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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第十三話 神様の使い方
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二.雛人形と厄桃子

 紡はそんな桃子を見下ろしながら腰に手を当て「ふん!」と息を吐く。


「こういうモノの『本当のあり方・使い方』を知らない奴が増えたもんだ。『呪』にしろなんにしろ」

「また『呪』ですかぁ!?」


背後の桃子の声につばきが自主的に口パク腹話術をしている。が、明らかに口の動きが合っていない。そして紡も気にしない。


「一体幾つの『呪』が忘れられ、世の中に地雷が埋まっていることか」


紡はそのまま席にも着かず、高らかに長広舌(ちょうこうぜつ)を振るう。桃子は紡の意識が自分から己の世界に移ったと判断して、


「つばきちゃん、私のお箸とビール取って下さい。あとエビマヨ」

「席に戻ったらどうです?」

「いやぁ、アレの正面にいると目にうるさいので」

「あは」


紡にその会話が聞こえていない辺り、本当にインマイワールドのようだ。こういう時こそ聞き咎めて客の相談にこそ集中したらいいのに、桃子はビールを呷るとその辺どうでもよくなった。


「例えば上巳の節句と雛人形。あれは元々身に降り掛かる厄を人形に肩代わりしてもらう『呪』であり、厄を人形ごと『流し雛』として川にリリースすることで完成する。つまり人形は厄の塊になるんだ。なのに多くの人は雛人形を上巳が終わっても捨てずに仕舞い込み毎年使い回し、押し入れを年単位熟成された厄の巣窟にしている! なんたる逆効果! ウイスキーか!」

「あは。ちょっと言われ過ぎて有名な話ですね」


霊能者と幽霊能者からすればそういうものなのだろうが、桃子からすれば話が変わる。


「でも雛人形高いですもん。庶民からしたら毎年毎年捨ててられないですよ。しかもあんなに芸術品として凝っちゃって、勿体無いじゃないですか。そういう話なら最初からいい人形にしなければよかったんです」

「最初は簡素な紙人形だったよ。それが江戸時代くらいからかな? 大名家の娘の嫁入り道具に雛人形が持たされるようになって、『ウチは雛人形にこれだけ金を掛けられるんだぞ!』って相手の家にアピールする為の豪勢さを競うものになったんだ。だからそもそも雛飾りなんて庶民のすることじゃないんだよ」

「えぇ〜!? なんちゅうこと言うんですか!」


桃子が残酷なお金の話に打ち(ひし)がれていると、つばきの背中から補足が聞こえる。


「まぁその頃には半分以上飾りや()()()()遊びのお人形としての役割があったので、お武家さんだって毎年捨ててた訳ではないんですけどね」


そもそも嫁入り道具に消耗品は選ばない。



「そう言えば桃子ちゃん。私達、近々またお仕事でいなくなるから」

「なんと!?」


つばきとの最後のエビマヨ争奪戦に敗れ意気消沈していた桃子に、紡からの追い討ちが掛かった。桃子は思わずテーブルに身を乗り出す。


「それは私の休日なんでしょうね!?」

「桃子ちゃんの休日とか知らないけど、数日掛かるかもだからどの道合わないと思うよ」


紡は手帳の確認すらせずに自分の右手の爪を見ている。


「ということは私を除け者にしようとしてますか!?」


桃子が机をバンバン叩くと、紡は迷惑そうに溜め息を吐いた。


「むしろなんで私の仕事や顧客が桃子ちゃんの都合を斟酌(しんしゃく)すると思ってるの」

「やだやだやだ!」

「じゃあ仕事辞めるんだね」

「分かりました紡さんの所で雇って下さい」

「やだこの子行動力の塊」

「目が座ってて怖いです」


桃子のあまりの変わり身の速さに紡とつばきはドン引きするしかなかった。


「で、何処に行かれるんです?」

「長野」

「長野! また遠い所へ!」

「うん。大学に呼ばれてね」

「大学? また学芸員的な奴ですか?」

「ううん、『呪』的な」

「ほうほう。で?」

「で、って?」


桃子が促すように手を向けると、紡は()()()()()モノを見るような目で返す。


「いや、案件の説明して下さいよ!」

「あんまり部外者にペラペラ喋ってもなぁ」

「今更!」


紡はメンドくさそうに首を振って席を立つと、台所に向かう途中つばきの肩をポンと叩いた。つばきは「ふぅ〜ん」と()()()()()()()()()鼻から息を抜くと、桃子に目を合わせる。


「では私がご説明致しましょう」

「お願いします」

「ある大学の陸上部でですね、病気や事故が頻発しているので見に来てほしいということです。以上」

「あら簡潔。そのくらいなら紡さんもメンドくさがらずに説明してくれればいいのに」

「あは」


紡が晩酌みたいな食事から完全な晩酌に移行するべく、ミックスナッツとウイスキーを盆に載せて戻って来た。


「そういうわけで私達いないからよろしく」



「まさか来るとは」

「警察官は休みが取り難いと聞いたんですが……」


紡達が長野に発つ朝、桃子は私服で二人の前に現れた。


「ふふん! 元からの休日に日が合ってましたからね! 有給くっ付けましたよ!」


桃子はドヤァと胸を張る。


「有給は高知に行く時使ってなかったっけ?」

「九月はギリギリ規定で五日間の夏季休暇が使える範疇なんです。私それ使ってなかったんでそういう割り振りになってました」

「悪運の強い奴め……」

「さぁ! 観念して私を連れてってもらいましょうか!」

「はいはい。ちゃんとお宿は桃子ちゃんの分も取りましたよ」

「ふはははははは! 誰も私から逃れられない!」


特撮の悪の組織の親玉みたいな笑い方をする桃子に、紡は溜め息を吐いてアメリカンコメディのように肩を竦めた。


「……桃子ちゃんをお祓いしてもらおうかな?」

「あは。雛人形の格好させて川に流しますか?」

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