020「過去と現在の齟齬」
「しかし、まあ、この『ハズレモノ』って、だいぶスキルやばいよな?」
俺は、頬をさすりながら平手打ちの余韻に浸りつつ、ハクロに問いかける。
「ああ。なんせ、ハズレモノはこの世界の『救世主』じゃからな」
「ん? ハクロの今の言い方⋯⋯」
「? なんじゃ?」
「いや、召喚された俺たち異世界人は⋯⋯⋯⋯全員『救世主』なんじゃないのか?」
「いや、違うぞ? 救世主は『ハズレモノ』だけじゃぞ?」
「何?」
何だ⋯⋯どうもハクロと認識が違うぞ?
ということで、ハクロに城でシャルロットから聞いた『異世界召喚』や『救世主』の話をした。すると、
「う〜む⋯⋯どうやら、昔と今でだいぶ認識が変わっておるみたいじゃな⋯⋯どういうことじゃ?」
そう言って、ハクロが首を傾げる。
ハクロが言うには『救世主』は本来『ハズレモノ』だけのことを指すらしい。
「じゃあ、『勇者』とか『聖女』とかの称号を持つ異世界の人間は救世主じゃないのか?」
「うむ。『勇者』や『聖女』といった称号は、過去の異世界人でも持っていた奴はいたが、そいつらはあくまで、救世主たるハズレモノのサポート役に過ぎん」
「えっ! ハ、ハズレモノの⋯⋯⋯⋯サポート役っ?!」
おいおい、それだと⋯⋯根本から話が変わってくるぞ?
「⋯⋯ふむ。どうやら、現在の世界の認識が昔とだいぶ変わっておるみたいじゃな。ちょうどよい、一度、ここでエイジに説明しておくかのぉ〜」
と言って、ハクロがゆっくりと説明を始めた。
「まず、『ハズレモノ』とは『理から外れた者』という称号。これは、最初にちょっと話したな。そして、この『理』というものは『世界の常識』という意味で⋯⋯」
「待て!」
ハクロがどんどん話を進めようとしたので一旦止める。
「それだけじゃわからん! その『世界の常識』について、もう少し具体的に教えてくれ!」
「具体⋯⋯的⋯⋯に?」
コテンと首を傾げる目の前の『のじゃロリ』。⋯⋯あらかわ。
それにしても『かわいいは正義』だが人に教えるのがちょっと苦手のようだな、ハクロたん。
「例えば、その『世界の常識』ってのはどれくらいの範囲のことを言っているんだ? 別に俺は他の人と同じように呼吸もしているし、会話もしている⋯⋯それって|世界の常識に則っている《・・・・・・・・・・・》と思うんだが⋯⋯」
「ああ、なるほど。そういうことを聞きたいのか。ハズレモノの『理から外れた者』の『理』とは主に『エイジの成長に関するもの』を指す。具体的に言えば『ステータスに関するもの』といったところじゃ」
「あー、さっき言っていた『魔法、スキル、体術の習得』は、人から教わったり本から学んで習得するという『この世界の常識は通用しない』⋯⋯というやつか」
「うむ。もしくは逆に『レベリング成長10倍』という『この世界の常識ではあり得ない成長』も同じ『世界の常識外=理の外』とも言えるじゃろ?」
「⋯⋯なるほど」
言い得て妙である。
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「とりあえず、ハズレモノの関わる『理=世界の常識』はわかったよ。それはそうと、さらに気になるのが、今と昔の情報の齟齬なんだが⋯⋯」
「うむ、そうじゃな」
ハクロがいろいろ思考しているのか、顎に手を当て少し考え事をしたあと口を開いた。
「⋯⋯ハズレモノは邪神を倒すのに必要な鍵じゃ。じゃから、ワシは『ハズレモノ』と出会うのを⋯⋯エイジと出会うのを千二百年も待っておったのじゃ」
「せ、千⋯⋯二百年⋯⋯っ!?」
