五.まさかの鬼門
「外ですか?」
桃子が言うや否や、紡は鞄からタブレットを取り出している。
「ってもわざわざスタジアムを出る必要は無いんだけど」
インターネットを開き、検索エンジンに『京都新撰組スタジアム』と入力する。桃子もつばきも嶋も祖父江も思わず画面を覗き込むが、女性三人の頭である程度視界が埋まってしまうのだろう、男二人は微妙にお互いを押し合ってベストポジションを奪い合うことになった。
そうしている内にざっと現れた検索候補の中から紡は地図を選ぶ。パッとスタジアムにピンを打った京都の市街地がスマホより大きい液晶に映し出される。
「これで周りのことは大体分かる」
「いつもは足で稼ぐとか言ってませんでした? こんな横着して」
「じゃあ桃子ちゃんは現地に行って中継してもらおうかな?」
「黙ります!」
紡は地図を縮小して周囲の構成を確認していく。
「うん、まず西側すぐに桂川が流れていますね」
「それが一体……?」
嶋の疑問に紡は桂川を遡りながら答える。
「建物の東や西に川があるのは良いとされています。東にあれば家が繁栄し、西にあれば金運が上がる。もっとも川が汚いと逆効果なんですが、桂川は景勝地嵐山を彩り鮎住まう清き川。なんの問題も無いでしょう」
「まぁ、金運で言うと今年の選手達の契約更改は厳冬でしょうが」
嶋の皮肉げな声ゆえか渡月橋で堰き止められたか、紡は桂川遡上を止めてスタジアムに帰って来た。
「次に『龍脈』ですが……」
紡はスタジアムをタップして、地図を円を描くように動かす。
「龍? ドラゴンですか?」
「土地の起伏とかうねりを東洋式の龍に例えてるんですよ」
「それがいいとどうなの? お嬢ちゃん」
祖父江の質問につばきは手で波を描くジェスチャーをする。
「上下の起伏、左右のうねりが大きい程良いとされます。だから尾根がぐにゃぐにゃしてる山脈とかは非常に良くて、霊山霊峰になり易いんですよ」
桃子は画面を覗き込んで呟く。
「じゃあここは平地なんで全然ダメじゃないですか」
紡も頷く。
「うん。龍脈の観点では特別貴いことはないね。最後に鬼門も見ておこうかな」
「鬼門」
桃子の呟きに祖父江がスタジアムの右上を指差す。
「なんか聞いたことあるぜ。確か北東だろ?」
「艮とか言うんだったか。丑の方角と寅の方角の間で」
「祖父江さんも嶋さんも詳しいんですね」
「あは。だから鬼は牛の角と虎のパンツというデザインだったり」
「そういうことだったんですか! 私てっきり虎の生皮剥ぐ程強いって言いたいのかと」
「そりゃ鬼だな……。鬼だったわ」
鬼門談義が盛り上がる中、紡は急に地図を思いっきり縮小する。
「風水、と言うか陰陽道における『家相』ではこの鬼門封じが重要なわけです」
「はいはいはい! 安倍晴明が御所の鬼門に屋敷を構えて封じてたんですよね? 私覚えましたよ!」
「あの桃子さんが!? すごい!」
「え?」
「とまぁ、鬼門封じには北東に神社仏閣を構えたり、艮の逆の方位、裏鬼門が坤なのにあやかって猿の置物を祀ったりするわけです。京都ではさっき桃子ちゃんが言った通り安倍晴明の屋敷もありますが、もっと広い視野で見ると……」
紡が猛スピードで地図上を移動する。一気に滋賀県まで飛んだ。
「このように都の鬼門には比叡山延暦寺や日吉大社がしっかりと配置されており、特に日吉大社は猿を神の遣い『神猿』として扱い、実際に境内では日本猿が飼われ、門の楼上には猿の彫刻が施されていたりします」
「ちなみに皇居江戸城も鬼門に江戸総鎮守の神田明神や浅草神社に浅草寺があって、裏鬼門には山王日枝神社があるんですよ。この山王日枝神社の総本山は何を隠そう先程の日吉大社でここも『神猿』を祀っており、日枝は日吉であり比叡なんです」
紡が地図をスタジアムに戻す横で、一同は怒涛の情報量を分かってるんだか分かってないんだか分からない顔で頷く。
「なるほど、鬼門封じってのは大事なんだな」
「で、このスタジアムの鬼門がどうなっているか確認してみよう、と」
祖父江と嶋が自分達に言い聞かせるように頷き合う。
「で、鬼門には何があるんです?」
桃子が勝手に北東へ地図をスライドさせていくと、
「あれ? ここって……」
桃子の手がピタッと止まる。
「どうかしましたか? ……あはぁ」
「何々? 分かんない」
「ご説明いただけないでしょうか」
「紡さん?」
「……」
桃子が声を掛けても紡はむっつり押し黙ったまま。どころか桃子にタブレットを押し付けて腕組み体勢に入ってしまった。
黙秘で逃げの姿勢をとる紡に、桃子は追い討ちを仕掛けた。
「ここ、分かりますよね?」
「……」
「御苑の西」
「……」
「上京区」
「……」
「堀川」
「……」
「一条」
「……」
「どう見ても紡さんのお家ですよねーっ!!??」
「るせぇーっ! だったらどうしたっ!!」
桃子は紡の家がある辺りを拡大したり縮小したりする。
「これって鬼門に紡さんがいるからでは!?」
「んなわけあるかいっ!」
「あは。まぁこの人鬼みたいなもんですし」
「つばきちゃん? 後でお話ししようか?」
「あの、陽さん、チームの為に立ち退いてもらうわけには……」
「出来るわけないよねぇ!?」
「俺ん家来る? 歓迎するよ?」
「四十見えてるおっさんが馬鹿言ってんじゃないよ! て言うか」
「私が鬼門封じしてやってんのに負けてんじゃねぇーっ!!」
紡の絶叫が屋根の無いスタジアムの外まで響いた。




