序.
「おい雑魚! へなちょこ!」
「もやし!」
小学校の休み時間、廊下の角。三人の男子が一人の男子を囲んでいる。
三人はそれぞれ身体が大きかったり、運動系の習い事をしているのか小柄ながら筋肉質だったり、いかにも親がヤンキーですというような茶髪だったりしている。
対する囲まれている一人は細くて白くて、顔立ちだって心優しく虫も殺せなさそうだ。はっきり言って真っ先に虐めっ子に目を付けられるタイプ。善良な人でも「誰か一人虐めろ」と命令されたらこの子を狙うだろう。何せ絶対反撃されそうにない。
だからと言って狙われる彼に問題があるわけでもなければ、そういうことをする輩が正当化されるわけでもない。しかし悲しいかな、こういう相手を狙って囲むような奴に「どっちが雑魚なんだ!」と正論を言ったところで通じもしない。世の中とは残酷なものである。
「なんとか言えや!」
中心人物だろう身体の大きい奴が少年の脛を蹴る。
「痛い! やめて!」
「やめさせてみろや雑魚!」
卑屈な態度が嗜虐心を煽るのだろう、三人が追撃に入ろうとしたところで
「こらーっ! やめろーっ!」
甲高い少女の声が響いた。男子達がその方向を疎ましげに見た瞬間、
左にいた茶髪の顔面に、ついぞ彼等だってやらなかった容赦無いグーパンチが直撃する。
「あぁ! 痛い! 痛いよぉ!!」
茶髪が立っていられなくなり、顔を抑えて蹲る。指の隙間から血が出ているのを見た大きい奴が吠える。
「何すんだよお前!」
本来なら「そりゃこっちのセリフだ! 悪いことしてんのはお前達だろ!」とでも言ってやればいいのだが、少女の口はそんなことをする代わりに、
大きい奴の腕に思いっ切り噛み付いた。
「わぁっ!」
彼が悲鳴を上げて一心不乱に手を振り回しても少女はなかなか離れない。
「やめろや! 離れろや!!」
遂に彼が涙声で叫び出し、その腕にも血が滲み始めたところで、
「何してんだお前ら! やめろやめろ!」
誰かが呼んで来たか偶然通り掛かったか、若くてがっしりした男性教員が現れて少女を引き剥がした。それでもなお少女は、興奮状態の肉食獣のように荒い息を立てて相手を睨み続けている。
「保険係の子、いるか? こいつら保健室連れてってやれ」
取り敢えず男性教員は蹲る茶髪と腕を抑える大きい奴を保健室に行かせ、どさくさに紛れて逃げようとする筋肉質には
「お前は話聞くからここにいろ」
周囲に集まった生徒達は教室に戻らせ、野次馬になった挙句怖くて泣き出した数人の女子生徒は持て余したので
「誰か他の先生呼んで来て」
テキパキ指示を出す。そうして一旦事態を収拾する目処が立ったところで話を聞こうと少女を見ると、
「武くん、大丈夫?」
彼女は憑き物でも落ちたかのようにケロッと人懐こい顔で囲まれていた少年の顔を覗き込むと、
「はいこれっ! 今日も作ったよ!」
手作りの風車を屈託無い笑顔で差し出すのだった。




