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第六話 可愛い反抗期



 1年前、事件は起こった。

喪武山芯太郎。彼の能力は、シャー芯の強度を高める能力。その強度は、鉛筆をも超えまるで鋼鉄ようだと言われた。


 僕の能力は、『紙飛行機』。

 どの様な素材も紙飛行機として折り曲げることができ、完成した紙飛行機は、重量に影響されることなく自身の思い通りに飛ばすことができる。

 その為、プラスチックや鉄の板だって紙飛行機にして飛ばすことができるのだ。



 中学で成績トップを走ってきた僕にとって、芯太郎は初めてできたライバルだった。


 彼は、俯いて落ち込んでいるものがいれば、いつでも全身全霊励ました。

 壁にぶちあたれば、猪突猛進突き進んだ。


 成績、運動神経、人を集めまとめるカリスマ性と人望。

 その全てにおいて芯太郎は完璧だった。



 能力こそ、強化できるのがシャー芯のみという決定的な欠点もあり使い所の難しいものではあったが、彼はそれをも使いこなした。


 喧嘩はそこまで強いわけではない。だが、何度もわや学のトップに挑んで負けては『シャー芯は折れても俺の心は折れない』と立ち上がった。



 クラスメイトだけでは無く、一年生全員が彼の背中と決して折れることのない心を追いかけた。気がつけば、悔しいことに僕も彼に憧れを抱き始めていた。


 そのうち、折れない心をトップにも認められ、トップが卒業と同時に次を引き継ぐのは芯太郎だろうと誰もがそう思っていた。あの事件が起こるまでは…



 忘れもしない、あれは葉が枯れ落ち並木道が寂しくなった頃。


 肌寒い日。その日は日直だった。

 全ての授業が終わり、日直の業務である日誌を担任へ届け教室へと戻ったところだった。



「む……まだ誰か教室にいるのか」



 教室の中には一つの人影があった。

その人影は、机の上にある筆箱から『何か』を摘んで拾い上げた。


パラパラ……


 つまみ上げた『何か』がそのつまんだ指先から離れ、重力に従い床に落ちていく。



「おいッ! その手の物はなんだ? 教室の掃除はもう終わってるッ! ゴミを捨てるなッ! ……ハッ!」



 思い切り教室の扉を開けて中へと入ると同時に俺は衝撃を受けた。


 中にいたのは喪武山芯太郎であり、手からこぼれ落ちた物は全て彼のシャー芯だった。


 全てが折れている。



 実は彼の能力にはシャー芯以外は強化できないこと以外に、もう一つ弱点があった。


 それは、一度折れたシャー芯は強化ができないこと。


 僕は慌てて彼に近寄り、彼の筆箱を開いて中を見た。


――折れている。それも、全て。



「芯太郎ッ! これはッ! だ、誰にやられたッ」


「わからねぇ……」


「わからないって……いつもみたいに何かしら目星ぐらいあるんだろ? ほ、ほら……前にも似たようなことあっただろ、でもあの時だって」


「いや、もう無理だ」



 無理……?

