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第五話 折り線に沿った紙飛行機



 わや学には絶対的なトップが存在する。それは、腕っ節が強くて、カリスマ性のある奴だ。


 わや学は言わずと知れたフールズのみが通うヤンキー校ではあるが、校内での内部抗争が起きてもすぐに片付いてしまうのは、『たった1人のトップ』という存在が大きいのだろう。


 芯くんはそのトップの座を夢見てこの学校へと通ったが、何者かのせいでその夢は絶たれてしまった。



 俺の目的は、芯くんの敵討ち。そして、わや学のトップに君臨すること。どちらも叶えてこそ、俺の人生は区切りを迎え新しい始まりが訪れるのだ。



 とてもじゃないが、俺には君臨できる様なスゴみもなければ、カリスマ性もない。能力を持っていない一般人に比べれば多少腕っ節が強いかもしれないが、喧嘩がとても強いわけではない。



 それに、この能力だって……。


 だが、諦めるわけにはいかない。



「よしッ!」



 俺は、今日もわや学の学ランに腕を通して家を出た。






――――






「コースケ。結局、事件はどうなったんだ? なんかつかめたのか?」


「うむ……なーんにも成果なしだぜ……このままじゃあ普通に過ごして普通に卒業しちまうよ……」


「最近変な事件も噂もないもんなァ」



 昼休みはだいたいこの空き教室で昼食をとるのが日課だ。

開いた窓から入る風が心地よい。


 たまに移動教室の生徒が廊下を通るが、比較的静かで落ち着く空間である。


 ……まぁ、だいたいダッシュとケンバンが揉めているのでやかましくなるのだが。



「一個気になるのがよォ」



 食べ終わった弁当箱を片付けながら、ケンバンがポツリとつぶやく。彼の弁当箱にはいつも米一粒たりとも残っていない。



「特進クラスが関係あるかもしれねぇんだろ? でも俺のクラスじゃあなんにも話題になってないぜ」


「たしかに……なんかしらあったら話題にはなるよなァ」


「もしかしてなんだけどよォ、特進クラスって言っても2年3年とかのクラスなんじゃあねぇの? だってお前の幼なじみ一個上なんだろ?」


「たしかに……そうだよなぁ。まずは2年の特進クラス調べてみるか」


「いや、待て」



 ズズっとパックのいちごオーレを飲み干したダッシュが真っ直ぐ俺を見る。

この真っ直ぐな瞳に、なんだか弱いんだよな……



「2年生の特進クラスには、『奴』がいる……関わるのはやめとけ」


「奴……?」



 ダッシュは、いつにも増して真剣な面持ちで言葉を続けた。



「学年問わず『委員長』と呼ばれる男がいるんだよ……あいつはやばい」


「ど、どうやばいんだよ……」


「いや、それは知らんけど」



 ケンバンとほぼ同時に、思わず椅子からずり落ちそうになるのを、踏ん張る。



「知らねぇなら言うなやッ!」


「いや悪ィ、悪ィ! でも、楯突いたやつは返り討ちにあうって噂だぜ?」


「そんなこと言ってたら、トップなんかに立てねぇよ」



 そうだ。返り討ちにあうかもしれない。たったそれだけのことにビビってる暇は俺にはないのだ。

ダッシュもケンバンも俺の決意が伝わったのか、小さく頷いて見せた。



ヒュッ



 その時、空気を切る様な鋭い音と共に、開いた窓からまっすぐ飛んできた『何か』がケンバンの頭にグサリと刺さった。



「なッ……に……」



 それは、何度も見たことがある。頑丈に折られた『紙飛行機』だった。



「け、ケンバンッ!」



 俺は倒れ込んだケンバンに駆け寄り、ダッシュは今まで見たこともない速さで窓から飛び出した。



「おいダッシュここ5階だぞッ!」


「コースケ、俺は、大丈夫だから……事件の手がかりが……掴めるかも、しれない」


「で、でもケンバン、出血がッ!」


「平気だねッ! お前の事件の手がかりが目の前にあるのにそれを逃すことと比べたらなんだって問題はないッ! さっさと行けッ!」



 ケンバンに強く言われ、立ち上がる。

出血量こそ多いものの、致命傷は避けれたのか意識がはっきりしているようだ。



「……後で保健室で集合だからな」


「かならず手がかり掴めよ、コースケ」

 


