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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第十三話 神様の使い方
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六.まさかの

 夜。ホテルの一室に三人は宿泊している。もちろん予約は喫煙フロアの部屋。

そして部屋の予約をした本人はアエドンミイロタテハが舞い飛ぶ浴衣に身を包み、灰皿と煙草、缶ビールと自販機おつまみのナッツが載ったテーブルを前に腕組み考え込んでいる。メネラウスモルフォの浴衣のつばきはビールを二リットルかっ喰らって既にお(ねむ)。幽霊だから健康を気にしなくていいが、幽霊なのに夜になるとお眠。


「何をそんなに考え込んでるんですか」

「そりゃ考え込むよ。近所の神社を巡ったけど何処にも問題の神がいない。これはもう、地図にも載らないような祠を虱潰しに探すか、調べる範囲を拡大するかしないと」

「ひえっ」


桃子は肩を竦めながら缶ビールのプルタブを起こした。そして一口グビリと流し込む。


「しかしですね、一回お祓いしたから大丈夫なんじゃないですか?」

「前にも言ったでしょ? 『相手に合わせた祓い方がある』って」


紡は右手にナッツ、左手にクラッカーを、両者を見比べるように摘み上げる。それからナッツを口に放り込んでビールで流す。そして缶を煙草に持ち替えてから言葉を続けた。


「今日やったアレはそういうのに関係無く普遍的に使える代わりに、その場凌ぎというか根本的な縁は断てないレベルの『呪』だよ。それで十分な場合もあるけど、今回の相手は一度神主さんがお祓いしたのが効いてないことから見るに、そういうので済まない」

「うーむ、難儀ですねぇ……」

「だから確実に決めるには、『どういう神様で』『何があって祟っているのか』の因果を紐解く必要がある」

「となると……」

「私も警察も、情報を足で稼ぐのは変わらないのさ」


紡は煙を細く吐き出すと、左手のクラッカーも口に放り込んだ。



 明くる日も一行は街歩きである。一応「この地図の範囲外で何処か神社に行ったか近くを通った方は?」とグループトークで聞いてもらったところ、電車通いの学生の近所はともかく、他には沖縄とか湘南とかちょっと前まで夏休みだった大学生らしい行動範囲を聞かされたので、紡は現実逃避にホテルの朝食でウインナー三十本食べていた。つばきは理由も無くヨーグルト五百グラム食べてた。


「本当にやるんですかぁ?」

「やるよ! 昨日通らなかったルートを虱潰してシ◯バニアファミリーサイズの祠だって洗い出してやる! でなきゃ沖縄湘南軍艦島だ!」

「誰も軍艦島行ってませんけど」


割と沖縄や湘南に行きたい気もする桃子だったが、そんなこと言ったら殴られそうなので何も言わないでおく。


「先行きが怪しいと、昨日より一段と寒く感じますねぇ」


つばきが杏色の腰丈ダッフルコートに包んだ腕を摩る。


「つばきちゃん寒いとかの概念あるんですね」

「ありませんよ?」

「は?」

「実際昨日より気温はグンと低いらしいけど」


そう呟いた紡はチェスターコートに身を纏っている。そして、


桃子だけ防寒具を持って来ていない。正直長野をナメていた。


「じゃ、じゃあ寒いのでつばきちゃんのコート貸してもらっても……」

「私のサイズで入るわけないじゃないですか。ネ◯チューンマンみたいになりますよ」

「なんですかその例え」

「桃子さんは剣道やってるからキングの方ですか」

「そういうこと言ってるんじゃなくてですね」


桃子とつばきのやり取りを気にせず、紡はどんどん進んで行ってしまう。桃子は慌てて追い付き、話し掛ける。


「つむーぐさん」


紡は答えず早歩きで道を行く。


「紡さん!」

「何」

「何って、それこそ何をそんなに焦ってるんです? その場凌ぎとは言え、その場は凌げるお祓いをしたんでしょう? だったらもう少しじっくり……」

「してたら私達だけ残って君は仕事へ新幹線自腹ね」

「『こだま』より早く解決しましょう!」


桃子の掌返しは『ひかり』より早い。決意を新たに、真面目に取り組むことに決めたのだが……。



「や、や、やっぱり寒いので何処か暖かい場所に入りませんか……」


桃子の心が折れるのは『のぞみ』より速かった。歯をガチガチ言わせて腕を摩るその姿の哀れなること。


「そんなに寒い?」

「私は寒いんですよ!」

「上着を忘れるから」

「そんなペラッペラの生地のシャツにするから」


紡とつばきは全く同じ腰に手を当てたポーズで桃子を眺める。桃子は腰に手を当てる紡の左腕とつばきの右腕に自分の腕を一本ずつ通して抱き付く。


「責めるより助けて下さい!」

「はいはい。じゃあその辺のカフェにでも……、あ」


道の先を見渡した紡は何かに気付いたらしい。


「どうかしたんです?」


桃子も亀みたいに首を伸ばすと、そこには昨日も寄った神社が。


「ここでちょっと休憩してこう」

「えっ? 神社でですか?」

「ここの宮司と知り合いなの」


紡はパチッとウインクを決めた。



「遠いところをよく来て下さったねぇ」

「いえいえ」


黒髪と白髪が七対三くらいの宮司は社務所、かと思いきや境内にあるご自宅のリビングに一行を招いてくれた。ガラスのテーブルに木のボウルを置きコーヒーを並べる。


「紡さんシロップ使いますか?」

「いや、いいかな」

「じゃあ下さい」

「あは。私のも差し上げましょうか?」

「本当ですか?」

「その代わりミルクを下さい」


そんなやり取りを対面で微笑ましそうに眺めていた宮司だが、紡がコーヒーを一口啜り一間おくと、今度は椅子に座ったまま深々と頭を下げた。


「いや、本当、力不足で申し訳無い」

「え? ちょっちょっちょっちょっ!?」


慌てる桃子の口を片手で抑えると、紡はしっとり慈愛に満ちた声を出す。


「どうかお顔を上げて下さい。お気になさらないで」


紡にしては珍しく、雰囲気に気品すらある。


「いやぁ、そう言っていただけるとありがたい」


宮司ははにかんだ顔を上げた。桃子は紡の肩を揺する。


「一体なんだって頭なんか下げなさるんです」

「あぁ、こちら梅野さんは、最初にお祓いなさって先方に私を紹介された方だよ」

「こちらが!」

梅野永彦(うめのながひこ)と申します」

「あ、沖田桃子です」


梅野は桃子と握手を交わすと、照れ臭そうに頭を摩る。


「私が不甲斐無いばっかりにわざわざ京都から出て来てもらうことになりまして……」

「いえいえ」

「しかもなんとも具合の悪いことに、別件だけど別件でもないような話が舞い込んで来ましてな」


梅野はなんてことないように笑ったが、紡は少し身を乗り出す。


「と仰るのは?」

「いや、別の大学の駅伝チームからも全く同じ話でお祓いの依頼が来とるんですよ」

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