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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第十九話 心まで染まる
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一.ロリロリロリポップ

「ふーん、名将堂上が電撃退任ねぇ」


桃子が署に顔を出すと、近藤がデスクでスポーツ新聞を広げて唸っている。その内容から日課の競馬ではないようだ。


「どうしたんですか?」


桃子が話し掛けると近藤はスポーツ新聞の一面をこちらに見せてきた。そこにはユニフォームを着た白髪混じりのおじいちゃんの写真が大きく載っている。


「ウィングスの監督堂上が急に辞めるってさ」

「へぇ」

「確かにウィングスは今年ぶっちぎりのドベだったんだけどね? でも去年はチームを日本一にしたし契約期間も残ってるしで、急に辞めるってのもどうなんだって揉めてんのよ」

「課長、野球にも興味あったんですね」

「沖田くらいの歳だと、もう緑の縦縞知らないでしょ」

「私はオール阪神・巨人しか知りません」

「そっちは知ってるのか……」


そんなやり取りがあって桃子は交番へ出勤したのだった。



 そして桃子の勤務は終わる。今日も何も無かった。いつものことである。まぁ警察は暇なくらいが社会は良くて、桃子なんか駆り出されない方が天下泰平だからよし、である。


さて、桃子は今日も紡邸に遊びに行く。もう週の三日四日は遊びに来ている桃子。


「友達いないの?」

「友達は数じゃないんですよ」

「だからってゼロはさ……」

「あはぁ……」

「ゼロじゃないですよ! 紡さんと……」

「え?」

「『え?』って、えっ? で、でもつばきちゃんで一人……」

「れいてんご」

「零点五!」


かつてこんな扱いを受けたこともあったが、それでも遊びに行くのだ。何せ友達が()()()()()()()しかいないのだから。



 今日の夕飯はホットプレートで焼きそばだった。途中『カ◯メ熟成ソース中濃』か『S◯Bスパイスソース中濃』かで台湾金魚(たいわんきんぎょ)の浴衣の紡とエンゼルフィッシュの浴衣のつばきが血みどろ(誇張)の争いをするも、そもそも家に『オ◯バーどろソース』しかなくて両者とも無事憤死(誇張)するアクシデントもあったが、最終的には美味しい焼きそばをみんなで仲良く食べた。ちなみに桃子の『お◯ふく焼きそばソース』は一瞬で却下された。拘りが強過ぎる。



 そして食後、桃子がテレビを見ていると紡がブランデーを持って来た。それを見たつばきが


「何がありましたっけ」


とツマミを漁りにキッチンへ向かう。その背中に紡が声を掛ける。


「レーズンバターあったでしょ」


桃子はつばきに向けていた視線を紡に移す。


「さすがお酒に関係あるものはしっかり頭に入ってるんですね」

「でもつばきちゃんがご飯作ってくれるからそれ以外は忘れた」

「ダメ亭主だ……」

「亭主じゃない。妻に先立たれて娘に家事してもらってるパパだ」

「それが美しいのはドラマくらいです」


紡はその辺どうでもいいようだ。ブランデーの香りに集中している。

桃子も視線をテレビに戻す。画面では今朝見たような顔が映り、


『プロ野球球団京都若葉ウィングス堂上道彦(みちひこ)監督の任期途中での退任が、本日午後十六時、球団より正式に発表されました。ウィングスは昨年東文(とうぶん)鉄道が球団経営を手放したレオポンズを若葉生活が買収し……』

「あー、今朝課長がこの記事読んで唸ってましたよ。名将堂上が、って」

「火達磨になりながら相手を火達磨にするチームを、鬼の守備練習で防御カチカチ常勝集団に仕上げた監督だからね。投手整備はさておき」


紡はブランデーを少し口に含んだ。


「紡さん野球興味あったんですね」


紡はブランデーを飲み込み、鼻からゆっくり息を抜くと恍惚。そうやって桃子を待たせてから答えた。


「私は林昌勇(イムチャンヨン)からずっと同じチーム応援してるよ。今は()()()アイラービュー」

「へぇー、その割にはあまり中継見てない」

「色々ありましたよー!」


つばきがお盆の上にスライスされたレーズンバターの載った皿と、大きな木製のボウルを載せて戻って来た。ボウルの中には取り()りのチョコレートやキャンディー。


「いいねぇいいねぇ」


紡が真っ先にレーズンバターを掻っ攫う。桃子もヌガーを取りながらつばきにも聞いてみる。


「つばきちゃんはプロ野球とか見るんですか?」

「見ますよ? ◯ビンスが合併してから何処も応援はしてませんけど」

「いつの時代の話ですか……」



 あれから一時間程過ぎた頃。ブランデーが回り意識が溶け始めた桃子、どうでもいい事を呟き始めた。キャンディーの包み紙を剥きながら、


「葡萄キャンディーって紫ですよねぇ〜?」

「どうしたの急に」

「あなたが今食べようとしてるのはミルクキャンディーですよ?」

「でも林檎キャンディーって薄黄色ですよねぇ〜?」

「そうだね」

「美味しいですよね」

「どうしてなの〜? どうして葡萄は皮の色で林檎は実の色なの〜? ねぇどうしてなの〜?」


紡がここぞとばかりにニヤリとする。


「紫は神聖な色なんだよ。色言葉にも『正義』『高貴』『神秘』『優雅』って意味がある。特にキリスト教とは切っても切れない関係で、『イエスは受難に際して紫の衣を纏った』と聖書に記されていたり、聖母マリアの色である青とイエスの流した血である赤が混ざった色として特別視されたり、紫は白に次いで重要な色なんだ。それに葡萄とキリスト教と言えばワイン。キリスト教ではイエスの血として扱われるし、葡萄一つで紫、赤ワイン、白ワインが表せるのも面白いね。ちなみに典礼色(てんれいしょく)ではそこに緑が入るから、これもマスカットなんかを見れば葡萄で網羅されている」

「どうしてなの〜?」

「そして林檎。色言葉は『知性』『知識』『探究心』『好奇心』など。そしてこれまたキリスト教。原初の人間アダムとイブが食べた禁断の果実『知恵の実』は林檎であるとする説がある! もうお分かりだね? キリスト教的に葡萄キャンディーは紫で林檎キャンディーは黄色でなければならない」

「どうしてなの〜?」

「……」

「……」


紡とつばきは目を見合わせ「やれやれ」と首を左右に振る。そして、


紡はガタッと席を()って逃げ出した。


「あっ! 私一人に押し付けようと!」


つばきも追い掛けようとしたところで、ガシッと桃子の右手が彼女の左手を捕らえる!


「ぎゃっ!」

「どうしてなの〜? 教えてつばきちゃ〜ん」

「名指しぃ!?」

「つばきちゃ〜ん」

「りんごも赤いとイチゴと見分けがつかないとか! ジュースの色でイメージが付いてるからそれに批准したとかじゃないんですか!?」

「う〜ん、つばきちゃん可愛いですねぇ〜ほっぺ柔らかいねぇ〜すりすりしていぃ〜?」

「話聞けよ! うわ酒くっさ! 待って! こら! ロリコーン!」


こうしてつばきは、哀れ酔っ払いの虜囚となった。

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