第四話 友だち
『本当にここのトップなんかに立つつもりかよ』
『あ? そうに決まってんだろ』
『でも芯太郎、お前の能力じゃ、』
『お前も俺を愚者だと笑うか?』
『いや、そうじゃあないけど…』
『お前の夢も背負って、立ってやるよ!このわや学のトップに!』
真っ直ぐで、今にも引き込まれそうなその瞳に嘘はない。
誰もが彼のその瞳に夢を見た。
――クラスメイトの、喪武山 芯太郎のあの瞳に…
――――
梅雨明けこそまだだが、地球温暖化のせいなのか暑くなるのが早い。昼間は学ランの袖を捲ることが増えた気がする。
ケンバンと友だちになって、1ヶ月が経った。彼が事件について何か知っているかどうかだが……残念ながら、答えはNOであった。
『はァ? わや学の事件……? 俺だってお前らと同じ一年生……入学したのだってお前らと同じ日さ。そんな俺が何か知ってると思うかァ? 本当に馬鹿だよなァ、コースケは』
彼は何も知らないどころか、特進クラスに友だちだっていない。残念ながら、彼から繋がる有益な情報は一つとして存在しなかった。
わかったことと言えば、ケンバンはとても嫌味な野郎だってことと、彼は湿気で髪の毛がえらく広がると言うことだけだった。
――――
「コースケ、ケンバン! お前ら今日放課後暇か?」
昼休み。
いつもの通り、ダッシュとケンバンと空き教室で昼食をとっていた時だった。
本人曰く大好物の残しておいたからあげを、一口で頬張りながらダッシュは目を輝かせて言った。
「オイ、口の中にものが入ってる時に喋るなよ! 行儀が悪いな……それに脚だって毎日言ってるぞッ! 食事中に脚を組むなよッ! ダメだって教わらなかったのかッ!」
「おいおい……ケンバンこそ、食事中に怒るなよ。飯が不味くなるだろ」
「へへへ、オギョーギに厳しい石頭な真面目ちゃん達だからこそ誘うんだがよォ」
ケンバンに注意され、口の中の唐揚げを飲み込みダッシュは組んでいた足を床につけた。
「ゲーセン、行こうぜ」
「はァ〜〜? ゲーセンンン〜?」
そんな改って誘う様な場所だっただろうか、ゲームセンターという場所は。
大袈裟に驚くケンバンは、実はとてもノリのいい奴なんじゃないかと思う。
「そう! ゲーセン! 中学の時に、ゲーセンでカツアゲされてから行けてねェんだよなァ……放課後、友だちとフーズファイターで遊ぶの夢だったんだよ……なァ行こうぜ〜」
「俺はごめんだぜ……あんな治安の悪い場所行って何か揉め事でもあったら、俺の成績に響くだろォが。お前らみたいな馬鹿と違って大変なんだよ俺は……」
ケンバンは、興味がありませんといった顔をして自身の弁当に向き合う。
彼の弁当はいつも彩りがよく綺麗だ。毎朝自分で作っていると言っていたが、それはそれは、まるで彼の汚い心と反比例している様に美しい物である。
「女子との出会いもあ・る・か・も♡ なのにィ〜残念だなァ、コースケお前は行くよなァ」
「ま、まぁ……ありっちゃありかも」
「んんッ、コースケも行くんじゃあ仕方ないよな、俺も行くッ! 全く、俺がついてないと危なっかしいからなァ! 言っとくが、女子との出会いは関係ないぜ」
全くもって現金な奴だ。
俺は購買で購入してきた牛乳の残りを一気に飲んだ。
――――
放課後になり、ケンバンのいる1組へと向かおうと鞄を持ち上げる。
ぎゅるるるる……
(うっ……やばい)
昼間の牛乳一気飲みが今更、腹痛へと変化して降りてきた様だ。俺の胃腸は乳製品に限りなく、弱い。
「わりぃダッシュ! 先行っててくれ!」
「えっ、俺も行く!」
「腹が痛えんだよ、察せッ! 流石についてくんなよなッ!」
俺は腹を押さえて、ダッシュに声をかけてトイレへと駆け込んだ。
――――
「(なんとか間に合った……腹が痛いとどうしてこんな脂汗がでるんかねぇ)」
あまりの激痛に手を組み祈る様に便器へと腰掛けていた俺は、用を済ませ手を洗う。
ポトッ
「あ?なんだこれ……また、紙飛行機……」
開いた窓から飛んできた紙飛行機に目をやる。ハンカチなんか持ち歩いていない俺は、濡れた指先でそれを摘んで拾い上げた。
(なんの紙だ? これ……濡れた手で触っても滲むどころか水を弾くぞ)
恐る恐る紙飛行機の中を開く。
『モブヤマシンタロウ ハ アキラメロ』
――喪武山芯太郎は、諦めろ……?
