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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十話 かざぐるまの魂
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十四.風車

 勘解由が斬首される日。はやては生気の無い顔で部屋の真ん中に倒れ伏している。周りにはいくつもいくつも、彼女が一心不乱に作った風車が散らばっている。

死んでいるわけではない。が、それとさして変わらない。今は風車を作る気力も無くなり、散らばっているのと違って大切に箱へ入れられた、勘解由が作った風車を抱き締めるばかりである。


「最後に、一目、お会いしとう、ございます……」


はやてはさっきから、蚊の鳴くような声でそう繰り返すばかりだ。それを見兼ねたのだろう、襖の向こうから声がする。見張り当番の家来の声だ。


「なぁ乱丸(らんまる)

「なんだ次郎坊(じろうぼう)

「勘解由様、切腹もさせてもらえんとは、結構なことだよなぁ」

「そうさなぁ。殿も相当お怒りだなぁ」

「それはそうと、俺らの見張りは勘解由様の沙汰が終わるまでだよな?」

「そうだな」

「沙汰ってぇとお裁きだろ? 切腹じゃなくて打首獄門って決まったんなら、沙汰はもう終わったのと違うか?」

「そうか。そりゃそうだな。じゃあもう」

「やめやめ! 今日はもう終わろうや!」

「そうしよう!」


彼らは演技掛かった会話を終えると、わざわざ大きな足音を立てて何処かへ行ってしまった。

はやてはガバッと起き上がる。彼女は床に落ちている風車を一つ拾い上げると、一気に部屋を、屋敷を飛び出した。



「刻限だ。準備は良いか」

「お願いします」


牢で静かに読経していた死装束の勘解由は、獄卒に連れ出されて久し振りの太陽を拝んだ。


「んっ、眩しい。いい天気ですね」

「最後の秋晴れであろう」


勘解由は後ろ向きに馬へ乗せられて、河原に続く道を進み始めた。



 処刑場に続く道には、多くの人が左右に詰め掛けている。ざわざわと皆、何かを言っているが勘解由には聞き取れないし必要も無い。

勘解由は最後になる景色をとにかく瞳に焼き付けようと、熱心にあちこちへ目を凝らした。すると、ふと沿道に見知った顔を見付けたような気がして、


「ん?」


そちらに意識を集中すると、人だかりの中から突き出された手が見えた。それには一つ、風車が握られている。


「おや、あれはもしかして」


するとその人物は人混みを掻き分けて一気に道へ飛び出した。


「あぁ、やっぱり君か」


それは紛れもないはやてである。彼女はどよめく群衆を気にせず走り出した。


「勘解由様っ! 行かないで勘解由様っ!」

「来てはいけないよ」

「もう夫婦になんて贅沢も言いません! だから! せめて生きて下さい! 勘解由様っ!」


しかし勘解由は何も言わない。優しく微笑んでいるだけだ。


「勘解由様っ! ほらっ! 風車! 私、まだ上手に作れなくて! 勘解由様にちゃんと教えてもらわないとっ!」


風車を掲げて走るはやて。それによって生じた風を受けた羽がカラカラッと。


「なんだ。しっかり綺麗に回っているじゃないか。はっはっはっはっ! 上手だよ、はやて!」

「そんなっ!? 違っ! きゃっ!?」


ずっと部屋に押し込められていたのだ、急に上手くは走れないに決まっている。はやての足は(もつ)れ、彼女は派手に転んだ。


「あっ……、待って、待って……!」


ここに来るまでに立ち上がる気力も使い果たした彼女は、ただ遠くなって行く姿に手を伸ばすしかなかった。



 流石に処刑されるところまで見てはいられない。はやては落とした風車も拾えずトボトボ部屋に帰ると、勘解由の風車が入った箱を抱き締めて庭に出る。しかし足元が覚束無い。縁側から降りる時に足を滑らせて箱を落とし、中身を地面にぶち撒けた。


「うっ、ううっ、うっ……」


涙がボロボロ溢れるが、せっかくの風車をこんなままにしておけない。はやては一つ一つ拾い上げると箱に仕舞おうとしたが、思い直して一つずつ地面に刺して立て始めた。桃子は手伝おうと一歩踏み出したが、自分は触れないことを思い出して立ち止まる。

ようやくはやてが全て立て終わった頃、ざぁっと風が吹き抜けた。

風車が一斉にカラカラと、カラカラと。



「いい風ですね」

「そうだな」


処刑人が頷く。勘解由は河原に敷かれた畳の上に正座している。この一枚が彼の功績に対するせめてもの報いだった。


「そろそろ刻限だ。準備はいいな」


立ち合い人がその場の全員に、順番に確認を取る。最後に目が合った勘解由も静かに頷いた。


「ではこれより、悪逆の()加治屋勘解由の処刑を執り行う。が、その前に」


立ち合い人は勘解由の前に屈み込む。


「沿道にいた者がこんな物を拾ってな。是非お前に届けるように、と」

「これは……」


立ち合い人が差し出したのは風車だった。彼は風車を勘解由の懐に入れた。


「ありがとう」

「いや、なに……」


立ち合い人はこの()に及んでそんな言葉が出て来るとは思わなかったのだろう、なんとも言えない表情で逃げるように真向かいの床几(しょうぎ)に腰掛けた。代わりに処刑人が勘解由に促す。


「辞世を詠まれよ」

「そうさなぁ」


記録係が聞き漏らすまいと身を乗り出し、処刑人は抜き身の刀身に柄杓で水を掛ける。

そんな全ての現実から一人浮いているかのように泰然自若、勘解由はさぁっと風に吹かれて空を見上げた。

愛しい顔が透けて見えるような、青い空。



「風車 止まれどいつか 巡る風に (まわ)(まわ)りて またぞ出会わん」



 カラララララ、ラ……。風が止み、庭に並べられた勘解由の風車が動きを止めた。


「勘解由様?」


はやては震える手で風車を一本抜き取り、胸にギュッと抱き締めた。


「勘解由様っ! 勘解由様っ! 勘解由様ぁぁぁ!!」


響き渡る悲鳴にも、風車が回ることはなかった。



 桃子がうっすら目を開けると、そこは元の和室だった。お香の煙は尽きているが、他のみんなはまだ眠ったままのようだ。彼女はソファの方に目を遣る。

姫子と武は依然眠ったまま、ぎゅっと風車とお互いの手を握り締めている。目から一筋の涙を流しながら。

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