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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十一話 真実なんてね
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四.犯人も友達もいない

 翌日の時間は夕方だが空はすっかり夜な頃、桃子はノコノコ紡邸にやって来た。朝方に帰宅してぐっすり寝たので、若いのもあって夜勤の疲れはヘッチャラである。

しかし今の桃子には、そうでなくともここに来る用があった。近頃は寒さを気にして玄関から入るお行儀桃子も、今日ばかりは気持ちが(はや)って縁側から乗り込む。


「紡さーん! 紡さんはいますか!?」

「あいよ〜」


という声が風呂場の方から聞こえた、どうやら掃除中らしい。


「ちょっと聞いてほしい話がありましてー!」

「リビングで待っててー!」


桃子が言われた通りリビングの椅子に腰掛けると、


「いらっしゃーい」


菖蒲(しょうぶ)色の振袖に(くわ)()色の袴のつばきが梅昆布茶を持って来た。


「どうしたんですか? そんな立派な格好して。何処かお出掛けでも?」

「いえ、たまにはこういう格好しないと現代っ子だと思われそうなので」

「それなんか問題あるんですか?」

「私が忘れたらマズいでしょう」

「本人が忘れるんですか……」


他愛無い会話をしている内に


「お待たせ」


名作神隠しアニメ映画の銭湯で働いてそうな格好の紡がやって来た。


「あ、紡さん」

「今日は何? 早退け? クビ?」

「昨日話したでしょう! 一時的に夜番へ変更されたって! 好きですねそのネタ! 最近使い勝手いいことが判明した私はそうそうクビにはなりませんからね!」

「『雑に切れるカード』と『さまざまな状況への対応力が高い』は替えが効くかどうかにおいて全然別の話なんだよ?」

「もー! ああ言えばこう言う!」

「Ah,yeah. So,good」

「つばきちゃん?」


わけの分からない呪文は放っておいて、とにかく本題に入ることにする。


「昨日話した通り、私実際に不審者確保に出動したんですよ!」

「はいはい」

「そこでもう、とんでもない事態に遭遇してですね……」



 時間は昨日の、桃子がつばきに叩き起こされた後に遡る。桃子は翔子からの連絡が無く、特に問題は発生していないことを確認してからひたすらアパートの前の通りを睨み続けていた。

段々瞼が重くなるのを、その都度スマホからイヤホンで大音量『アニメキャラ死亡シーン集』みたいなとにかく鼓膜を刺激する動画でやり過ごしている内、


「お、二時になりましたね」


より集中力を増して道路を、階段を、廊下を、ドア前を注視する桃子だが、


「……」


誰も現れない。至って普通、真夜中の眠った街の光景。


「不審者も今日ばかりは風邪引いたか有休取ったんですかね?」


もしくは桃子の張り込みが露骨過ぎて警戒されたか……。


その時桃子のスマホが鳴った。着信は翔子から。


「はいもしもし」

『早く来て下さい! 玄関が! 玄関が!!』

「なんと!?」


桃子が慌てて玄関の方を見直すも、そこには人っ子一人いない。


「誰もいませんよ? 何かの間違いでは?」

『そんなわけありません! ふざけないで!』

「あぁえぇと、すいません急行します!」


あんな力無……温厚そうな翔子が怒りと恐怖に任せて叫んだので、桃子は慌てて車を飛び出し現場へ向かった。


しかしアパートの敷地に入ってから見上げても、やはり玄関前には誰もいない。


「んんー?」


しかし行くと言った手前、「やっぱり戻ります」とは言えない。ここはむしろ実際に何も無い、勘違いか何かだということを証明して落ち着いてももらうのが一番。階段を駆け上って玄関前まで到着して



「なんとぉ!!??」



そこで桃子が目撃したのは、誰もいない風すら無い真夜中、独りでにガチャガチャと音を立てて激しく動くドアノブだった。



「ということがあったんですよ」

「へぇー」

「へぇー」


飲み頃の温度になった梅昆布茶を啜る二人の反応は大したものではない。自分は大層怖い思いをしたので、それがいまいち伝わっていない雰囲気に桃子はヒートアップする。


「なんですか! 本当にすごかったんですよ! ガチャガチャガチャガチャ! ガチャガチャガチャガチャ!!」

「どうしましょう紡さん。桃子さんの脳みそがガチャガチャになってしまいました」

「舌捻ったら内臓がカプセル梱包で出て来るんじゃない?」

「ガチャーッ!」


カプセルを落とす代わりに握り拳でテーブルを叩く桃子。どうしても共感が欲しい。


「本当のことなのに香月さんも課長も全然信じてくれなかったんですよ!? どころかなんと私が犯人を取り逃した失態を言い訳してるとか、寝惚けてるとか散々!」

「でも寝起きだったじゃないですか」

「寝起きでも意識ははっきりしてたもん!」

「桃子ちゃん血圧高そうだしね」

「ムキーッ!!」


と怒り狂う桃子だったが、今度は急に萎らしくなって縋るような声を出す。


「助けて下さい紡さぁん……。それどころか私が『犯人が知り合いだったんで見逃そうとしてる』とかいう意味不明な疑惑まで出て来て、下手したら懲戒免職になるかも知れないんです! 助けて下さい。私が嘘吐いてないって証明して下さい……。証人になって下さいよぉ!」

「私達より同僚に来てもらう方が先じゃない?」

「社会的信用も段違いですよ。私達身内ですし」

「確かに片方は逮捕連行されたらニューステロップの職業欄に『自称』が付くし、もう片方は遥か昔に戸籍が消滅した存在ですけど」

「お前の戸籍も消滅させてやろうか」

「あは」


桃子はドアノブをガチャガチャ動かすジェスチャーをする。


「毎晩二時にドアノブが独りでに動くなんて、こんなの紡さん案件じゃないですか。絶対幽霊じゃないですか。どうせ手伝うことになるんだから、早い方がいいでしょ?」

「別に私は『呪』が原因の怪奇なら依頼が無くても飛び付くボランティアってわけじゃないからね?」

「幽霊だとしても常識的にやっぱり防犯カメラ仕掛けるとかが先だと思うんですが」

「ごちゃごちゃ言ってないで協力して下さいよ! お願いします! 紡さんとつばきちゃんしか頼れる人がいないんです!」


桃子がテーブルに額を擦り付けると、紡とつばきは悲しい顔を見合わせた。


「あぁそうか、桃子ちゃん友達いないし……」

「同僚からも見捨てられてるんですね……」

「全くもってそんなことない!」


いくら手伝ってもらえるとしても、その認定だけは避けたい桃子であった。

事実かどうかは置いておいて。

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