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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第十四話 無礼者達の信仰
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六.映っていたもの、そこにいるもの

「いえ、大丈夫です。ご心配お掛けして」


蹲っていた乗組員は貴重なコーヒー豆を床にぶち撒けたショックで立ち上がれないだけで、特に負傷したとかいうことではないらしい。心以外。

しかし嶺井が安堵し、つばきが船医コラムのクイズに真剣に取り組み、乗組員が丁寧に豆を掬い上げて「サイフォンで煮出せば滅菌っす」とか言うのに桃子がドン引きしている最中、紡は何やらキョロキョロと居心地が悪そうだった。来た瞬間から「あっ」と呟いたっきり何も言わなくなり、今は爪先で床をトントン叩いている。


「どうしたんですか、紡さん?」

「いや」


紡は答えられない、上手く言語出来ないと言うよりは、まだ言語化を試みる程の段階でもないから言わないかのような態度を取る。そしてそのまま峯井の方に話を振る。


「嶺井さん、この下は何が?」

「艦長室ですが?」

「金子さんは艦長室、ひいては艦長に何か……」

「いやぁ? 特には……」

「そうですか」


そこで紡がパタッと黙ったので、嶺井は気遣わし気な声を出した。


「私は今から艦橋に登りますが一緒に来られますか? そんなに高くはありませんが、それなりに景色良いですよ」

「はぁ」



「各員、状況知らせぇ!」


「各員、各機関の確認急げぇ!」


嶺井は艦橋の艦内放送で全体に呼び掛け、返ってくる安否や設備の情報を素早くメモしていく。人のいい兄ちゃんに見えて、やはり立派な自衛官であり副長なのである。

そんな彼の仕事ぶりを横目に、紡は険しい顔で港を眺めている。


「紡さん、さっきはどうしたんですか?」


桃子が改めて顔を覗き込むと、紡はポツリと口を開く。


「あの辺り……、別に黒い影も無ければバケツが飛んで来たわけでもなかったでしょ?」

「はい」

「なのに、今まで行ったどの現場より念が強かった。現れた残滓なんかよりよっぽど、すぐ近くにいるような」

「なんと」

「あそこに何かあると思うんだけど……」


紡は外を見るのをやめて首を振った。


「何も見えない。さっぱり分からない」

「えぇ……、どうしましょう」

「喫煙所にでも行こうかな」

「そういうことじゃなくてですね」


悩ましいのか平気なのか……、桃子が呆れていると情報をまとめ終わった嶺井が


「被害はありませんが地震も高波も、揺れる原因になるようなものは無かったそうです……。それはそうと、今からそれを艦長室に報告に行くんですが、是非来ませんか?」

「別に構いませんが、どうして?」

「艦長が我々と比べて如何に良い部屋に住んでいるか、一般海曹の部屋に泊まった皆さんに見て欲しいんですよ」


テンションの下がった紡への気遣いか、悪戯っぽく笑った。



 一行は艦長室へ。艦橋から幾つか階段を降りて廊下を進み、ここを真っ直ぐ行けば艦長室というところで、


「あっ」


紡の足が止まった。


「どうしたんですか?」

「あれって」


紡が指差した先、艦長室のドアの斜め上辺り。そこには何やら神棚の大きいサイズみたいなものが。

嶺井も紡の指の先を覗き込む。


「あぁ、ウチの艦内神社ですね」

「艦内神社? ってんなんです?」

「何って言葉通り、艦の中に分社を設けるんだよ。古来より船乗りは命の危険と隣り合わせだから信心深い」

船霊(ふなだま)信仰とかもありますね」


つばきも小声で付け足した。


「なるほど。で、その神社がどうしなんとおおおおお!!??」


桃子が横を振り返ると、そこに紡は影も形も無い。


廊下の先に階段を駆け上がる女性の足がぎりぎり見えたくらいだった。桃子が慌てて追い掛けると紡は一階分上がって廊下を爆走している。


「どうしたんですか紡さん!」

「そうだ! 艦には艦内神社がある!」

「それがなんだと言うんです!」


紡は桃子に答えると言うよりは独り言のよう。そのまま紡が駆け込んだ先には、


「うわっ!」


サイフォンでコーヒーを入れ終えちょうど医務室から出て来たところの、先程の乗組員が驚いた表情でこっちを見ている。それを見た紡は百八十度振り返り、今度は来た道を逆走して行く。


「まっ、待って下さいよぉ〜! 一体なんなんですか! 説明して下さいよぉ! て言うか足速い!」


紡はそのまま食堂に駆け込むと、ガチャガチャすごい勢いでモニターの操作を始める。


「あの、あの、何してるか……、答えて……」


息が上がった桃子の方を見もせずに、しかし紡はようやく答える。


「録画見るよ」

「録画、ですか?」

「黒い影が走ったり、バケツが飛んだり艦が揺れた時の録画」


桃子は立ったまま紡の顔に顔を寄せて画面を覗き込む。


「揺れた時はまだですけど、それ以外のは大体タブレットに入れてたじゃないですか。そっち見た方が早いのでは?」

「あっちは黒い影とかが映った当のモニターの映像しか入ってない」

「それが何か?」

「それじゃダメなんだよ」


紡は録画を再生すると、嶺井に借りた大学ノートの新しいページを開き、上から順に『シャワールーム』『バケツ』『洗濯ルーム』と書き込んでいく。

そして件のシーンに差し掛かる度、画面を確認し、頷き、先程書いた見出しの横に丸を付ける。

やがて全てに丸を付け終わると、紡はポンと桃子の腰を叩いた。


「なんですか?」

「嶺井さん呼んで来て」

「はぁ」


言われて桃子が食堂を出ようとすると、


「さっきは急に走って何処か行ったりして、何かありましたか?」


ちょうど嶺井が食堂に戻って来た。


「紡さん、嶺井さん来ましたよ」


桃子が言うが早いか、紡は嶺井の真正面に詰め寄ると、彼のものだった大学ノートを突き返す。


「嶺井さん。分かる範囲でいいので、ここに貴方がまとめて下さった怪奇一覧、それぞれその時『乗組員が何処にいたか』調べて下さい。可能なら陸に上がっている乗組員達も、全員分」

「これ全部! 全員分!」


嶺井の代わりかのように桃子が声を上げる。紡はそれを窘めるでもなく、


「分かる範囲でいいですから!」


紡の気迫に思わず嶺井も


「アイ、マム!」


と全く違う組織の返事をしながら敬礼した。

バタバタと走り去る嶺井を見送った紡は、椅子に座ってほうっと息を吐く。桃子はその隣に座った。


「紡さん。急にあんなこと調べ出して、どうしたんですか?」


紡はポケットから煙草を取り出す。


「桃子ちゃんつばきちゃん。私、大体の予想がついたんだ」

「なんと!?」

「おそらくこれであってる。だから今から証拠固めをしてもらうの」

「それって一体?」


紡は桃子の問いに答えず煙草を咥えた。


「ここは食堂です。吸うなら喫煙所に行って下さい」


つばきが、自分も理解が出来たのか冷静なストップをかけた。

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