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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十一話 真実なんてね
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二.味噌と菅公と怨霊桃子

「いやいやいやいやおかしいおかしい!」


桃子渾身の否定が入る。対する紡は怒りもしないが動じてもいない様子。


「何がさ」

「絶対そうはなりませんから! てっぽう汁飲んで『呪』とかなりませんから!」

「今まで私と食卓を囲んでおいて今更?」

「いつでもそう思ってます!」


桃子が必死に紡を押し止めようとする斜め向かいで、つばきは我関せずと鰤照りで蕎麦焼酎を飲んでいる。


「まぁいいや。このてっぽう汁はカンカンに熱くしてあるでしょ?」

「もぉ〜! 始まったよぉ〜!!」


桃子の抵抗も拒絶の姿勢も虚しく紡の舌鋒が止まらない。


「これって本来は良くないことなんだよね」

「何がですか」

「味噌汁は熱くし過ぎると味噌の風味が飛んでしまうんだよ。だから本来は全て終わって最後に味噌を溶く」

「じゃあなんでこんなことしたんですか! 味噌が泣いてますよ!」


紡は海藻サラダを口に運びながらテーブルの、焼酎を()っているつばきの目の前の辺りをトントンと叩く。つばきは渋々といった感じで棚にグラスを取りに行った。


「でもこんな寒い日には、カンカンに熱い方が美味しかったでしょ?」


紡の言葉に、桃子はお椀へ視線を向ける。少し勢いは弱まったが、依然魅力的な湯気を立てるてっぽう汁。


「それはまぁ、確かに」

「そういうこと。例えばラーメンでも一緒。スープにいい具材をたくさん使って複雑繊細な美味を作ってたとする。でも熱々だと味が分からなくなるからって温いスープで出て来てもそれはなんだか少し()()()()

「確かに。ラーメンはホットで脂が載っていないとですね」


紡はてっぽう汁を飲む。あぁ……と小さい恍惚が聞こえる。


「つまり物事には本当に正しいこと、真実よりも優先されることがある。人の都合、人の為に」

「そうかも知れませんね」

「『呪』でも似たような現象はある。例えば太宰府(だざいふ)北野(きたの)を始めとする全国の天満宮(てんまんぐう)が祭神である天満大自在天神てんまんだいじざいてんじん、またの名を菅公(かんこう)、本名菅原道真(すがわらのみちざね)。彼は当時トップクラスのインテリだったことから今では学問の神様として祀られてる。だけど元はと言えば政敵に嵌められ無実の罪で左遷、太宰府に流され日々の食事もままならないような境遇にされて命を落とした怨霊なんだ。彼はその後政敵共を時に(やまい)で、時に泥沼に沈めて次から次へと祟り殺し、御所の清涼殿(せいりょうでん)には雷を落として何人も焼き殺し時の(みかど)をもショックによる衰弱死へと追いやった」

「大暴れじゃないですか!」

「あは。日本三大怨霊にノミネートされたくらいですからね」

「そんな物騒なものあるんですね……」


桃子がドン引きしている間に、つばきから受け取った焼酎で口を湿らせた紡がまとめに入る。


「だから菅公も本来は祟り神で、おいそれと信仰するような存在じゃないんだ。神様にしたのも『これで勘弁して下さい』って感じ。だけどそれは人間にとって都合の良い神様ではないから、さっき言ったように当代一のインテリということで学問の神様にしてしまった。本質や真実よりも都合を優先した『呪』という意味では、てっぽう汁と同じなのさ」

「へぇ〜……」


桃子はお椀のてっぽう汁を眺める。


「……なんかこれ飲んだら祟りそうな気がしてきました」

「あは。菅公は雷神でもありますからね。祟って当たってお腹がゴロゴロ言うかもです」


つばきが性格悪い笑みを浮かべた。



『♪We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, And a Happy New Year♪』


翌日。冬の夜は寒い。恋人がいる人々は温かいがロンリー桃子は芯まで寒い。突き刺さって染みるように寒い。

相変わらず世間はフワフワでイルミネーションはビカビカで恋人達はキャピキャピで重い雲はモクモク。道行く人々はこれから恋人達の夜を謳歌するべくイルミネーションの中手を繋いで歩くのに、自分はただ退勤する為に自転車のハンドルを握り締めてペダルを漕ぐ。それが彼女の心の隙間風をより一層強くする。自転車を走らせることで生じる向かい風は、冷たいどころか独り身の現実を嘲笑っているかのようにすら聞こえる。

寒い、寒い、寒い。しっかりコートを着込んでいるのに、まるで穴が空いているかのように寒い。風通しが良過ぎる。


「あ、穴が空いているのは私の心ですか……」


寒い。自虐ネタまでただただ薄ら寒い。と言うか痛い。桃子のハートがすごく痛い。息をするのが苦しいのは、冬の空気が冷たい所為でしょうか、お父さん、お母さん……? 

人目が無ければ今頃冷え切った心に反比例して熱い雫が彼女の頬を流れていただろう。このままだと昨日聞いた怨霊やら祟り神やらになってしまいそうな桃子は、寒さから逃れるように署へ向かって行く。



「お疲れ様でーす」

「ご苦労さーん」


桃子が地域課に顔を出すと、何人かの先輩が帰り支度やら残業やらしているのと相変わらずスポーツ新聞読んでいる近藤がいた。朝から読んでただろいつまで読んでんだこのおっさん仕事無いなら早よ帰れ、そう頭を(よぎ)った桃子だが、思えば近藤もこの歳にして独身、桃子の同志である。いや、むしろ桃子は二十代中頃、まだまだこれからだが近藤はもう四十代、この二人の間には桃子が上の隔絶した差がある。


「ふふふ」


桃子があっという間にメンタル回復し、優越感に歪んだ哀れみの目線を近藤に向けていると、


「お、沖田」


近藤が不意に新聞を下げたので目が合った。


「なんでしょう」

「お前さんを待ってたのよ」

「なんと!?」


桃子に嫌な予感が走る。いや、別に中年オヤジに独身同士の傷の舐め合いを狙われているとかではなく、単純に……


「ちょっと頼みたいことがあってさ」

「やだぁ〜もぉ〜!!」

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