「うむ。『ハズレモノの出現を待つこと』⋯⋯⋯⋯これが神から与えられたワシの使命の一つじゃからな」
「か、神っ!? 神がいるのか?!」
「おる」
「何者だよ?!」
「知らぬ。ただ『神』という『絶対的存在』がいることだけはわかるという認識じゃ。それ以上でもそれ以下でもない」
ハクロは「神とはその程度の理解だが絶対的存在」という、まるで『禅問答』のような解答を示す。まあ、今は『神』のことはどうでもいい。いや、どうでもよくはないが、一旦置いておく。それよりも、
「ハクロが『ハズレモノの出現を待つ使命』というのを神様から与えられたって、それって、やっぱ『邪神復活の阻止』が理由なのか?」
「そうじゃ。『邪神復活』を許せばこの世界は終わりを迎える。そうさせないための存在が『ハズレモノ』じゃ。救世主たるハズレモノを中心にこの世界の住人と力を合わせ邪神復活を阻止すること、できれば邪神を倒すこと、これが『神の意思』だ」
「なるほど。しかし、現在と過去で『ハズレモノ』の存在意義が変わっている⋯⋯これは?」
「うむ。先ほどエイジから聞いた話が本当なら、この情報の齟齬は大問題じゃ。しかし、ワシはこのダンジョンの最下層であるこの100階層で千二百年もの間、お前をずっと待っていたので現在の世界のことは知らん」
千二百年、ずっとここで待っていた⋯⋯か。⋯⋯すげえな。そりゃ、外の世界のことなんてわからんわな。
「昔、ワシが『ハズレモノを待つ使命』を与えられるまでの世界⋯⋯つまり『千二百年前の世界』では『ハズレモノ』という称号を持つ者は、人々にとって『邪神を打ち破る救世主の存在』として崇められていた⋯⋯」
ハクロが目を瞑り、思い出すかのようにゆっくりと話し始める。
「当時、討伐までは至らないものの邪神を封印することに成功したその時代のハズレモノは、世界を救った救世主であり大英雄として歴史に名を残した⋯⋯⋯⋯はずなのじゃが、エイジの話を聞くと、そのハズレモノの存在自体が無かったことのようになっているのがおかしい。あと『異世界人はすべて救世主という話もな⋯⋯」
ハクロが顎に手を当てて考え込む。
「もしかして、ハクロはこの状況を誰かが仕組んだものと考えているのか?」
「うむ。そもそも『勇者』や『聖女』という称号についても、『勇者』はあくまで『勇敢なる者』というそれだけの意味じゃったし、『聖女』も『聖なる女性』というただそれだけの、それ以上でもそれ以下でもない称号じゃ。たしかに『高スペックの初期ステータス』や『ステータスの成長率の高さ』といったアドバンテージはあるものの、『救世主』という存在ではない」
「へー、『高スペックの初期ステータス』とか『成長率の高さ』は今と一緒なんだな?」
「うむ。とはいえ、そのアドバンテージも『ハズレモノ』には遠く及ばんぞ? なんせ、『勇者』も『聖女』もその他の上位の称号も、すべて『ハズレモノの廉価版』みたいなものじゃからな」
「ハズレモノの廉価版⋯⋯」
そこまでの違いがあるのか。
「しかし、現在はそんな『ハズレモノの廉価版』が『救世主』という存在にすり替わっている。もしも、そのすり替えが人為的なものなら、邪神復活を望んでいる奴らの仕業と考えるのが普通じゃろう。つまり⋯⋯」
「⋯⋯魔族、か」
「うむ。じゃが、そんな単純なものではないかもしれんな。なんせ千二百年という時間が経っておるからのぉ⋯⋯。人間と魔族の間に何があったのか⋯⋯⋯⋯まずは、そこから調べる必要があるじゃろうな」
そう言うと、ハクロは再び顎に手を当て『思考の海』へと潜っていった。




