第八話 A県N市 えもすぎ高等学校
A県N市 えもすぎ高等学校 通称えも校。
わや学と同じ市内であり、一駅ほど離れた場所に存在するライバル校である。
わや学と同じく能力者のみを集めた高校であるが、大きく違うのは、わや学とは違い、えも校は全体的に偏差値が他校よりも劣っているということ。
特進クラスのような勤勉に励むクラスが存在しないのだ。
そんなえも校は、わや学に対しライバル心を抱いており事あるごとに生徒同士の揉め事や抗争が絶えなかった。
また、校長同士の不仲も噂されており、わや学とえも校の間の和睦はいつまでも訪れないかと思われていた。
そして今、えも校の正門前に 俺たちは居る。
――――
俺とパラダイスは、わや学を出てそのまま えも校へと向かった。たった一駅離れた場所なので、高校生の俺らが徒歩で向かっても10分もかからず着いてしまった。
(とはいえ、パラダイスのような大男の歩幅に合わせたため、本当は今にも倒れそうなほどクタクタだが)
「パラダイス、正面から行って大丈夫なのか? これ」
俺たちは、『えも校の制服』に身を包み正門前に立っていた。
ここに来る途中、学ラン干しを目論む えも校のやつらに出くわし返り討ちにしたのだ。そして、『ちょっと』お借りしただけ。
「まだ入学式を終えて半年も経ってないからな……一年坊全員までは把握してないはずだ。見覚えのない俺らの顔を見たところで、一年坊だと思うだろ」
「いやあんたはどう見ても一年坊の貫禄じゃないんだよなぁ……」
「まぁ、ある程度中まで行けるだろ」
パラダイスはというと、いつものようにマイペースなことを言ってはいるが、目の奥には怒りの炎が燃えておりいつでも戦闘態勢に入れそうである。
「ねぇねぇ、きみたち! せんぱいが、いちねんせいよんでたよ!」
下駄箱で靴を脱ぐことはせず、土足で校内へと上がり込むと、なんとも人を舐め腐ったような奇妙な話し方をする生徒が声をかけてきた。
異様に頭にくる顔をした派手な髪色の男だ。
肩から下げている大きな鞄の中にはお菓子がたくさん入っているのが見える。
俺ならまだしもパラダイスのことが一年坊に見えるのか?
多少の疑問か浮かび上がったが、もしかしたらこいつがトップのところまで案内してくれるかもしれない。
「まだきょうしつ おぼえてないよね! ぼくもさいきん やっとおぼえたんだ! あんないするよ、こっちこっちぃ!」
派手な男はニコニコとご機嫌な様子で手招きをする。
なんの疑いもなしに、着いて行こうとするパラダイスを止める。
「なんか怪しいぞ……罠なんじゃあないか?」
「なら尚更簡単な話だよなあ、罠なら罠で全員ぶちのめす」
パラダイスの強さは以前の委員長とのバトルの中で痛いほど感じた。
今回、腕っ節の強そうな仲間たちではなく、一年の俺を連れてきたのだって自信があってこそのことだ。
俺は、パラダイスに従い着いて行くことにした。
階段を登り少し歩くと、「音楽室」に案内をされた。教室の中からは、学校の音楽室には似合わぬヒップホップが流れているのが聞こえる。
パラダイスが「チッ、趣味が悪ィ」と小さく舌打ちした。
ガラッ
派手な男が勢いよく扉を開けて中へと入る。
「せんぱぁ〜い! つれてきまちたよ〜!」
「きちんと連れて来れてお利口さんだyo! キャンディ!」
「えへへ! ねっねっもうおやつたべていい?」
「こらこら、3時のおやつはもう食べただろ」
派手な男に続いて教室へと入ると、そこには柄の悪い十数名の生徒が1人の男を囲うように立っていた。
その中心に座り込む1人の男に派手な男は近寄ると、『キャンディ』と呼ばれ嬉しそうに話し出した。
「音楽室」というプレートは幻か何かだったのだろうか。
座り込む男の背後には音楽室に似合わぬ機材が沢山並んでいた。厳ついスピーカーにターンテーブル、まるでクラブの一室のような異様な空間であった。
幸いにも思っていたほど生徒の数は多くない。
いつでも戦いが始まってもいいように、俺たちは構えた。
「oh、可愛い一年坊ほったらかしはダメだな。俺の名前は韻野広踏、ラップって呼ばれてるyo」