事件のことを諦めろと言っているのか。
「(どこのどいつだよ、こんな気味悪いことをするやつは……直接言いに来いよ)」
むしゃくしゃしてぐしゃりと紙飛行機を握りつぶそうと力を込める。
しかし、紙飛行機は潰れるどころか、形が変わる気配がない。
むしろ……
「いってェッ!」
きっちりと折られた紙飛行機の先端はとても鋭利になっており、俺の手に容易く刺さってしまった。
どれだけ頑丈な紙飛行機なんだ。
俺は、どうすることもできない紙飛行機を鞄の奥へと押し込んだ。
――――
「なァ、本当にそれ大丈夫なの? なんか結構血がでてるけど」
「あぁ、大丈夫だよ。扉の釘がでてるところがあってよォ」
「危ねぇなァ……ゲームできるんかァそれで」
「まぁ、コンビニで買った絆創膏貼ったしそのうち出血も収まるだろ」
紙飛行機が刺さった手のひらを二人に心配されながら、ゲームセンターへと向かう。怪我の理由についてはうまく誤魔化せただろうか。
怪我を心配してくれるところから、こいつらはなんだかんだいい奴だってことがわかる。
「コースケお前の能力、治癒系とか?」
「ん? いや? 違うが」
「……ふぅん、なかなか能力のしっぽ掴ませねぇやつだなぁ。厨二病かぁ?」
「ちげーよ、単純にまじになんも役にたたねぇ能力なの」
ダッシュはやたら人の能力が気になるようだ。
そういえば、彼は他クラスの生徒の噂に敏感で常にアンテナを張っているように見える。
わや学フールズの能力大百科でも作りたいのか?こいつは
「おおッ! ついたついた! 念願の友だちとのゲームセンターだッ!」
「な、なんか音がガチャガチャしてる……」
「ケンバンお前もしかして初めて来たの? 全くお前は世間知らずなお嬢様だなあ」
新鮮な反応にダッシュがケンバンを小馬鹿にして笑った。
たしかに、ケンバンは周りの人間に比べ少し『世間知らず』な面がある。勉強ばかりで、遊びに関しては専門外だったのだろう。
「い、いいだろ別に……来たことなくても生きていけんだからよォ! 変なとこ馬鹿にすんなよ馬鹿のくせに…」
「おッ! フーズファイターだッ! これこれ! これやろうぜッ!」
「ケンバンの精一杯の嫌味、大馬鹿には届いてねェぞ」
ダッシュは目的のフーズファイターという格闘ゲームへと一目散に駆け寄る。
その後ろから俺とケンバンはのんびりと近づいていく。
「これ対戦ゲームだろ、3人だから順番こにしか出来ねぇよ」
「いや、俺は付き添いできただけだからやらねぇよ」
「ケンバンちゃん、俺に負けるのが怖いんだろォ〜! へへっ、わかるぜその気持ち
負けがわかってる勝負ほど憂鬱なもんはないもんなァ」
「あ? 誰が負けるって? やってやるよッ! やったことこそないが、感覚の違いってのを見せてやるッ!」
ダッシュに乗せられたケンバンが、向かい側の席へとどかりと座る。
「俺、クレーンゲーム見てくるわ」
「おう! すぐ終わらせてやるよッ! そしたら次の獲物はコースケだかんなっ!」
「瞬殺されるのはダッシュだがなァ!」
二人のやりとりを見て、なんだか長引きそうだなと思いクレーンゲームコーナーへと向かった。
場所を移動してもなお、2人の声が聞こえる。相当盛り上がっている様だ。
その声からだんだん離れ、キャラクターのぬいぐるみやフィギュア、お菓子の詰め合わせやタオルなどさまざまなものが並んでいるクレーンゲームを一つ一つ見ていく。
「あぁっ……」
しばらく見ていると、一つのクレーンゲームにへばりつく男子生徒を見つけた。
自分と同じ学ランに身を包んでいるが、随分と身長がある。先輩だろうか。
その男は、あと少しというところでアームから落ちてゲットできなかったクマのぬいぐるみを悲しそうに見つめている。
「俺の最後の100円……」
デカい学ラン姿の男が、クマのぬいぐるみを取ろうとしているその異様な光景を見つめていると、男がこちらを振り返った。
やべ、目があった……
「おい、そこの君」
「お、俺ェ……?」
振り返った男はズカズカと俺の方へと詰め寄ってきた。
で、でかい。そして厳つい。
「100円貸して」
「えっ」
「100円だけ! お願い! 今度返すから!」
凄い勢いで両手を重ねて頭を下げる男を見て、俺は顔が引き攣るのを感じた。
見るからに同い年には見えない厳つい男が、俺に頭を下げて100円をねだってきたからだ。
「あのクマちゃんがもうすぐで取れそうなんだよォ〜! 次で取れるッ! 確実だッ! なのにもう金がないッ!バイト代は泡の如く消えたッ!