 俺はその場を後にした。






――――






 一階まで降り、ダッシュが降りたであろう空き教室の窓の下まで息を切らしやってきた。


 そこにはダッシュが暴れる男子生徒を4の字固めで締め上げているのが見える。


 相手の男子高校生は、特徴的なメガネをかけており、締め上げられる足に悲鳴をあげ、痛みからか脂汗をかいている。



「はなッせッ!」


「離すかよッ! 前にコースケの持ち物に変な紙飛行機入れたのもお前だなッ!」


「ハァ、ハァ……ダッシュッ!」


「コースケッ! こいつだぜ紙飛行機の野郎はッ!」



 男子生徒は暴れたくても痛みで暴れることが出来ずひたすら足を抑えている。


 俺は男子生徒を跨ぎ、腹の上にどかりと座り込んだ。下から「うぐっ」と苦しそうな声がする。


 それを見てダッシュは足にかけていた4の字固めを解除し、俺の横へ移動した。片膝をついて男子生徒の顔を覗く。



「お前だな、気味の悪い紙飛行機野郎は……目的はなんだッ! なぜケンバンを狙ったッ!」



 一年生の階では見かけたことがない男子生徒は、2年生もしくは3年生だろうか。

 声を荒げた俺を見上げて焦った様に答えを返す。



「ぐっ、狙ったわけじゃあないッ! 手元が狂ったんだ、まさか頭に刺さるだなんて想定してなかったッ」


「じゃあ何故紙飛行機を飛ばしたッ!」



 男子生徒はズレ落ちていたメガネをクイっとあげる。



「忠告だよ、忠告ッ! 俺の能力ならばそれができる」


「忠、告……?」



 次の瞬間、男子生徒がポケットから出した紙飛行機をいくつも真っ直ぐに飛ばした。


 その紙飛行機はすぐ目の前にあった木の根元へと綺麗に刺さり、木がメキメキと嫌な音を立てこちらに向かって倒れ込む。咄嗟に男子生徒の上から退き、ダッシュと共に避ける。



ドゴォォン…



 間一髪で避けることができた俺たちは、倒れ込んだ木の奥の影を見る。


 揺れた影から次々と紙飛行機が飛んできたのが見えた。


 それも、一つや二つじゃあない。数えきれないほどの紙飛行機が飛んできて、全てを避け切るのは不可能。

腕でガードしたことで、いくつかの紙飛行機が腕に刺さる。



「うぐッ……」


「ぐアッ……」



――っょぃ



「コースケ、」


「う、……何で、俺の名前、を」


「事件について調べるのはもうやめろ」


「てめーッ! なんか知ってんだなッ!」



 男子生徒は、ダッシュに絞められた左足を抑えながら立ち俺たちを見下ろした。だが、メガネが反射して表情はうかがえない。



「これは、もはや忠告じゃあない。お願いだ」


「どういう、ことだ……」


「芯太郎のことを思うなら、もう調べるのはやめてくれ」


「やっぱりてめー、芯くんのことを知っているのかッ! うッ!」



 俺は、痛む腕を押さえる。真っ赤な鮮血が冷や汗と共に流れ滴る。


 隣のダッシュは自慢の足にも刺さってしまった様で、痛みを堪え歯を食いしばっている。すぐに走ることは難しいだろう。


 目の前の男子生徒は俺たちに背を向け歩き出す。


 すぐそこに、手がかりがあるのに。掴めそうで掴めない。

 痛みで霞む視界の端で、彼が離れて行くのが見える。



――動け、動いてくれ俺の身体ッ!



 事件の犯人にたどり着くことは、無理なのか……

ただひたすら心が折れないよう歯を食いしばった。その時だった。



〜♪



 軽快な音楽がどこからとも無く流れる。


 これはケンバンの鍵盤ハーモニカとは違う。生演奏ではなく、CD音源で流れるその音楽は、少し前でいう『パラパラ』と言われるジャンルのものだ。



「な、なんだ……この曲は」



 徐々に近づく音楽が聞こえる方から、同じく学ランを着た生徒の影が見える。



「んっん〜♪ やっぱりダイスを振るときは、パラパラに限るなァ」


「あ、あんたは」


「なんだぁ? 俺のこと知ってくれてるんだな、光栄だなァ」



 ご機嫌に曲に合わせてパラパラを踊りながら近づいてくる大男は、紛れもなく先日ゲームセンターで出会ったあの男だった。

 携帯のスピーカーから流れるパラパラは、少し昔に流行った曲だ。


 大男は眼鏡の生徒に近づくと、にっこりと笑いかけた。



「大きな音が聞こえたもんで、来てみれば……ずいぶん派手なことしてんだなァ……困るぜぇ、俺の庭でこんなことされちゃあ……なぁ?」


「ぱ、パラダイス……」


「パラダイスだってッ……そんなまさかッ」



 その名を聞いて、隣にいたダッシュが怯えた様に驚く。

そんなに有名なやつだったのだろうか。



「誰だよダッシュの知り合いか?」


「馬鹿かコースケッ! 『わや学のトップ』だよッ!」



――こいつがわや学のトップ……!

