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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第十三話 神様の使い方
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一.酢豚と言えばあの警部補

 百貨店のお惣菜コーナー。それは人の心をざわつかせる魔の空間である。どのお惣菜も美味しそうで大変迷う。が、どのお惣菜も高いのであれもこれもは買えない。下手に踏み込めば迷いに迷い選ぶに選べず、一生帰ってくることが出来なくなるバミューダトライアングル。

そこに桃子は一人放り込まれていた。


 発端は桃子が京都駅界隈のビルで催された警察の英語研修(外国人観光客に対応する為)に参加したことである。研修が終わってからそのことをつばきに電話した所、紡が割り込んで来て


『じゃあ駅ビルでお惣菜買って来てよ。パーティしよう』


という話になったのである。なったのだが。


「むむむ……」


食べたいものが多過ぎる。紡のリクエストにあった『酒が進むヤツ』とつばきの『なんかオシャレなサラダ』は抑えるとして、それ以外を何にするべきか。正直お金の問題は紡が出してくれるので気にしない。問題はあれこれ大量の買い物袋を提げて電車に乗りたくないということである。

あと、つばきはともかく紡の気に入らないお惣菜を買って来たら絶対面倒なことになる。


「うーん、うーん……」


ちなみに先程つばきに電話したら出なかった。もう完全に当て勘で飛び込むしかない。


「でも紡さんなら割となんでも美味しく食べますよね?」


となると、もしイチャモンを付けられたなら、それは愉快犯的に『付けたくて付ける』正しくイチャモンということになる。


「つまり……、イチャモンを付ける隙が無いメニューにしなければならない、ですよね」


ガラスケースに並べられた商品を覗き込む桃子。その言葉に店員さんが「ウチの商品にイチャモン付ける隙があるってんかい!」と言いた気な顔をしている。


「となると……、あ!」


桃子の目が中華惣菜に留まる。


「故郷(?)の味を扱き下ろしたりはしないでしょう!」


この前餃子でメンドくさい食い違いがあったことをすっかり忘れている桃子は、ウキウキで中華惣菜をいくつか選んで帰途に着いた。



「紡さーん、来ましたよー」


紡邸、桃子が物干しスペースに周ると、紡が縁側で煙草を吸っているのにかち合った。


「もうすっかり玄関を通らなくなったね。家人(かじん)気取りかな?」

「いいじゃないですか。知らない仲じゃないんですし」


紡はパントーンを扇状に開いたような柄のTシャツに鳶色のドレープパンツで胡座をかいている。桃子が縁側から上がろうとすると、上半身を傾けてブロックしてきた。


「何買って来たの?」

「中華三昧ですよ!」

「ほぅ!」


紡は道を開けると桃子と一緒にリビングに向かった。


「まさか買って来たものによっては通さないつもりだったんです?」

「ふっふ」

「ふっふじゃないですよ、まったく」



 リビングに入るとつばきがグラスを並べているところだった。白地に黒で大量の様々な家紋がデザインされた浴衣を着ている。


「あ、桃子さん、いらっしゃい」

「こんにちはつばきちゃん」


紡は席に着くと、桃子に袋をテーブルに置くよう促す。


「さて、買って来たものを出してごらん」

「はいはい」


桃子は釣果を見せびらかす釣り人のように惣菜を並べる。


「紡さん指定のヤツでササミ梅チーズフライでしょう? つばきちゃん指定でエビとカリフラワーの和風ドレッシングでしょう? エビチリでしょう? エビマヨでしょう? あとは酢豚です」

「エビ多いな」

「いいでしょ別に」

「いいとも。早速一杯行こう」



「「「かんぱーい!」」」


グラスを合わせてビールで喉を潤し、お惣菜に箸を付ける。まずはエビチリ。お高いだけあって大ぶりなエビがしんなりした衣とネットリした朱色の餡を纏っている。

口に含めばプリプリを超えてブリブリの食感に、チリとは言いつつスイートな味わいが口の中に広がり、後からしつこくない爽やかな辛味が追い掛ける。

その一連の流れを楽しんだ後にビールをシュワっと流し込むと、


「あぁ〜……」


となるわけである。桃子がそうしてエビチリを堪能、次はエビマヨを食べ比べようとしていると、


「あれ〜?」


紡が頓狂な声を上げた。彼女は酢豚を取り皿に移しているところだ。


「どうしたんです?」

「あそこの酢豚はパイナップルが入ってるはずなんだけどな?」


紡はピーマンの裏を覗いたりしている。桃子はビールを一口飲んでから説明した。


「それでしたら抜いてもらいましたよ? 私酢豚のパイン嫌いなんで」

「はぁ!?」


思った以上に紡の反応が大きいので、桃子はちょっと引き気味に対応する。


「な、なんですか、そんなに酢豚のパイン好きなんですか」

「そういうことじゃないんだよ」


紡は酢豚への興味を失ったのかササミフライに箸を伸ばす。


「でも、酢豚のパインはあれでしょう? お肉を柔らかくする効果があるって。だったらもう完成時点ではお役御免なわけじゃないですか。別に無くても……」

「あのお店の酢豚は最初からパイナップルも一緒に炒めているので、その効果はありませんね」


つばきがカリフラワーを乱獲しながら呟く。


「えっ?」

「パイナップルに含まれる酵素のブロメリンは六十度以上で壊れます。桃子さんが言った効果を期待するなら最後の仕上げに混ぜることです」

「ヘぇ〜、じゃあこの酢豚のパインは完全に蛇足ですか」

「そんなわけないでしょ」


紡がグラスにビールを注ぎ足す。


「いい? 酢豚はフレンチと一緒。このソースを如何に引き立てるかが料理のキモなの。この甘酢風味を如何に美味しくいただくか。豚肉すらもメインじゃないんだよ?」

「なんと。そうだったんですか」

「となると大事なのはこの餡の甘味と酸味をどれだけバランス良く際立たせるか。そこで中国の料理人達が重宝したのがパイナップルなの。やや酸味が勝りがちな甘酢餡をパイナップルの甘味で調整出来る。しかもこの店はさっきつばきちゃんが言ったように肉が柔らかくなる効果を捨ててまでパイナップルを最初からじっくり餡と馴染ませる方針を取っているというのに……。蛇足どころかこのパイナップルが理想の味を完成させる最後のピースだと言うのにお前は……!」

「ひぃぃぃ……!」

「本人が画竜点睛を欠くならまだしも、貴様が横から破壊するのかーっ!」

「つばきちゃん助けてーっ!」

「あは。そもそもパイナップルが試された理由は当時超高級で『入れたら豪華じゃね?』っていうノリなんですけどね」


椅子から立ち上がった紡に対し、桃子は椅子から転げ落ちるようにしてつばきの背後に隠れた。

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