あの子、最後の一個なんだよ! 明日来たら絶対もう無いッ! 二度とあのクマちゃんには出会えないんだよォ〜!」
「う、100円だけなら……」
男のとてつもない勢いに負け、100円玉を財布から取り出して渡す。
「ありがとう! ありがとう! ありがたく頂戴するぜッ! ……って、アアッ!」
男が俺から100円玉を受け取り、クレーンゲームの方を見ると、そこにあったクマはもうそこには居ない。そのかわりにクレーンゲームの前にいる少女が嬉しそうにくまを抱きしめている。
……目を離した隙に、取られてる。
すると、男は少女の方へと歩いていく。おいおい、何をするって言うんだ……?
「お嬢ちゃん、そのクマちゃんにはな、三万円の価値があるんだ……大事にしてくれや」
「え? う、うん……」
男は、少し屈んで少女の目線に合わせると、優しいような寂しい様な表情でそう言った。
見ず知らずのデカい男に声をかけられ、当たり前にも少女は不審そうに顔を顰めそそくさと去っていった。
……三万円って、そんなにつぎ込んでたのか。
「よ、よかった……子ども相手に文句でも言うのかと思って焦ったぜ」
「あ? 文句なんて言うわけねぇだろ、あのクマちゃんはなァ、あの子に出会うために……俺に取られることを拒んでたんだよ……運命ってやつさ。この100円は返すよ、ありがとな見ず知らずの少年よ」
厳ついわりに、ずいぶんと脳内はファンシーな男の様だ。
俺は返された100円を受け取って財布へと戻した。
「い、いや……ずいぶんクマに熱心なんだな」
「いや別にクマが好きなわけじゃあねぇけどよ。ダチが好きなシリーズなんだよ、あのクマちゃん」
『ダチ』と言った彼の表情は角度によってしっかりと見ることができないが、なんだか寂しそうな声に聞こえた。
喧嘩でもしてしまったのだろうか。
「おーい! コースケ! 終わったぞッ! やっぱり俺が強かったッ! 3回やって3回とも俺の勝ちだッ!」
「くそッ、俺だって練習さえすれば……」
声の聞こえる方を振り返ると、ダッシュとケンバンがこちらへと向かってくるのが見える。
「君のダチか? あいつら」
「ん? あぁ、うん そうだよ」
「大事にしろよ、ダチがずっとそばにいるっていう保証なんてどこにもないんだから」
そう言って男は、俺たちに背を向けて去っていった。
やはり、なんだか寂しそうな顔をしていたように見えたが……
「今、誰かと話してたよな、知り合いか?」
「いや、なんか……ようわからん男とクレーンゲームについて話していた」
「ふぅーん……それはそうと、次はコースケお前が相手だぜッ!」
――ダチがずっとそばにいる保証なんてない、か……
「いいけどよ、その前にプリクラってやつ取りに行こうぜ記念に!」
「エッ! あれって女子がやるやつだろォ〜?」
「いいじゃあねぇの! 一回ぐらい!」
記念に撮ったプリクラには、気持ち悪いほど小顔で目が大きく映った俺たちの笑顔が映っていた。
フールズメイトを読んでくださりありがとうございます。
少しでも多くの方に楽しんで頂ければ幸いです。よろしくお願いします。