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食と怪奇と陰陽師  作者: 辺理可付加
第十三話 神様の使い方
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序.

「はっはっはっはっ」


夕闇の中、やや小柄で童顔な女性が坂道を駆け上る。彼女は大学の部活の紺色ジャージに身を包み、綺麗な姿勢で道を行くのだった。

毎週月曜日の部活動は朝イチで全体ミーティングをした後各自自主練習をするのが慣わしなので、四限でその日の講義が終わった彼女は一人ランニングをしているのだった。


「ふっふっふっふっ」


最近めっきり陽が落ちるのが早くなり、十七時にもならない内に空が美しいオレンジに染まる中を彼女は熱心に走る。

自主練習の日はストレッチや筋トレなど個人の調整に費やす選手が多い中で彼女がランニングに精を出しているのは、もちろん今の彼女に必要な取り組みがとにかく走ることであるというのもある。

何しろ彼女は近々迫る全日本大学女子駅伝対校選手権大会地区予選の選手に選ばれているのだ。だから今は身体のバランス調整より、とにかく長距離、それも街中を走る感覚を今までの練習以上に己に染み込ませる段階なのである。スポーツの多分に漏れず手足の長い選手が有利な駅伝、その中で小柄な彼女が人一倍の努力で掴んだ選手の枠。彼女の入れ込み具合は大層なものだった。

そういったわけで大体の選手がスロー調整に宛てがう日に()()()()しんどいメニューをこなしているのだが、実はそういった必要に迫られたストイックな理由だけでなく彼女個人がこの時間帯の街を走るのが好きというのもある。

夕方という一日の中で本の少ししか存在しない、お目に掛かれない時間が、彼女には堪らなくレアに感じられた。だから彼女は夕方の時間帯に空きがあれば、なるだけこうしてランニングをすることにしているのである。


「はっはっはっはっ」


心なしか走るペースが上がる。この明るくない、しかし街灯が点くでもない時間帯、まだ人が支配していない時間帯にしか見れない街の表情がある。だが夕方はすぐに夜へと顔を変えてしまう。

つまり少しでも多く今だけの街の表情を見ようと思ったら、少しでも早く走って多くの場所を周る必要があるのだ。それゆえ少しスピードが上がる。あと、少しでも長い距離を走れば、「短い夕方の間にこれだけの距離を走ることが出来た」というモチベーションにも繋がる。



「ふっふっふっふっ」


そんなわけで知らない街の表情を見る為に前の夕焼け時に堪能した普段のランニングとは違うルートを走っている彼女。田舎にはありがちな、街並みの中に突如現れる小さい雑木林のような所が見えてきた。一応柵で囲われた、個人が放ったらかしている土地なのか行政が放ったらかしている土地なのか分からない、伐採すれば広い庭付きの家くらい建てられるが大きい施設は難しそうな、そんな感じの土地。

それ自体なら珍しくもなんともないのでスルーしてしまう所だが、彼女はあることに気が付いてふと足を止めた。


なんとよく見たらその柵は一部分が入り口のように途切れており、そこから雑草に埋もれて辛うじてしか見えないものの、雑木林の奥へまっすぐ飛び石が埋められているのである。


道だ、と彼女は感じた。そして雑木林の中でそこだけ木が生えずに雑草が繁茂している意味に気付き、ここはかつて意図的に整備されていたのだという確信に変わった。


「……」


道の先はいまいち全貌が見えない。ちょっと入ってみたい興味をそそられるが、なんだか怪しい雰囲気だし私有地とか立ち入り禁止だったら怒られる。彼女は色々逡巡したが、


「ええい、ままよ!」


思い切って飛び石を辿った。最悪怒られたら謝ればいい。不法侵入にはなるかも知れないけど、場を荒らしたりしなければまさか逮捕はされないだろう。お叱りで済むと思う。私女の子だし。

それより一期一会、今日偶然この場所に来た機会を逃す方が勿体無い。もしかしたらもう来ることが無いかも知れないと考えたら、好奇心はここで満たしておきたい。

彼女はそう考えたのである。アスリートにはこういう大胆さが必要なのかも知れない。それはアスリートに対する偏見かも知れない。



 ずんずん道を進んで行くと、外から奥が見えなかった割にすぐにゴールが見えてきた。そこに待ち受けていたのは、


「わぁ……」


男性の平均身長程もあれば頭がスレスレの小さい石造りの鳥居と、その向こうにポッカリ広がる空間。

そして小さな神社だった。


それは神社なんかに行くと端っこにあるような、石造りの台にぎりぎり御神体が入るだけのサイズのような、仏壇や百葉箱と対して変わらない規模の社が乗っかっている、正式名称を摂社(せっしゃ)末社(まっしゃ)というあれである。

なので賽銭箱と本坪鈴(ほんつぼすず)があり神社の体裁自体は整っている。が、長年放置されていたのか屋根は痛み塗装は剥げ、土台は苔()し神社や祭神の名前が書いてありそうな看板は文字が掠れて何も読めない。

なんとも異様な雰囲気である。ポッカリ空いた空間なこともあって、なんだか神聖で畏れ多い、言い換えれば不気味で近寄り難い空気にも満ちている。それを敏感に受け取った彼女は、


「なんていうか、すごいパワーありそう……。RPGの隠し部屋みたい」


そんな感想を抱いた。となればすることは一つ。特別なパワースポットの力に(あやか)るのだ。

彼女は賽銭を入れて鈴を鳴らし、二礼二拍。掛ける願いは


『駅伝でチームが優勝出来ますように、どうかお力添え下さい』


祈り終わって一礼すると、


「よしっ! いけそうな気がする!」


彼女は普段神様を信じているわけではないが、今ばかりはご加護を得たような気がしてルンルン気分で神社を後にし、ランニングを再開した。

空はオレンジからマジックアワーへ。夕暮れがもうすぐ終わる。

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