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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第十四話 無礼者達の信仰
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二.その男、朴訥につき

「うどん美味しいですよ! さすがつばきちゃん!」

「酢橘があればもっと美味しかったんですよ?」

「ごめんて」


懲罰で大根をおろしている紡はさておき、季節外れのざるうどんが美味い。

鰹節を煮た麺つゆの濃い旨味と大根おろしの爽やかさにして微かな苦味、それをツルツルの麺でズバッとたぐり込む。これぞうどんの醍醐味、啜ることがタブーでない日本人にのみ許された至福。その麺を噛み締めれば手打ちの確かなコシがあり、飲み込めば先程たぐり込んだ勢いを思い出すような喉越しを発揮してくれる絶妙な仕上がり。


「これはお店出せますよ!」

「そういうのは開店資金の連帯保証人になってから言って下さい」

「え、怖……」

「あ、そうだ桃子ちゃん」


そんなやり取りを尻目に大根おろしでチマチマ泡盛を流した胃を労っている紡が、「こっち見ろ」というようにテーブルの桃子の手前辺りを叩く。


「なんですか?」

「私達仕事……」

「またですか!?」

「反応速いな……」


紡が引くと桃子が身を乗り出す。


「今度はいつ! どちらへ!」

「今週末。舞鶴」

「今週末!?」


桃子がテーブルを叩くと衝撃で麺つゆが飛び散り、つばきから制裁の足裏が飛んで来たので(椅子に座った体勢からアクロバティックなことである)その瞬間紡邸の頂点が決定した。


「何をそんなに興奮してるの。また日程合わせろとかゴネるつもり?」

「ふっふっふ、その逆ですよ逆!」

「……なんだと?」


桃子は椅子から立ち上がる。


「実は私この前、休日だというのに時代祭の交通整理に駆り出されてですね! その代休が今週末なんですよ! ちょっと長めのお休み! お付き合いしますよ!」

「……嘘だろ?」

「なーっはっはっはっはっはーっ!」


がっくり項垂れる紡と高笑いする桃子を見て、つばきは思わず呟いた。


「主従は無いけど勝敗は決まりましたね」



「わぁ〜! でっかいですねぇ〜!」


桃子はオープンカーから乗り出さんばかりに海に浮かぶものを見ている。


「昔はもっと大きかったんだよ。これでもコンパクト化が時代の風潮で」

「へぇ〜、デカい方が強そうですけども」


桃子の目に映っているもの、それは海上自衛隊所属の艦艇達である。鈍い灰色の大小様々な船体が静かに佇んでいる。


「あは! 私が見た比叡(ひえい)とかはこれより何回りも大きかったんですよ!」

「ひえ〜」

「は?」

「すいません」


紡は一睨みで桃子を黙らせると、式神が運転しているのをいいことにハンドルから手を離して伸びをした。


「これからあれに乗るんだからね」

「えっ?」



 海上自衛隊舞鶴基地。怪しい紡一行は門で止められ無事一悶着発生するという自衛隊の防衛意識に一安心なアクシデントがあったが、最後は依頼人に連絡を入れてなんとか通してもらえた。「ここは機密の塊だから何処かにバラしたりすんじゃねぇぞ分かってんな?」的な脅しもバッチリもらって紡は


「言われなくてもこちとら守秘義務はしっかりやってる優良事務所(?)だい! 失礼しちゃう!」


とご立腹だった。つばきは「この人に守秘義務ダダ漏れですよ」と言いた気にニヤニヤ桃子の頬を突いた。

さて、駐車場に降り立った紡は自分の格好をキョロキョロ確認する。


「にしてもそんな怪しい格好してないんだけどな?」


今日の紡はワインレッドのピーコートにジーンズ、いつものベレー帽という格好。

ちなみにつばきは海上自衛隊ということで気合入れて黒いセーラー服で来たのに、背後霊モードでいる内に入場許可証を貰い損ねたので二人以外には見えないようにしたまま。


「そう言えばいつもは『外連味がどう』とか言って変な格好……」

「誰が変な格好だ?」

「ひぃ! 独特のお衣装してるのに、今日はえらく普通ですね?」


紡はその場でくるりと回った。


「艦に乗るからね。ああいうヒラヒラした格好だとあちこち引っ掛かって危ないじゃん」

「あは。ピーコートは海兵さんのコートなので、今日の私達は海上自衛隊コーデなんですよ。私見えないけど」

「ご愁傷様です」

「まぁそんなことより、まずは建物の方に向かおう。依頼人はそっちで待ってるらしい」


紡はつったか歩き出す。桃子はそれについて行きながら、


「それより紡さん、今回のお仕事は自衛隊なんですか?」

「ここまで来てプロ野球選手はないでしょ」

「意味の分からないこと言わないで下さい。うわぁ、私緊張して来ましたよ……」

「大丈夫。大人しくしてたら海に突き落とされたりしない」

「場合によっては落とされるんですか!?」


紡はそれ以上答えず進んで行ってしまった。



 応接室に通されると、そこには表情が険しく、そしてそれは地顔がそうなのだろうと察せる感じの壮年の男性がいた。

彼は紡達を見るなり素早く綺麗に立ち上がり、脱帽時の敬礼として浅いお辞儀をする。


「ようこそいらっしゃいました。私はFFM−六『なか』艦長を務めております、源田守道二等海佐であります」

「丹・紡・ホリデイ=陽です。陰陽師を名乗らせていただいております」


対する紡も礼をする。世の中仕事を頼む側頼まれる側というのは存在して、そこに年齢など無いのは分かっている桃子だが、やはり親子程の年齢差がある二人が、紡の方が立場が上な感じで向き合うのは不思議な感じがする。そう思う程に紡は若々しいし、相手に威厳がある。

源田は紡に座るよう促すと、自らも椅子に腰を下ろした。


「それで早速今回の件についてなのですが」

「『艦内で不思議な影を見たり、正体不明の何かによる事故が多発している』とのことでしたか」

「はい。それで、なんというか、解決をお願いしたいのですが……」

「はい」

「……」

「……」

「……そんなお見詰めになられなくとも、しっかり務めさせていただきますよ」

「あ、いえ、申し訳無い。何分口下手なもので会話が上手く続けられず……。その上息子の世代の女性となると」


源田は少し、しかしはっきりと目線を逸らした。


「思った以上に可愛いところある人ですね」

「む……」

「桃子ちゃん、失礼」

「あ、すいません」


源田が本格的に口を引き結んでしまったので、紡は席を立った。


「取り敢えず艦へ案内していただけますか? 歩けば頭が動いて会話も進むかも知れません」

「もちろん案内は致しますが、よくよく考えれば無理に会話せずとも良いのかも……」

「ダメです。細かいお話もお聞きしたいし、そちらも将来息子さんが素敵な方を連れて来た時の練習と思って」

「ぐむ……」


源田は観念したように腰を上げた。廊下を先に行く彼の後ろをついて行きながら、桃子は紡に耳打ちした。


「結局紡さんも可愛いがって揶揄(からか)ってるじゃないですか」

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