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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十三話 あなたと枕を並べて
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一.懐かしのミル・クレープ

 その日も桃子は勤務を終え、疲れた身体で紡邸に向かった。

昼間『幼稚園に保護者を名乗る老人が来たので子供達と面通ししたら、どの子の保護者でもないことが判明した』とかいうガチヤバい事件が発生した為、その現場に呼び出された桃子は久し振りのまともな勤務に消耗していた。

ちなみにその老人は子供ではなく働いている先生の保護者(と言うか祖父)だと判明した。間の悪いことにその先生は体調を崩した子を病院に連れて行っていたので祖父の来訪に居合わせず、口下手な彼の代わりに自分の祖父だと説明することは出来なかったようだ。最終的には桃子の聴取により、おじいちゃんは孫娘が忘れて行ったお弁当を届けに来ただけと言うことも明らかになった。

そんな肩透かしな事件、されど通報があった瞬間は心臓止まるような大事件で桃子はすっかり疲労している。主に気分が。と言うわけで桃子はつばきにこんなメッセージを送った。


「『今日は疲れたので甘いスイーツがあると嬉しいです♡』、と」


桃子が送ったメッセージには一瞬で既読が付いた。帰って来た返事は、


『そんなもの』

『ウチにはないよ……』


「なんで分割してるんですかね? 『じゃあ作って♡』、と」

『ないよ 材料ないよぉ!!』

「えぇ……」

『ちくわしか持ってねえ』


結局板チョコすらも『そんなものはない』と言われたので桃子は不毛なやり取りを終了して先を急いだ。



 桃子が紡邸に上がるとつばきが出迎えてくれた。新橋色の振袖に深碧の袴を履いている。


「いらっしゃい」

「お邪魔します」


メッセージのやり取りでは冷たい(?)感じだったつばきだが、


「紡さんがミル・クレープ作ってますよ」

「おぉ!」


そっと桃子に耳打ちした。どうやらしっかり汲み取って紡に伝えてくれたらしい。

桃子がリビングに向かうと、そこにはちょうどキッチンから戻って来たところの紡が。キャミソールの上にシースルーのトップス、ガウチョパンツというこの季節には少し爽やか過ぎる格好をしている。


「おや、桃子ちゃん。いらっしゃい」

「紡さん! 私の為にミル・クレープを作ってくれたんですか!? 愛してます!」

「君が愛してくれるのは勝手だけど、私はちょうど今日ミル・クレープを作る予定だっただけだから特別君を愛してはいない」

「なんか棘のあること言わないと死ぬんですか!?」

「さ、つばきちゃん。まずは晩御飯にしようか」

「無視!?」

「あは」


しかし晩御飯ですぐに桃子の機嫌が治ったのは言うまでもない。



 紡が持って来たミル・クレープ。美しく細かく層が整ったそれと備え付けられた小さなフォークを見て、桃子はあることを思い付いた。


「紡さん。寒いですけど、ちょっとバルコニーに出ませんか?」

「いいね」


紡も桃子の意図を感じ取ったらしく、ニヤリと笑って足を廊下の方に向けた。



 この前も出たバルコニーだが、どうにも春の気配は遠い。つばきは着込んでいるしそもそも暑さ寒さに無縁なのでいいが、紡はさすがにこの格好では堪えるのだろう、カーディガンを着込んだ。

バルコニーの椅子は二つしかないのだが、紡がミル・クレープを並べている内に三つ目が用意されている。きっといつかの氷みたいに式神だろう。それに腰掛けるつばきを見ながら桃子は呟いた。


「懐かしいですね」

「また?」

「何度でもそう思います」

「自分で『夏のことなのにもう忘れたのか』って言ってたくせに」

「もう去年の夏ですよ。それに」


桃子はフォークを手に取る。顔の前に掲げるが、暗いので自分の顔が映っているかは覚束無い。


「昼夜の違いはありますけど、あの時もこうしてミル・クレープを食べました」

「そうだったかな?」

「紡さんは色々忘れ過ぎです」

「色々思い出があるのさ」

「……なんか、席外しましょうか?」


つばきが薄ら笑いをしている。目は笑っていない。


「なんでですか」

「人のイチャイチャを見ながらスイーツ食べると胸焼けしそうなので」

「そんなこと言わずに一緒にミル・クレープ食べましょうよ」

「新たに増えたつばきちゃんを見ることで、あの日からの歳月の流れを感じるよ」

「私は花鳥風月か何かですか」

「それより食べようか、ミル・クレープ」


紡に促されて桃子がフォークを生地に入れると、あの日と同じ抵抗感が伝わって来る。一枚薄い生地をプツリと切れば一瞬滑らかな生クリームの抵抗感があり、またその後に柔らかい膜を破くような感触。

それを口に運ぶとまた、生地は甘め、クリームは甘味も油分も控えめな調和が口の中に優しく広がる。


「うん美味しい! 思い出のミル・クレープそのものです!」

「桃子ちゃん本当にその脳みそで覚えてるの?」

「酷くありません!? あの時も紡さん、初対面から結構酷かったですよね?」

「あは。初対面の時の話なんですね」


気が付けば紅茶が運ばれている。この時間にカフェイン、とも思う桃子だったが、まぁ今日くらいはいいだろうと結論付ける。


「そんなに酷かったかな? 雷は落としたけど」

「もう落とさないで下さいよ!?」

「何してるんですかあなた達は……」

「でも桃子ちゃんも大概酷かった」

「私は至って常識的な反応を示しただけです!」

「あは! じゃあ桃子さんは退化して行ってるんですね!」

「なんと!?」


紡は紅茶を注ぎながらふっと笑う。


「あの時はシヴァ神の話をしたんだっけか?」

「そうですね。ほとんど覚えてないですけど」


紅茶を受け取った桃子は椅子の上で大きく踏ん反り返った。


「でもそういう意味では、このミル・クレープはたっぷり語ったあとですからね! もうトンデモ話は出て来ないでしょう」


ニマニマする桃子に対して、紡はしっとりした微笑みを返す。


「んなこたぁない」

「なんと!?」

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