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第6話♀ 存在した愛のキューピッド

 遠心分離機にかけたエッペンドルフチューブを天井の蛍光灯にかざし、沈殿ちょっとしかないじゃん、とぼやいていると、視界の外でふじーが実験室に入ってくるのが見えた。

「おかえり、遅かったじゃん。なんか分かった?」

「んーとりあえずGFPつなげるという案でボスとディスカッションしてくるよ」

 ピペットで沈殿を吸い上げないように慎重に液体を取り除いて、もう一度70%エタノールを加え、遠心分離機にかける。ふとふじーを見ると、ノートに実験スケジュールを書きながらも、浮かない顔をしている。

「どしたの?退屈な顔してる」

「……図書館の並木道でちぃを会ったんだ」

「それで?」

「カレシとご飯食べてた」

 フフン、そういうことか。

 ちぃにカレシがいるのは歓迎会のときに聞いていた。ふじーがちぃのことを狙っていたのは見え見えだったから、そのうち言っといたほうがいいかなとは思っていたけれど、とうとう見ちゃったか。

「しかもイケメンだった。なんだよありゃ」

 私も1回だけ見たことあるけれど、確かになかりのイケメンだ。他のラボにいるちぃの同期の話では、ちぃはなかなかの面食いらしい。もともとふじーには勝ち目なかったってことなんだよ。

 ま、私もべーさんに対して勝ち目なかったわけなんだけど。

「ゆっきーは知ってた?ちぃにカレシいるの」

「うん、少し前に聞いてた」

「知ってたのかよ」

 ふじーはがっくりとうなだれた。あらら、相当ショックだったみたい。

「知ってて黙ってたのかよ」

「いやー、そのうちそれとなく言おうかなーと思ってたんだけど」

「なんだよそれ。僕はちゃんと教えてやったのに」

「は?何を」

「べーさんのこと。彼女がいるってこと教えてやったのに」

 やっぱりそうか。べーさんに彼女がいるって教えてもらったあの日の夜。あれは世間話じゃなくて、私がべーさんのことを好きなのを知ってて、わざと言ったんだ。

「だから何?それでべーさんのことあきらめて、ふじーのこと好きになれってこと?バカじゃないの?」

「バカってなんだよ。僕なりに気を遣って教えてやったのに」

 そう言えば寝癖のこともいっしょに言われて笑わせてくれたっけ。……あれも、もしかしてわざと?

「……ねぇ、ひとつ真剣に聞きたいことがあるんだけど」

 私は声のトーンを落として??研究結果をディスカッションするくらいの慎重さで??ふじーに聞いた。

「なに?」

「私のこと、どう思ってるの?」

 なにも昼間っから、しかも実験室というムードの欠片もない場所で聞くようなことじゃないのは承知しているけれど、これだけは聞いておかないと気が済まない。

「どうって……嫌いじゃないけど、特別こう……っていう風にも。ただ……」

「ただ?」

「わかんないけど、僕のCUPID遺伝子がそうさせるんだよ」

 CUPID遺伝子、か……遺伝子のせいにして、ふじー自身はどう思っているのか知りたいのに。

「バカじゃないの? 遺伝子のせいにして」

「ああ、僕もバカだと思う」

 遠心分離機のタイマーが鳴った。ふじーもそれに反応したかのように、ノートを持って実験室から出ていった。



 夕方。べーさんに使ったことのない機器の操作方法を教えてもらったお礼に、二人で実験動物であるゼブラフィッシュの餌やりをしていた。

「一人で餌やりやってると退屈だよね。そのうちラジカセでも置こうかな」

「あ、いいですね。べーさんってどんな音楽聞くんですか?」

「んー、特にこれってのはないなぁ。ラジオでながら聞きするくらいだし」

 うーん、ここでYUIって言ってくれたらまだ諦めないでいようかなと思っていたのに。

 仕方ない、あの話を切り出して、直接確認するか。

「そう言えば、べーさんって彼女いるんですか」

 ああいるよ、とほぼ即答で返ってきた。

「学部の4年までここの大学でいっしょだったんだけど、彼女は別の大学院行っちゃってね。まぁでも同じ発生学やってるし、学会でちょくちょく会うから、ほどよい遠距離恋愛かな」