 そんな言葉今まで彼の口から聞いたことがあっただろうか。

いいや、否定的、そして後ろ向きな言葉は一度も聞いたことがない。

いつだって前向きでひたむきで、誰よりも夢に向かって真っ直ぐだった。


 僕は、思わぬ言葉にショックを受け、軽い目眩を覚えた。



「全て綺麗に折られちまってるんだよ……予備のものも全て」


「でもよ、シャー芯なんてまた買えば……僕だって用意するの手伝うぜ! クラスのみんなにだって言えば、」


「いいや、だめだ……」


「なんでだよなんで諦めるんだよッ!」


「物には魂が宿る……こいつらだって……『生きていた』だがもう今は、『死んでいる』

こいつらは俺の相棒だ、心だ、『魂』だ……俺の心は相棒たちと共に折れて、『魂』は死んだんだ」



 芯太郎は、ただただ自身のシャー芯を見つめ、寂しそうに言い放った。



「たかがシャー芯だと笑うか?」



 僕の方を向いた彼の瞳を見てどきりとした。

シャー芯強化の能力を初めて聞いた時、僕は彼に対して「たったそれだけなのか」と「なんの役に立つのだ」と笑ったのだ。


 だが、苦楽を共にし、すぐ近くで彼の生き様を見てきた僕に、もう彼を笑うことはできなかった。

むしろ「たかがシャー芯だろ」と笑い飛ばしてやれたらよかったのかもしれない。



「これからどうすんだよ……トップとるっていう夢を諦めるのかよ」


「……そこで、お前に一つ頼みがある」


「頼み……?とてもじゃあないが、お前の後を継ぐなんてことはできないぞ」


「違う……俺の幼なじみのことだ」



 芯太郎は、俺の両肩を掴むとそのまま言葉を続けた。



「俺の幼なじみは、きっと俺の夢を継ごうとするだろう……そしてシャー芯を折った犯人を探して復讐しようとする……あいつはそういうやつだ」



「そこで、お前に……あいつを……





 止めて欲しい」














――――






「……芯太郎は、復讐なんか望んでない。夢の継承も望んじゃあいない

ただ、コースケ、弟のように思っているお前には危険に晒されることのない普通の日常を送って欲しいと……そう願ってんだよ」



 委員長の口から告げたれた真実。

それは、芯くんの本当の気持ちであり、意思だった。


 場所を変え、保健室で怪我の処置をする。

そこには、頭に包帯を巻いたケンバンの姿があった。


 ボロボロな姿の俺とダッシュに驚いた様子のケンバンだったが、委員長から情報を聞き出すことを伝えると、すぐに察して静かに俺たちの怪我の処置を行ってくれた。


 どうやら保健室に他生徒や教師は居ないようだ。



 消毒液の匂いが充満した部屋で、ベッドに腰掛け話出した委員長の話を全て聞き終わり、俺は長らく閉じていた口を開いた。



「要するに、俺を守るため事件から遠ざけるよう芯くんに言われてってことだよな」


「まぁ、そうなるが……」


「まだ俺たちに話してないことがあるな……犯人の目星はついてるって顔だ」


「…………」



 委員長は俺の言葉に押し黙った。



「協力してくれ」


「いいや、それだけはできない。芯太郎を裏切ることになる」


「事件に関して知ってることを話してくれるだけでいい……2年の特進クラスでおかしなことが起きた時にだけ、あんたのその能力でこっそりと伝えてくれればいい あんたのことは巻き込まない」


