052「ハクロに会いに行ってみた」
「他にも色々あるけど、でも、それは、今となっては過去の話だけどね」
「ジョルジオ⋯⋯様?」
「⋯⋯かつて偉大な功績を上げ、誰からも尊敬されていた偉大な父は、伯爵家に降格となった今では⋯⋯⋯⋯ただの飲んだくれになった」
「えっ!? の、飲んだくれ⋯⋯!」
「⋯⋯父は、結局今でも『公爵家』というかつての地位が恋しいのさ。だから、今の降爵した現実を受け止めきれないから、こうやって⋯⋯⋯⋯落ちぶれているのさ」
「ジョルジオ様⋯⋯」
ジョルジオからは、すでにさっきまでの笑みは消えていた。⋯⋯聞くと、マッケラン家は処刑は免れたものの『財産九割没収』となった後、父親はろくに働きもせず、わずかに残った財産で家で酒びたりな毎日を送っているらしい。
当然『一家の大黒柱』が仕事をしないので家からはどんどんお金が減っているとのことだった。
「そ、そんな⋯⋯」
ショックだった。最初の部分ではジョルジオの話を聞いて「すごい親父さんだな!」と感動していたのに⋯⋯。でも、それはきっと⋯⋯⋯⋯ジョルジオも同じ気持ちじゃないだろうか。
「は、母親は⋯⋯どうしているの?」
「母は愛想を尽かして家から出ていったよ⋯⋯。今、家にいるのは私と飲んだくれの父と公爵家の頃からずっと我が家で執事をしている『バスティアン』の三人だけだ」
「そ、そんなっ!?」
ヘビー過ぎる⋯⋯だろ⋯⋯。
ジョルジオはまだ16歳なんだぞ?
そんなヘビーな話を軽々しく聞いてしまった俺は、あまりに軽率だった自分の行動に深く反省した。すると、
「ジョ、ジョルジオ様っ!!」
「!⋯⋯⋯⋯ウィル?」
すると、突然ウィルが珍しく大きな声をあげて『ジョルジオ』の名を呼んだことに俺もジョルジオもビックリした。しかし、
「⋯⋯ウィルっ!!」
「(ビクッ!)⋯⋯ご、ごめん⋯⋯なさい⋯⋯」
今度は、そのウィルの行動を見たフェリオがなぜかものすごい剣幕でウィルを叱った。
え? 今、ウィル⋯⋯そこまで怒られるようなことした?
ていうか、フェリオがそこまで怒るなんてビックリなんだけど。
何だろう⋯⋯すごい⋯⋯違和感が⋯⋯。
「すみません、ジョルジオ様、エイジ」
フェリオがウィルの突然の大声にリーダーとして俺とジョルジオに謝る。
「いいよ、フェリオ。別にウィルが何かしたわけじゃないし⋯⋯ね、エイジ?」
「え? あ、うん。そうです⋯⋯ね」
俺はとりあえず、ジョルジオに合わせて返事をする。
何だろう⋯⋯。ジョルジオは気づいていないみたいだが明らかにウィルとフェリオの様子はおかしかった。
しかし、何となくだが⋯⋯⋯⋯この場で真相究明するのはよろしくないと感じた俺は、二人に今のことを問い詰めることはしなかった。
その後、みんなでランチをした後、午後の授業を受け、それから俺は図書館へと向かった。
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——放課後/『図書館』
「えーと、ハクロはどこかな⋯⋯と」
授業を終えた俺は、今日あった『四大公爵』や『模擬戦』のことも気になってはいたが、同時に『ハズレモノに関すること』や『世界の歴史』『エルクレーン王国の歴史』など、この世界の情報も知りたかったのでハクロに会いに来た。
ハクロは昨日からずっと図書館にこもって調べ物をしていたのだが、結果だいぶこの世界のことに詳しくなったようだった。そこで、ジョルジオ・マッケランの件も含めてハクロから直接いろいろ教えてもらおうと思った次第である。
「⋯⋯!」
館内に入り、しばらく歩くと窓際のテーブルで一人静かに佇む少女を見つけた。
それは髪を細指でスッとかきあげると、物憂げで儚げな表情を浮かべながら重厚な読み物をしなやかな指先でめくる。そんな少女の姿に俺は一瞬、我を忘れて⋯⋯見惚れた。
「おー、エイジ! こっちじゃ、こっち」
「お前かよっ!?」
そんな『我を忘れるほど見惚れた少女』は⋯⋯⋯⋯ただのハクロだった。
さっきまでの『美しき情景』がガラガラガラと音を立てて崩れていく。
「何だろう⋯⋯⋯⋯すっごい騙された気分っ!!!!」
「いや、どゆことっ!?」
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「まったく⋯⋯そんな物憂げで儚げな表情で本なんか読んでんじゃねーよ」
「辛辣っ!? ていうか、お前、だいぶ失礼なこと言っているの⋯⋯自覚ある?」
そんな感じで、俺はハクロに一方的な文句を入れた。
そしたら、ハクロから全力のアイアンクローをお見舞いされた。
「さて、冗談はさておき⋯⋯」
「⋯⋯おい、エイジ。お前、もう少し白龍であるワシに対して『敬意』を持てよ」
「進捗はどうよ?」
「うむ。さすがは王国の学生図書館といったところじゃな。かなりの蔵書量じゃ。じゃが⋯⋯目的の歴史についてはどうも腑に落ちんものばかりじゃ」
「腑に落ちない?」
「この図書館にはワシがあのダンジョンでお主⋯⋯『ハズレモノ』を待つことになった1,200年前の歴史とは全く違った歴史が書かれた書物しかない」
「え? 歴史が?」
「当然、ここにある歴史書にはお前の『ハズレモノ』という称号の記述は存在しない。つまり⋯⋯」
「それって、『ハズレモノ』という称号は存在しないというのが歴史の常識になっているってこと?」
「うむ。まあ、他の図書館の歴史書はどうなっているのかわからぬが、もしどの歴史書も同じ状況であれば、何者かが大規模に歴史を改竄したことになる。また、それは同時に⋯⋯それだけのことができる大きな組織か何かが関わっているということを意味する」
「っ!?」
「まったく⋯⋯何がどうなっておるのじゃ」
そう呟くハクロの顔が真っ青になっていた。それは、出会って今まで見せたことのない初めてのハクロの焦りを感じさせる表情だった。




