「へっ」

「なんだよ」

「いえ、なんでも」


そこにつばきが桃子へ取り皿を返したので一度間合いが切れる。助け舟である。


「まぁいいや。つまり()()()()()世界は渡れるものじゃないのさ。と言うかそもそも自力で世界を渡ったなら、その先の世界でこんなに喚かないし()()()()帰ればいい」

「となると、考えられるのは強制的に並行世界へ連れて来られたパターンですね」


つばきの相槌に紡は大きく頷く。


「そういうこと。となると、真っ先に浮かぶのが枕返し」

「そこですよそこ」


桃子はビールを一口。


「なんでそこで枕返しが出て来るんですか。あれって寝ている間に枕をひっくり返したり頭と足の向きを入れ替える妖怪でしょう? それの何が……。あ、そうか枕返しが」

「桃子ちゃん」


そこで遮るように冷たい紡の声が入った。


「はい? なんですか?」


紡は表情が無いまま、そのままの調子で続ける。



「詳しいんだね」



瞬間、桃子のこめかみでピシッと音が鳴った。



「あ、れ? そう言えば、なんで私詳し……? あ、ま、枕返しが、枕を返すのは……、夢の世界が……」


言葉がうわ言になる程の頭痛が桃子を襲う。頭の中に声が響く。不鮮明な映像が浮かぶ。


『元々夢の世界はこの世とは違う世界、並行世界で、夢を見るというのは魂が身体から離れてその世界へ行くこととされていたんだよ』


今のは誰の声だ。口元は誰だ。紡の声か。紡の唇か。


『本当にいいんだな?』


今のは誰の声だ。シルエットはなんだ。知らない声だ。知らないはずの姿だ。


『ええ、それしかありませんから』


今の声は誰だ。私か、私なのか。覚えの無い光景だ。一体、一体これは……。


「桃子さん?」

「っ……、えっ……、はい……?」


魂が何処かに行ってしまいそうなのを、ギリギリつばきの声で踏み留まる。彼女が心配そうに覗き込んでくるのが辛うじて見える。


「あぁ……、ちょっと、ビール、飲み過ぎたかも……。大丈夫です、ちょっと客室で休ませて……」

「そうですか……」


『本当に大丈夫ですか?』


つばきの声と唇、黒いセーラー服の胸元。

桃子の意識は完全に途絶えた。



 桃子が目を覚ますと、そこは朝の紡邸二階客室だった。


「あっ……、また……」


桃子はぼんやりしながら視線を彷徨わせて、


「ぎえっ!!」


八時十二分、遅刻ギリギリの時間になっていることに気付いた。



 階段を一気に駆け降りた桃子はリビングに飛び込む。


「おっ、おはようございます!! 起こして下さいよ!!」


誰かが起きていて当然みたいな態度であるが、果たしてそこには


「あは。おはようございます」

「おはよう」

「あれっ」


秋冬山水図の浴衣のつばきと燕子花図屏風の浴衣の紡が向かい合って席に着いていた。つばきは奥側でこちらを向いていて、紡が手前側でこちらを振り返っている。


「どうしたんですか?」

「あっ、いや」


桃子は壁掛け時計をチラと見る。


「紡さん珍しい……って言うか、初、ですか? 確か十時は回らないと起きて来ないんじゃ……」

「あぁ」

「今朝はえらい早起きですね。何かあったんですか? それも……」

「それも?」


桃子はテーブルの上を見る。何も無い。何も用意されていない。次にテレビを見る。点いていない。


「朝ご飯とか食べるでもなく、何するでもなく……。なのに向かい合って二人してテーブルに着いて」

「あぁあぁ」


紡とつばきは無表情で見詰め合った。そして小さく頷き合うと、


「ちょっと話し合ってたの。相談」

「相談?」

「最近よく倒れる桃子ちゃんを脳神経外科にでも放り込もうか、って」

「なんと!?」

「腐ったような生活してるから若くして脳の血管詰まるんですよ」

「そんな生活してませんが!?」


桃子が騒ぎ出す気配を感じたので、つばきはそれを()なしにかかる(騒がせる張本人)。


「それより、仕事行かないと遅刻しちゃいますよ?」

「あっ! ホンマ……!」

「キッチンにサンドイッチあるので、それ食べながら行くといいですよ」

「起こしてくれないのに朝食はあるんですね」


そのまま桃子が慌てて顔を洗い歯を磨き化粧を済ませてキッチンからサンドイッチを取ってリビングを通り過ぎようとすると、


「じゃあよろしく頼むね」


すれ違い様に紡がポンと肩を叩いた。急いでいる桃子はその場で足踏みしながら聞き返す。


「何をですか?」


紡は呆れたように溜め息を吐いた。


「君が話を持って来たんでしょう? 昨日は想定されることを話したけど、実際のところはいつも通り本人を見てみないとなんとも言えない。だから逮捕されてる生田目氏に縁もゆかりも無い私達が面会出来るよう、君が色々取り計らってくれないと行けないわけじゃん。それとも、私やらなくていいの?」

「あっ、やっ、そのっ、困ります!」

「じゃあよろしくね」

「準備が出来次第お呼びします〜!!」


桃子は勢い良く玄関を飛び出した。朝礼は八時四十五分、間に合う道理は、無い。

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