「ふーん……この前の学会でも会ったんですか?」

「うん。向こうも論文が出来上がる直前みたいで忙しそうだったけど、がんばってるみたい」

「いっしょに住もうとかは?」

 ハハハ、とべーさんは珍しく大声で笑って答えた。

「どうなんだろうね。お互い院を出てお金もらえるようになったら、ていう話はあるけどね。まぁ日々データを出そうとアレコレするのが精一杯かな、今は」

「へぇ。『現実は日々トラブッて』ってヤツですね」

「ああ、そんなところだな」

 ダメだ。やっぱり反応なしか。

「どうかした?」

「あ、いえ……べーさんは『Rolling star』って曲知らないですか?」

「あー、さっきも言ったけど、あんまり音楽知らないんだよね……洋楽は特に?」

「洋楽?」

「いなかったっけ? 『ローリング・ストーンズ』って」

「いや、いますけど……」

 『現実は日々トラブッて』というのは、YUIの最高ロック曲『Rolling star』に出てくる歌詞なんですけど……ふじーなら一発で反応するのにな。



 家に帰ってシャワーを浴びた後、ケータイを見るとふじーからの着信履歴があった。

 ……なんだろう?ゼブラフィッシュのエサ当番代わってとかかなぁ。かけてみるとコール3回で出た。

「なに?エサ当番交代とか?」

 そうじゃないよ、とふじーの声が返ってきた。

「その、昼間はゴメン。ちょっと八つ当たりしてた」

 そんなことか。別に気にしてないよ。私にも少し非があったし。

「なぁ、僕がちぃのこと気にしてるってけっこう見え見えだった?」

「うん、もうバレバレ」

「ハハ、そっか……そこまでいくと逆に言いづらかった? ちぃにカレシいるの?」

「うん、なんだかふじーのささやかな幸せ奪っちゃいそうで」

「ささやかって何だよ。こっちは真剣だったのに」

 ふじーは笑いながら答えていた。フフン、少なくとも失恋のショックからは立ち直ってるみたい。

「あ、逆に聞くけど……私がべーさんのこと好きなのも、バレバレだったり?」

「うん、見ててすぐに分かった。分かりやすいし」

 ハハ、そっか……それなのによく教えてくれたよ。感謝するよ。

「お互い、フラれちゃったってわけだね」

「そう、なるね……」

 結局、全部CUPID遺伝子の相性の通りになっている。昼間ふじーが「遺伝子がそうさせる」なんてバカなことを言っていたけれど、ここまでくると本当にCUPID遺伝子がそうさせているのかもしれない。

 ……ここはひとつ、これを踏み台にしてみるか。少し前はべーさんにやろうとしていたことなんだけど。

「ねぇふじー、今週の日曜だけど時間ある?」

「ん? それはどういう……」

「もう6月になって夏服が欲しいんだけど、私お店とかよく知らないんだよね。付き合ってよ」

「あー、そういう時間ね」

 ふじーも悪くはなさそうな雰囲気だった。えーっとね、とスケジュールを確認するような合間のあと、昼からなら、という返事がきた。

「いいよ、それで。じゃあデートプラン、よろしくね」

 ケータイを切ると、私はベッドの上で大の字になった。昔から嬉しくなったときにする家でやってしまう癖だ。いろいろ紆余曲折があったけど、結局最後はCUPID遺伝子がうまくやってくれたじゃないか。ありがとう、私の愛のキューピッド様!

 そうだ、このことは一応、CUPID遺伝子のプライマーをくれたK大の友達にも報告しておかないと。この前くれたメールには、今忙しいから落ち着いたらいろいろ教えるね、とだけ書いてあった。フフン、貴重なヒトでのデータを提供してあげるから、感謝してね。

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