「てめーッ話を聞いていなかったのかッ! 芯太郎からお前を事件に近づけるなと言われてんだ僕はッ!」



バチンッ


 声を荒げた委員長は、勢いのあまり立ち上がる。

そしてそのまま手を振り上げ、俺の頬を引っ叩いた。



「はぁ、はぁ……心配してる芯太郎の気持ちも考えろ。あいつにとってお前は弟も同然なんだよ」


「わかってる……俺も芯くんを兄のように慕ってる」


「なら、」


「引き下がることはできねぇッ!」



 負けじと立ち上がり、見つめ返す。

引っ叩かれた頬がヒリヒリと痛むが、そんなことなど気にならない。


 ここで『折れる』わけにはいかない。


 芯くんが敵討ちも夢の継承も望んでいないことは初めから知っていたのだ。



「俺は俺の意思でここにいるッ! これは『俺の物語』だッ! 『主人公』は、俺だッ!」



 ここで挫けるわけにはいかない。

まだスタートラインにさえ立てていない、俺の物語をここで終わらせるわけにはいかない。


 俺の気持ちが伝わったのか、委員長は驚いた顔をしたあと、諦めたようにため息をついた。



「……わかった……もう止めはしない」


「じゃ、じゃあ」


「ただし、協力もしない。僕の意思は芯太郎の意思と同じだ」



 そう言って、委員長はまたベッドへ座り込む。

スプリングがギジリと音を立てる。



――キーンコーンカーンコーン



「うわっ鳴っちまった! また授業に遅れるッ!」



 ケンバンが慌てて消毒液を片付ける。



「急げッ! 教室戻るぞッ!」


「待て、コースケ」



 ダッシュとケンバンが慌てて教室へ戻るのを後ろから追いかけようとすると、声をかけられ止められる。



「これは、僕の独り言だが……

過去にも同じような事件が特進クラスで起きている。

特進クラスには『文房具』を使ったフールズが多い……何かそれが関係しているのかもしれないな」



 委員長は、窓の外を見ながら不器用にそう告げた。



「それと……んんッ」



 そして、咳払いを一つすると、



「ダッシュに……過去の話を掘り下げたのは悪かったと、伝えてくれ……誰にだって過ちってやつはあるからな……」



 俺の周りは、なんだかんだいいやつが多いらしい。



「なんだよ、早く行けよ」


「ははっ、伝えておくよ! じゃあまたな! 委員長、ありがとう」



 こうして俺は、新しい手がかりを手に入れたのだった。





――――






「ずいぶんと頑固な弟だったなァ」



 消毒の匂いで目眩がしそうな部屋で、置いてあったメモ用紙で紙飛行機を折りながら独り言を呟く。



「本当によく飛ぶ紙飛行機は、尖っていない……芯太郎が教えてくれたんだよなァ」



 尖った性格の僕は尖った紙飛行機を折り続けた。先が鋭利で危険なやつだ。


 いつだったか……芯太郎はただの折り紙を使って角と角も合ってないような歪な紙飛行機を作って俺に見せたんだっけか。


 でもその紙飛行機は、先が尖っていない紙飛行機だった。


 勝手に「せーの」と声をかけ紙飛行機を窓から飛ばした奴の紙飛行機は、僕の尖った紙飛行機よりもよく飛んだ。



「僕は、お前らみたいな尖ってないやつが苦手だよ」



 この独り言は誰に届くでも無く、保健室の窓から先の尖っていない紙飛行機と共に空へと飛んでいった。






――――






「……コースケ、ちょっとこの後いいか」



 授業が終わり、傷が痛む腕を庇いながら荷物をまとめているとダッシュに声をかけられた。

ダッシュはすでに帰り支度を終えているようでカバンを肩にかけてこちらを見ている。



「ああ」



 直感で、『あの話』の続きだと感じた。



 以前、俺の目的を話した公園へと向かう道では一言もダッシュは口を開かなかった。


 公園へと到着すると、2人ともにベンチに腰をかける。

気まずい沈黙が流れる中、彼が口を開くのをただただ待った。



「あのさ、」



 ダッシュが重い口を開いた。



「さっきの話だが……俺の……中学の時の話だよ」



 弱々しいダッシュの声がゆっくりと語り出した。

空は夕焼けで綺麗な橙色に染まり、鳥たちが空を飛んでいる。

 静かな空間に鳥の鳴き声だけがやけに大きく聞こえた。

その中でも、ダッシュの声はとても小さく消えてしまいそうなほどに細い声だった。



「あのときの俺、金が必要だったんだ……どうしても……俺ん家スゲェ貧乏でさァ……よくある話だ……妹の行きたい学校にいかせてやりたくて……だから、金が必要だった。それで、必死だった」


「……」


「俺の能力は、足が速いって言っただろ? スゲェ弱っちい能力だが、2番手になるにはめちゃくちゃ使える能力でさ」



 語り出すダッシュの手は心なしか震えている。



「トップに必要な情報集めるにはもってこいなのよ。だからあちこち走って噂話を集めて売ったんだ……相棒だったやつの情報だって売った」



 話している間、彼とは一切目が合わない。

地面をじっと見つめ話している彼に、顔を上げる気配はない。



「でも、これだけは信じて欲しい。もう同じ過ちは繰り返さない……コースケの手伝いをしたいってその気持ちは嘘なんかじゃあないんだ……ずっと話せなくて、ごめん」


「顔をあげてくれよ、ダッシュ」



 俺に言われ、やっとダッシュは顔をあげる。



「委員長も言ってた……過去の話を持ちだして悪かったと……誰にだって過ちはある」


「……」


「お前の妹は、お前が他人を裏切った金で学校行って、幸せなのかな」


「それは……」


「俺らはまだ若い。まだ、やり直せるんだぜ」



 ダッシュの瞳に涙が溜まっていく様子が見てとれた。

その涙は今にもこぼれ落ちそうだ。



「話してくれて、ありがとう」



 そしてダッシュは、嗚咽をあげて、泣いた。







 芯くん、ごめん。

俺、芯くんの意思を無視することになる。いいや、正確には『無視している』。


 初めはたしかに芯くんの意思を継ぐつもりだったんだ。

そのためにこの学校へ入学した。


 しかし今は、協力してくれるダッシュやケンバンが側にいる。応援してくれる友だちができたんだ。


 芯くんの夢だったものが、今は俺自身の夢になっている。


 俺は、彼らと一緒にトップに立ち、事件の真相にたどり着いてみせる。


 今は敵討ちが目的じゃあない。事件の犯人にたどりつき、真相を暴く。俺と俺の仲間ならそれができる。


 芯くん、

どうか……君の意思を無視することを、弟の可愛い反抗期だと思って少しだけ許してくれ。







フールズメイトを読んでくださりありがとうございます。

少しでも多くの方に楽しんで頂ければ幸いです。よろしくお願いします。

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