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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十二話 芸術はルナシーの影か?
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六.世間から切り離せ

 駆け込み寺と聞いていたので桃子はひっそり目立たない病院をイメージしていたのだが、車が到着したのは普通に大病院だった。医者同士で派閥作って内部抗争起こしてる系ドラマのロケでも出来そうな感じ。


「こんな堂々とした病院に入って、一般来客とかに見られたりしないんですか? これだけ病院然としてると絶対近隣住民来ますし、まさか病院で一見(いちげん)さんお断りなんてことは……」

「ふふ、大きいことは便利なんですよ」


菊代は軽く笑うと一般駐車場で車を止めず、コソッと隠れるように病院の裏手へ伸びている細い通路に入った。ここだけ塀も高いし木もいっぱい植えてある。そんな防御ガチガチの道を抜けると、そこには細やかな駐車場と裏口がある。


「ここから一般の患者は来ないような駆け込み寺フロアに入るわけです」

「なるほど。これはしっかりしてますねぇ。ねぇ紡さん」

「うーん。でも、ルートが一つで芸能人専用って割れてるなら、誰かがパパラッチにバラしたが最後、格好の餌場になるよね」

「では今後パパラッチが現れたら、沖田さんがリークしたということで」

「なんでですか!」


抗議する桃子を無視して菊代は車を停めた。


「では柳町の病室まで案内します」



 やはり芸能人を匿うだけあって、受付のチェックは厳しかった。


二木昴也(ふたきこうや)の面会に来ました、吉川菊代です」

「ふた……?」

「柳町のことですよ。こうすれば記者が柳町のことを嗅ぎ付け関係者を装って面会に来た時、『柳町の事務所の者です』とか言ったら嘘だと一発で分かるわけです」

「なるほど……?」


その後菊代は受付にわざわざ免許証まで見せて自身が菊代であることを証明した。そして受付が何やらパソコンに入力すると、ややあって背後のナースコールのランプが点る。三〇三号室。それがサインらしい。


「二木さんがお会いになると仰っています」


最後は情報を送って芸能人本人に決めさせるという、責任逃れもバッチリのシステムだった。



 階段を上がって廊下に出ると、部屋数が思ったより少ない。


「駆け込み寺だから部屋数いらないんですかね?」

「それよりはVIP相手に一部屋の間取りを大きくしてるんじゃない?」

「なるほど。スイートルームですか」

「あは。スイートにしては眺めが良くなさそうです」

「外から見えたら困るしね」


他愛無い会話をしている内に三〇三号室はすぐである。丁寧に部屋の名札も『二木』となっている。菊代がドアをノックする。


「吉川です。陽さん御一行も一緒です」

『どうぞー』


中からは明るいと言うか軽い声がする。


「なんか、何かに取り憑かれて半狂乱とは思えない感じですね」

「『久し振りに実家に帰った大学生』って感じです」

「つばきちゃんの言うことは偶によく分からないです」


果たして菊代が病室のドアを開けると、そこには久し振りの実家のベッドで寛ぐ大学生みたいな男がいた。顔自体は特別童顔ではないが、それでも二十代の役柄もこなせそうな、それでいてやはり実年齢は三十代くらいかという落ち着いた顔。

彼は着慣れたパジャマでミックスナッツを食べながらファッション雑誌を読んでいた。


「ようこそ……、お!」


意識は半分雑誌のままで軽い挨拶をしていた彼だが、こちらを二度見すると嬉しそうな声を上げた。菊代が呆れた顔の溜め息混じりで尋ねる。


「どうかしましたか?」

「いや、霊能者って聞いてたから占いのオバチャンみたいなのが来るのかと思ってたら、こりゃ随分と若くて綺麗な人が来たから」


男はキメ顔で微笑むと、雑誌を置いて背筋を伸ばした。


「こんにちは。柳町誠です。この度は僕の為にわざわざ京都からお越しいただき、ありがとうございます」


対する紡はベレー帽を脱いで(うやうや)しく頭を下げる。


「丹・紡・ホリデイ=陽と申します。よろしくお願い致します」

「丹……、陽……、長いので紡さんでいいですか?」

「んまっ!?」

「何さ桃子ちゃん」

「あ、いえ……」


桃子がモゴモゴ口籠もっている間に、柳町は椅子を近くに引き寄せて座面を叩く。


「紡さん。そんなところに立っているのもなんですから、こっちに来て座りませんか?」

「ありがとうございます」


桃子はつばきにそっと耳打ちする。


「私なんだか、菊代さんがスキャンダル関係にカリカリしてる理由が分かった気がします」

「あは」


紡の自己紹介だけ聞いて話を進めそうな柳町に、菊代が話を戻してくれる。


「そしてこちらが京都府警から捜査に来て下さった、沖田桃子さんです」

「はい」

「紡さん! この人露骨に態度が違う!」

「つばきと申します」

「お嬢さん可愛いね! いくつ? こっちにおいで。よかったら僕が芸能界に口利いてあげるよ?」

「こいつ!!」


桃子が柳町に掴み掛かりそうになったので、紡が話題を逸らしてしまう。


「それでは早速、ご用件の方に参りましょうか」

「まぁそうセカセカしないで。お互いリラックスした方がやり易いでしょうから、少しお話ししましょうよ。あ、連絡先交換……」


見兼ねた菊代が丸めた雑誌で柳町の頭を叩く。


「いい加減にしなさい」

「はい……」


菊代は深い深い溜め息を吐くと、いつものブレーンクローで眼鏡の位置を整える。苦労人キャリアウーマンの姿がそこにあった。


「吉川さん、担当がこれだから逆に事件の隠蔽に手慣れてるんでしょうね」

「ここも駆け込み寺というより隔離ですね。出家させればいいのに」


つばきは本当に小憎たらしいニヤリがよく似合う。

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