色黒でドレッドヘアのその男は『ラップ』と自ら名乗った。口調が特徴的な男だ。
そして何より腰をかけているのは机の上だ。ケンバンが居たら行儀が悪いと怒っていたことだろう。
「その学ラン、どこで手に入れたんだ? なぁパラダイスとコースケくん」
名前を呼ばれ、俺とパラダイスの身体に力が入る。
正体がバレていた上で、『わざわざ』呼び出されたのだ。
「驚かないで……君たちのことならなーんでも知ってるよ。大須発也通称パラダイス。能力は、そうだな……射程距離内にいる対象の、炎症の爆発 とか……yo」
「な、」
「おっとっと、それ以上近寄るなよ? てめーの射程距離に入っちまうからな……」
その瞬間、パラダイスの表情が曇ったのがわかった。
まさか、パラダイスの能力が相手にはバレてしまっているのか……
フールズの能力は、必ずどこかに『欠点』が存在する。
そのため、能力が相手にバレてしまうと一気に戦いづらくなってしまうのだ。
『対策』をされてしまうからな……
「はっはっはaaーッ! ご名答だろ? ちなみに隣のやつの名前も知っている。当ててやろうか? 主人公輔、コースケだよなァ、お前は……いちごオーレが好きだよなァ、でもアレは甘くて飲めたもんじゃねぇよ」
「なんで……」
「お前らの情報はやけに高くついたんだから、当たってなくちゃ困るもんな」
「たかく、ついた……」
ラップと名乗ったその男は、余裕そうにそして楽しそうに俺たちを嘲笑う。
「鈍いね……おたく鈍すぎるな……かの有名な情報屋さんがずっと側にいただろうがyo」
――かの有名な情報屋……
たった一つの可能性が頭の中をよぎる。
そんな、馬鹿な……そんなはずは。
「ah〜、かわいそうにな……信じてたもんなァ。友だちごっこ……本気にしちゃってたんだもんな」
「おまえ、まさ、か……そ、そんな、」
身体中が震え上がり、全身の力が抜ける。
今にも目眩で倒れそうだ。
「大親友の『原付のダッシュ』に売られちまったんだもんなaaaーーッッッ!」
「や、やめろォォォォーーーーッッ!」
「コースケッ! 早まるなッ!」
俺は思わずラップに向かって走り出す。
殴ってこの口を止めてしまいたい。ただその一心だった。
次の瞬間、流れていたヒップホップのバックミュージックの音量が爆音へと変わり、ラップがマイクを持って口を開いた。
そんなことは構わずラップに向かって振り上げた腕で殴りかかろうとした俺は、最も簡単に吹き飛ばされる羽目となる。
「悔しいが正解ッ 不可能な挽回ッ」
ラップが、音楽のビートに合わせ韻を踏んだ瞬間、奴の背後から出た爆風により、吹き飛ばされ俺は教室の壁へと叩きつけられたのだ。
「かはッ……」
「コースケッ!」
爆風の範囲は大きく、ラップの仲間ともども吹き飛ばされたようだ。
その中でパラダイスだけは、両足を踏ん張りなんとか爆風に耐えたようだった。
壁へと叩きつけられ、一瞬息を吸うことができず、肺が一生懸命働こうとするのがわかる。
奇妙なことに、飛ばされた奴らは全員俺と同じ方向に飛ばされたようだ。
――奴の能力は『風』か……引き金となるのは『ラップ』だッ!
「おっと、すまねェ、みんな……でもきちんと風に備えてないお前らが悪いよな? ちゃんと後ろに隠れなきゃ」
「ぐっ……げほっごほっ……ごめんよ、せん、ぱい」
先程親しげに話をしていた『キャンディ』と呼ばれた男も、俺と同じように床に倒れている。
――こいつ、仲間もろとも……
「さァ、本題に戻るぜッ! 俺が、用あるのはコースケてめーだけだ」
「狙いはコースケだと……」
「そうだよ……コースケさえ受け渡せば、もう学ラン干しをやめさせる」
俺が目的だと……?
一体なんのために……
ラップの楽しそうな声が、バックミュージックのビートに乗っている。
耳障りのいいような、悪いようなザラザラとした特徴的な声が音楽室の中に響いていた。
「パラダイス、お前は沢山のわや学生の命背負ってるもんな。1人の命と300人ちょっとの命どっちが大切か……懸命な判断できるよなァ」
「な、なんだと」
どういうことだ。俺を捕らえてどうするつもりだ?