パラダイスと呼ばれた男は、右手の指を軽く鳴らした。



――パチンッ、ボンッ

「く、くそおおおおおおおッッ!」



 指が鳴る音とほぼ同時に、小さな爆発音がし、眼鏡の生徒は額を押さえうずくまる。



「う、ぐ……て、てめぇ……」



 今の衝撃の影響だろうか、眼鏡にはヒビが入っている様に見える。



「まぁ、わや学の掟なんで……悪いな、そこで反省してくれや」


「噂は本当だったんか……」



 パラダイスは、うずくまる生徒に目を向けることなく言葉を発すると、俺たちの方へとゆっくりと近づく。


 ダッシュが何か呟いたが、それを聞き返すほどの余裕もない。



「ん? 君、この前100円貸してくれた子じゃあないの」


「この前のクマの……」


「この前の優しさに免じて今日は見逃すけどさァ」



 のらりくらりと、マイペースな話し方をするパラダイスは俺の顔を見るや否や、人懐っこい笑顔を見せた。


 しかし、その後放たれた冷たく刃物の様に鋭い威圧的な空気に俺は息を呑んだ。

 この空気とは裏腹に、軽快な音楽はなり続けている。その光景が異様に不気味だ。



――少しでも動けば、やられる。


 そう確信した。




「次、わや学で揉め事起こしたら、許さねぇからね」



ヒュッ



 喉が閉まる音がした。放たれた低い声に肌がぴりぴりとする緊張感を感じる。

 今にも狩られそうで居た堪れない。早くここから逃げ出したい。


 額から滴り落ちる汗が瞳の中へと吸い込まれ染みる。だが、瞬きすらすることができない。


 俺もダッシュも、それからパラダイスが完全に去るまで、一歩たりとも動けなかった。

 

 これがトップの実力……今の俺たちじゃあ到底叶わない……

 

 なんだか、やけにあの音楽が頭に残って離れなかった。






――――






ズザッ


 パラダイスが去ってから重たい空気から解放され、俺とダッシュはほぼ同時に倒れ込む。


大きく空気を吸い込み呼吸をする。


 腕に刺さった紙飛行機を抜き取り、大の字になり空を仰いだ。


 ふと眼鏡の生徒へ目を向けると、同じように倒れ込んで動けない様子だ。額を押さえる手の隙間から出血が見られ、先程の大男の能力によるものなのだろうと察した。


 呼吸を整えた後、口を開いたのはダッシュだった。



「あんた、委員長……だな」



 ダッシュは身体を起こし、自身の足に刺さっていた紙飛行機を抜き取ると、それを『委員長』と呼ばれた生徒へと投げて見せた。


 しかし、その紙飛行機は綺麗に飛ぶことはなく、ボトリ…と紙飛行機ならぬ重みのある音を立ててすぐに落ちてしまった。



「これだけ重たい紙飛行機、あれだけ自由自在に飛ばすことができたのは能力によるものだな? 噂を聞いたことがある。2年の委員長と呼ばれる男の能力は()を使うものだとな」


「……ふん、随分と噂話に敏感なんだな。まぁ、そうだよな」



 委員長は、ヒビの入ったメガネを外し、ハンカチで汚れを拭き取りながら冷静に話す。



「お前は『原付のダッシュ』だな……コースケに余計な噂話吹き込みやがって……お前のせいで手間が増えたんだ」


「原付のダッシュ……?」


「お前の隣にいる、走屋迅の異名だよ……足の速さなら人一倍。噂話ならなんだって耳に入れることができる……中学ではその能力を使って番長の右腕勤めてたよなァ、そうだなァ……ダッシュ」


「ダッシュ、お前そんなに凄いやつだったのか…?」


「噂話を売って、金儲けもしてたよな……金のためなら仲間も売るような守銭奴」


「やめろッ!」



 ペラペラと話し出す委員長に、ダッシュは声を荒げる。



「……過去の話だ、もう仲間を売ったりなんかしない」


「それはどうかな……コースケ、なんか思い当たる節あるんじゃあないか? 例えば……『やたら能力について質問される』とか……お前もそのうち売られるぞ」


「コースケ違うッ! 俺はお前を売ったりなんかしねぇ!」



 かなり動揺しているダッシュだが、委員長はその様子を見て余裕そうに笑う。


 ダッシュの話には正直驚いた。まさかそこまでキレるやつだったなんて思わなかったし、ダッシュだって俺に過去の話はしなかった。

 ダッシュの隠されていた過去に裏切られた様な気分に一瞬だけ陥ったが、俺はしっかりと前を向いた。



「今は、ダッシュの話が聞きたいんじゃあねぇ、あんたの話が聞きたいんだ」



 俺は、委員長にそう告げた後、ダッシュの方を向き直る。

そこにあるのはいつものダッシュの真っ直ぐな瞳では無く、戸惑い動揺した瞳だ。



「友だちの話は、友だちの口から聞く。その言葉だけを信じる」



 ダッシュの瞳が揺れ動いたのが見てとれた。

そして、俺は委員長に向き直り、改めて彼から話を聞く体制を取る。



「さァ、まずはあんたと芯くんの関係について、だ」



 委員長は観念したように頷き、ゆっくりと立ち上がった。



「場所をうつそう……怪我の処置を終えてから……話はそれからだ」








フールズメイトを読んでくださりありがとうございます。

少しでも多くの方に楽しんで頂ければ幸いです。よろしくお願いします。

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