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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第二十話 かざぐるまの魂
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五.堂々としてれば案外バレない

 結局姫子は一人でも帰れると言ってそのまま行ってしまったので、交番内には三人だけが残った。


「で、結局なんだったんですか?」


桃子がお茶のお代わりを入れると、紡は椅子の背もたれに身体を投げ出した。


「こっちが聞きたいよ」

「と言うのは?」


紡は煙草を取り出す。


「あ、ここ禁煙……」

「何も見えなかった。何もいなかったよ」

「え?」


桃子がポカンとした隙に紡は煙草に火を点けた。


「え、じゃないよ。悪霊が憑いてるんじゃないかって話だったでしょ。依頼したのは桃子ちゃんじゃない」

「あぁ、そうでしたそうでした。で、いない、と」

「紡さんや私ならいつもパッと見れば分かります。なのに今回長かったでしょう?」

「確かに」


紡はゆっくり長く紫煙を斜め上に吐き出す。


「桃子ちゃんからの依頼だからね。パッと見でいないとは思ったけど、一応あちこち丁寧に見たよ。なんなら体内に潜んだりするタイプの『呪』かも知れないと口の中を見たり、(はらわた)にいたら吐き出すように霊水を飲ませたり霊木のお香嗅がせたり念入りにやったけど、何も起きなかった。つまりいなかった」

「そうですか……。つまり……」


桃子は残念そうに視線を落とした。


「やっぱり悪霊の所為ではなく本人の気質の変化だと……」

「思うのはまだ早い、かも知れない」


遮るような紡の声に、桃子の顔がパッと上がる。


「それって……!」

「まだ調べる価値のあることが残ってる。協力してもらうよ」

「はい! そうだ! お茶請けもお代わり持って来ますね!」


桃子がウキウキで棚に向かいながら


「それにしても紡さん、私が依頼人だから頑張ってくれちゃって!」


と呟くと、湯呑みを両手持ちで可愛くお茶を飲んでいたつばきがニヤリと笑った。


「そりゃ、その方が桃子さんへの見積もり額が増えますからね」

「なんと!?」

「桃子さんが依頼人だからっていう意味では間違ってないかと」

「紡さん!?」


桃子が紡の方を振り返ると、彼女は煙草を気にしている。


「桃子ちゃん、灰皿ある?」

「禁煙の場所にあるわけないでしょ!」


桃子は饅頭を戸棚の奥に仕舞い直した。



 翌日。花壇のパンジー、ロータリー、壁に埋め込まれた大きな時計は、母校でなくとも懐かしい。

桃子はまたも勤務中だと言うのに、小学校の正門に来ていた。もちろん『知らない人についてっちゃダメだよ! 横断歩道を渡る時は右見て左見て、お手手を上げて渡ろうね! お姉さんとの約束だよ!』をしに来たわけではない。どころか警察官として大変マズいことをしに来たのである。


「さて、行こうか」


紡が桃子の背中を軽く叩くと、彼女はギクリと小さく震えた。


「早く行けよ」

「は、はい……」


桃子は辿々(たどたど)しく門の守衛のお爺さんのところに向かった。向こうもこちらに気付いたようで、眼鏡をくいっと上げながら詰所の窓口を開ける。


「おや、お巡りさんですか」

「は、はい! ちょっとした捜査の一環で、通していただけますか?」


桃子は警察手帳を守衛に見せる。こういう時、警察手帳は悲しいくらい効力を発揮する。


「はいはい。どうぞ」


まさか桃子が正式な任務ではないどころか職権濫用をしている最中とは夢にも思わないだろう。彼はすんなり桃子を通した。

その連れの、どう見ても警察官じゃない女も。


「ああああ……、後で署に『警官来た』とか一報入れられたら私の人生は終わりです……」


落ち込む桃子の肩を紡が叩く。


「大丈夫大丈夫。その辺の認識阻害記憶改竄はきっちりやっとくから」

「えっ」

「何さ。いらないの?」

「いえ、それが出来るんなら私が警察手帳使う必要無いじゃん、って……」


その後二人は観察池でオタマジャクシを見ているつばきと合流した。なんと彼女、童女が一緒だと流石に警察が捜査で来たようには見えないということで、わざわざ一足先に朝早くランドセル背負って登校する児童に紛れ込んだのである。


「お陰で私の朝ご飯が無かった。何も食べてない」

「あなたつばきちゃんいなかった頃はどうしてたんですか」

「どうしてたんだろうね?」

「と言うか、これも背後霊モードで来ればよかっただけなのでは……」


桃子の正論は黙殺され、一行は職員室へ向かった。



 時間は狙い通り昼休み、教師達は大体職員室である。ここでも警察官の格好をしている桃子が役に立つ。引き戸を開けて、


「失礼しまーす。来田姫子ちゃんの担任の先生はいらっしゃいますかー?」

「えっ?」

「なんだなんだ?」

「嘘っ」


急に警察官が個人を指名して訪ねて来たのだ。当然職員室がざわつく。


「まるで私が調和を乱す存在みたいですね」

「あは。芸能人だと思えばいいんですよ」


桃子が多分効果は無いアドバイスをもらっている内に、一人の三十代くらいの女性がおずおずと歩み出て来た。


「あ、あの、私が担任の木澤(きざわ)ですが、何か御用でしょうか……?」


明らかにビビっている彼女を落ち着かせるべく、そして彼女が何かやらかしたわけではないと職員室に知らしめるべく、桃子は明るく大きい声を出した。


「いえ、ちょっと姫子ちゃんについてお話伺いたくて。お時間よろしいですか?」

「は、はい、こちらへどうぞ……」


木澤が応接室に通してくれる最中も尚ざわつく職員室。桃子だけでも浮き足立っているのに、昨日と同じ黒尽くめの紡が続いて入って来ると、更にヒソヒソが増える。


「ねぇ、あれも警察? 明らかに制服じゃないけど」

「あれじゃね? ドラマで見る捜査一課とか制服じゃないじゃん」

「でもあんな格好だっけ?」

「古畑◯三郎とか……」

「ちょっと待って!? それって刑事事件ってこと!?」


桃子が「マズい感じの雰囲気だぞ〜……」と背中に汗を感じていると、昨日と同じ民族衣装の、霊体化を忘れたつばきが入って来る。


「……あれ、どう見ても刑事じゃないよな」

「子供だよね?」


「あっやべっ。……あはっ☆」


つばきが渾身の百年アイドルスマイルを見せると、職員室は静かになった。


「よし、上手く誤魔化せたな」

「それはない」


背後で聞こえる紡とつばきのやり取りに、桃子の背中の汗は確実に増えた。

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