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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十二話 芸術はルナシーの影か?
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二.M0M0K07新たな任務

 焼き上がったハンバーグには何をかけるか。


「紡さんケチャップ下さいケチャップ」

「冷蔵庫から勝手に取って」


紡はデミグラスソース缶をギコギコ開けている。


「つばきちゃんは何かけるんですか?」

「とんかつソース取って下さい」

「とんかつソース!」


思い思いの味付けをしてからサラダも盛り付けて


「いただきまーす!」


一口。


「ジューシィで美味です!」


パン粉で()()()()したハンバーグを噛み締めると、ジュワッと肉汁が溢れ出る。そこに溶け込んだ玉ねぎの甘み、その全体を引き立てるように広がる、ナツメグの独特な甘い香り。ここまで味がしっかりしていると、ケチャップすらいらないかも知れない。


「これはいい! 白米が進みます!」


桃子が白米を掻き込む対面で、紡とつばきは瓶のドイツビールをグラスに注いでいる。


「おや、見たことないビールですね」

「年始にドイツから帰国してた友人がね。お土産」

「へぇー」

「あは。交友関係が広いと遠出しなくても色々手に入りますね」

「今時はインターネットで交友関係もいらないよ」

「どうしてそこで私を見るんですか」


悪意ある視線を受け取った桃子だが、一連の会話であることを思い出した為、脳の容量的にその怒りを忘れた。


「あ、遠出と言えばですね……」



 今朝桃子が署に出勤すると、人気の無い廊下で腕をぐいっと引っ張られた。


「なんとっ!?」

「しーっ! 静かに!」


桃子が振り返ると、そこには人差し指を立てる近藤がいた。彼は周囲をキョロキョロと伺っている。


「どうしたんですか課長」

「ちょっと廊下じゃマズいんだ。空いてる部屋に入ろう」

「嫌ですよ中年と二人っきりなんて」

「安心してよ。こっちだって好みのタイプとかあるから」

「はぁ!? どういう意味ですか!?」


近藤はそのまま桃子を引っ張って行った。



「……どうしてここなんですか?」


桃子はパイプ椅子に座ってムッスーとしている。


「ちょうど狭くて椅子二つだから」


ここは取調室。桃子はちゃっかり奥側の容疑者サイドに座らされている。なんだか今までの職務遂行上の問題ある()()()()が露見したみたいで悪い汗が出る。そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、近藤はテーブルに身を乗り出した。


「ちょっとお前さんに頼みたいことがあんのよ」

「またーっ!?」


桃子の汗の意味合いが変わる。


「い、い、嫌です! また私に面倒ごとを! 私じゃなくても良いでしょう! 偶には他当たって下さいよ!」

「まぁまぁまぁお待ちになってよ」


取調室を出ようとする桃子の前に、近藤はぬっと立ち塞がる。


「今回ばかりはお前さんにしか頼めない話なんだよ」

「またそんなこと言って!」

「それに、悪い話じゃないから」

「本当ですかぁ〜?」

「まぁ座りな。立ち話もアレだし」


桃子が渋々席に着くと、近藤も座って大きく身を乗り出した。


「あんまり大きな声で言えない話でね。人に聞かれちゃマズいしお前も広めるなよ」

「なんですか? 女性に手ぇ出して堕ろす堕ろさないの話にでもなりましたか?」

「まだなったこと無いね」

「いつかなりそうな生活はしてるんですか?」

「それより話聞いてよ」

「あっはい」


そこで近藤は一度立ち上がり、廊下に誰もいないことを確認して戻って来た。そして席に着くと口を開きかけたが、少し考える素振りをして手帳を取り出した。


「聞こえないように筆談ですか? 徹底してますね」

「でも逆に物証が残っちゃうからね。話終わったら喫煙所で燃やさないとだ」


近藤は桃子に返事をしつつペンを走らせる。崩れて繋がって読み難い文字で記された内容は、以下のようなものだった。


『僕の大学の同期に吉川菊代(よしかわきくよ)っていう別嬪がいるんだけどね? 彼女、あの大物役者柳町誠(やなぎまちまこと)のマネージャーやってるんだ』

「やな……!」

「しーっ」

「あ、はい」


しかし桃子が声を出すのも無理は無い。この柳町誠というのは今をときめく人気俳優なのだ。そんな人物のマネージャーが、こんな身近な人物と繋がっているとは。


『その彼女から連絡があったんだけど、どうやら柳町が都内の自宅マンションで倒れてたそうなの』

「なんと!」

「沖田」

「はい……」


桃子は左手で口元を覆いながら読むことにした。


『連絡が取れなかったから自宅に行ってみたらしい。その時の状況、家の中が大層荒れてて柳町本人も傷まみれだったから、事件性が無いかどうか調べて欲しいんだって』

「ペン貸して下さい課長」

「ほいよ」


桃子は近藤の文の下に質問を書き加える。


『何故その話が京都府警の地域課に? 警視庁捜査一課の管轄では?』


近藤は返答を書き記す。


『実は柳町、何日も前から左右や下の部屋の入居者に「夜中にうるさい」って苦情をもらっててね。その上で実は、大物映画監督糸原正遠(いとはらまさとお)の映画の主役を内々に勝ち取ったところでもある。降板させられそうなスキャンダルとかトラブルに繋がりでもしたら困るんだって。それで「調べた上で都合の悪い事実なら無かったことにしてくれる」(つて)としてこっちに話が来たの』

『まさか、それを私にやれって?』

『お前さんいつも話が早くて助かるよ』


桃子は両手を突き出し左右に振って拒絶の意思を示してから、律儀に返答を書き加えた。


『無理無理無理です! この際いつもの員数外(いんずうがい)扱いでも良いですけどね! 私そんな刑事事件かも知れないことの捜査なんか出来ませんよ!? そもそも管轄割ってるじゃないですか!』

『エージェント沖田。もし君が任務に失敗して現地警察に逮捕されるようなことがあっても、本部からは一切の救援を出せない』

「これの何処が悪い話じゃないってんですか!?」

「東京観光にもなるし、芸能人に会えるかもよ?」

「やだーっ!」

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