痛む背中を押さえ身体を起こそうとすると、背中をいきなり踏みつけられた。
「うぐッ」
「ぜぇ、ぜぇ……せんぱいが、おはなしてる……から、ここでねんねしてて……」
俺の背中を踏みつけたのは苦しそうに肩で息をするキャンディだった。彼は、そのまま俺の背中の上に腰を下ろし座った。
「さ、どうする? パラダイス……
なんならわや学の連中の能力全部ばら撒いてもいいぜ? そしたら、他校から狙われやすくなるな……しかも能力がバレた状態で、だ……huhu」
「……てめぇ……」
パラダイスの額から汗が流れる。
これじゃあ俺はただのお荷物……俺がいることでパラダイスは全力で戦うことができていない。
――俺1人が大人しく捕らえられてしまった方が良いのではないか。
そんなことが頭に思い浮かんだその時だった。
「コースケ、まだ動けるよなァ」
「は? もうそいつは動けねyo。俺の後輩がついてるからな」
「ここは俺に任せるんだ、いいな? 余計なことは考えるな。わや学のトップ目指してんだろ……こんなとこに捕らえられる時間なんかねぇぞ」
パラダイスの声が、スッと心に入ってくる。
先ほどまでの諦めとも等しい考えは一瞬で消えて無くなった。
「それにお前は、男なんだから……
『女が忘れてった口紅は、返しに行かないと』、なァ」
――女が忘れてった口紅……そうか、メイクから貰った口紅ッ!
俺はパラダイスの言葉を聞くや否やポケットから口紅を取り出し、おもむろに唇へと塗りたくった。
すると、不思議なことに腹の奥深くがジリジリと熱くなり、身体中から汗が噴き出した。
先程までの背中の痛みも綺麗に剥がれて飛んでいったようだ。
「口紅だと……ッ? とち狂ったかッ!」
「行けッ! 走れッ! わや学に戻るんだッ!」
パラダイスの声を聞くと同時に俺は背中に乗っていたキャンディを突き飛ばし、音楽室から飛び出した。
「あいつ、まだ動けたのかよ! 何してんだ捕えろッ! キャンディ、てめー何やるにもノロマだなァッ!」
「う、あ、はい!」
パラダイスの言葉を合図に駆け出したコースケを視界の端で捉えながら、パラダイスはラップから目を離すことはしなかった。
キャンディというやつが追いかけていったが、あいつなら大丈夫だろう……そう思ったパラダイスは、両拳を構える。
「どうしても邪魔がしたいらしいなァ、パラダイス」
「条件飲んだところで、約束を守る奴に見えねェからな、俺の賢明な判断だ」
「てめーッ! ぶっ殺してやるッ!」
マイクを握り直したラップが韻を踏もうとすると同時に、射程距離を詰めるためパラダイスも飛びかかった。
――
「ハァ、ハァ、ハァ……」
たった1人パラダイスを音楽室に残し、無我夢中で走り出した。
果たして本当に、これでよかったのだろうか。
相手の狙いはたった1人、俺だけだった。
俺さえが犠牲になれば……
いいや、それはできない。
俺がここで捕まってえも校の思い通りになったところで、彼らが今掴んでいるわや学の情報を流さない保証などどこにもない。
1番最悪なのは、俺が捕まってパラダイスの面子も潰れた上に、わや学の情報が流されてしまうこと。
パラダイスなら大丈夫だ。必ず奴を倒してくれる。
「ハァ、ハァ」
どこまで走ってきただろう。
音楽室から出た廊下を走り抜け、階段を一目散に降り、多分一階に着いた。そこから混雑している玄関口を避けて反対方向へ向かう。
後ろから追いかけていたキャンディは、混雑していた玄関口で振り切ることができたのか、後ろから気配はしない。
走り続けていると裏庭へと出ることができた。
木が生い茂るわや学の裏庭とは違い、綺麗な花に囲まれた裏庭だ。
「えーん、どこいっちゃったの〜!」
急に聞こえたキャンディの声に驚き、咄嗟に茂みへと隠れる。
――振り切ったと思ったのに……!
「あーあ、つかまえなきゃ、おこられちゃうよぉ……えーんえーん」
ずいぶんと独り言のでかいやつだ。
キャンディの気配がなくなるまで、その場に隠れようそう思った時だった。
ペリッペリペリ…
キャンディが自らのカバンの中から一つの棒付きの飴を取り出し包み紙を開け出した。
「すとろべりぃ〜、すとろべりぃ〜」
あの飴で何をするつもりなんだ?
キャンディは包みを全て剥がし終えると飴を口にくわえた。そして、隠れている俺の方を確実に見つめ、ただ一言呟いた。
「 見 ぃ つ け た 」
フールズメイトを読んでくださりありがとうございます。
少しでも多くの方に楽しんで頂ければ幸いです。よろしくお願いします。