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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第十七話 誰が為のものか
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二.桃子、バレる

 食事も終わり、残った白ワインにオイルサーディンとピクルスで第二ラウンドに入ったところで、桃子はここに来た本来の理由を切り出した。


「あの、よろしいですか紡さん?」

「何かな?」

「ちょっとしたご相談が」

「君を雇う気は無いよ」

「そうじゃありません!」


早速調子を崩された桃子は軽く咳払いをして仕切り直した。


「そもそも私の相談じゃないんです」

「じゃあ誰の、なんの」

「私の上司からです。その上司も人からなんですけど」

「あっは、回りくどいです」

「口挟まないで聞いて下さいよ?」


桃子は今朝あったことを語り始めた。



 桃子は近藤のデスクの前に椅子を持って来て座っている。


「ま、コーヒーでも飲んでよ」

「砂糖かシロップはありますでしょうか?」

「あったと思うよ。取っておいで」


桃子がコーヒーにガムシロップを混ぜ終わるのを見届けてから近藤はテーブルに肘突き語り出した。


「大学の剣道部の同期で才木って奴がいるんだけどね? 彼の家庭がちょっと大変なんだ」

「何故それを私に?」

「まぁ最後まで聞いてよ。彼の息子さん大学三年生で、ぼちぼち就活が始まってるんだ。なんだけどね……?」

「無い内定ですか?」


近藤は椅子の背もたれに倒れ込んだ。彼は一度頬を膨らませてからたっぷり長い息を吐く。


「だったら別に良かったんだけどねぇ。まだ全然焦る時期じゃないし。息子さん、どうやら夏休み明けから大学にすら行ってないみたいなんだ。下宿して通ってるから、才木が知ったのはついこの前。大荒れに荒れてさ」

「はぁ」

「息子さん京塔大学なんだよね」

「京塔!? 偏差値めちゃくちゃ高い国立ですよね!?」


京塔大学は市内にある全学科平均偏差値六十九あまりのチョー頭イー大学である。


「そーなの。そこに入れるくらい勉強家の努力家で、大学入っても遊ばず熱心に勉強してる真面目な子なのよ。それが急に大学にも行かず何もせず、もちろん就活もせずでさ。バイトも辞めたらしい」

「はぁ。それは気になりますね」

「それで才木が奥さんと下宿に乗り込んで説教したんだけど、本人も今一つぼんやり手応えが無い受け答えなんだって。親の言うことよく聞く素直な子だったのに」

「ふぅーむ、あちっ!」


桃子は話に聞き入り、思わずコーヒをグイッと行って熱い思いをした。


「あんまりな豹変ぶりに才木もおかしいって思ったらしい。思い当たることを考えた末……」

「考えた末……?」

「あちっ」

「猫舌ですか?」

「僕の舌は熱燗以外の熱い飲み物受け付けてないの」

「あっそう」


近藤は居住まいを正して仕切り直す。


「息子さんがそうなる前にあったことと言ったら、夫婦で下宿を訪れた際に就活成功祈願で神社へ行ったこと。そこから息子さんがおかしくなったのなら、多分神社で何かに当てられたんだって才木は思ったらしい」

「はぁ」


近藤はまた身を乗り出した。


「そこでさ、沖田。お前さんの知り合いにそういうの詳しい人がいるんだろ? その人に頼んで例の神社のことを調べて欲しいんだ」

「は? 何故課長がそのことをご存知で?」

「お前さん、いつかの作業現場で鉄骨落ちた事件で女子高生助けたろ?」

「あぁ、はい」


こっくりさんの時のことか、桃子はぼんやり思い出した。


「甥っ子がその子と同じ高校通っててさ、その学校ではこっくりさん事件とそれを解決したオカルトお姉さんの話で持ち切りだって教えてくれたのよ。で、詳しく聞いてると、そのオカルトお姉さんのとこで『桃子ちゃん』っていう警察官がボランティアしてるらしいじゃん」

「あ、あ、あー……」


まさかそんなところから巡り巡って近藤の耳に入るとは、風が吹けば紡が儲かるわけである。


「お前さんのことだろ?」

「あっ、あれはですね!」


慌てる桃子に、近藤は優しく(と言うか単純に力が無い)笑った。


「別にボランティアなんでしょ? だったら副業禁止規定で咎めたりしないよ」

「ありがとうございます!」


桃子は額がデスクの縁に着くほど頭を下げる。すると後頭部に少し低い近藤の声が落ちて来た。


「その代わり、さ。よろしく頼むよ。な?」

「ヒョエッ!」


桃子はそのまま顔を上げることが出来なかった。



「……というわけなんです」

「へー」


紡は興味無さそうにピクルスを口に放り込む。つばきがオリーブの瓶の蓋を力一杯捻りながら桃子に尋ねる。


「ところで、どうしてわざわざ課長さんが他人の家のことを頼むんです? そんなに友情深いんですか?」

「いえ、久々に会った酒の席でこっくりさん事件のことポロッと話したら向こうも息子さんのことを切り出して来て、頼み込まれたみたいです」

「なるほど」


パコッ! と高い音と共にオリーブの蓋が開いた。紡が早速フォークを突っ込む。


「なんか気乗りしないなぁ」

「なんでですか。私のクビが掛かってるからですか!? またそんな意地悪を言うんですか!?」

「そんなんじゃないけど」

「じゃあなんだって言うんですか!」


紡がずっと明後日の方向を見ているので、桃子は最後の切り札を出すことにした。


「才木さんは都内の大病院勤めの医者なので、報酬は弾むと思いますよ」

「よくぞ私に相談してくれた」


紡は一瞬で桃子の手を握った。その変わり身の速さに、桃子は「近藤といい紡といい、自分の周りには碌な大人がいない」と苦笑いするしかなかった。百歳童女のつばきはどうカウントしたものか判断がつかなかった。

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