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第5話♂ It's (un)happy line

 僕がゼブラフィッシュの朝の餌やりに水槽部屋に入ると、ゆっきーがゼブラフィッシュのオスとメスを混ぜているところだった。

「あ、おはよー」

「おう、おはよー」

「今から産ませるところ?」

「そう。昨日、数が少なくてさぁ……ゼブラってホントきまぐれだよねー」

 ゼブラフィッシュに好きなときに卵を産ませたい時には、あらかじめオスをメスをわけて水槽に入れておく。そして当日、オスとメスを隔てている仕切りを外すとオスはメスを追いかけながら精子を撒き、メスは卵を産んで受精卵が大量に確保できる。仕切りを外してから20分もすれば、実験で使うには十分な量の卵が産まれている。

 ゆっきーは水槽を眺めてながらつぶやいた。

「ゼブラって気楽だよねーオスとメスが出会えれば即OKだもんねー」

 おいおい、朝からずいぶん直球な話だな。ゆっきーが水槽を覗きながらぼやいでいる。

「人間とか、なんで恋愛なんていうメンドクサイ時間作っちゃったんだろうね?」

「メンドクサイ?」

「んーメンドクサイというか、いや楽しいんだけど、逆に辛かったりもするじゃん。生物として、なんでそんな非効率的なことしてるのかなーって」

 これは女の子というよりも、研究者としての話だな。だったら研究者として答えるか。

「さぁ。そのためのCUPIDの研究があるんじゃないの」

「あ、そりゃそーだ」

「今日べーさんが戻ってきたら聞いてみようよ、発表どうだったか」

 べーさんは今日、学会から帰ってくる予定だ。CUPID遺伝子を発見したグループの発表もあるらしく、ついでに聴いてくるよと言っていた。

「ふじーはCUPID遺伝子のこと、どう思う?」

「どうって?」

 CUPID遺伝子によれば、僕とゆっきーは結ばれる運命ってやつか。確かにここ最近、ゆっきーとはかなり親しくはなったが、わるいが僕はまだちぃのことは諦めていない。運命ではない、人生は自分の力で切り開くものだ。

「ゲームなんだろ、どーせ」

「まぁ、そうなんだけどね」

 ああそうか、ゆっきーはべーさんとの線は消えちゃったんだもんな。昨日の夜、それとなく自然に言ってはみたんだけれど、ショックを受けていたのが目に見えてわかった。だから寝癖のこととかで少し気を紛らわしてはみたんだが。

 ゆっきーは時計を見ると、すくい網を手に取った。サカナを別の容器に移し、卵を回収するためだ。サカナをすくいながらゆっきーはつぶやいていた。

「さぁさぁ集団デートは終わりですよー」

 朝っぱらからなんて言葉だよ……まぁそういうサバサバした性格、嫌いじゃないけど。



 人混みってやっぱ苦手だー、とぼやきながらべーさんは昼前に研究室に戻ってきた。

「どうでした学会?」

「おもしろいのはいくつかあったよ。あと、昔ボスが共同研究してた人からサンプル送ってもらえることになったから、それ使った実験だな」

 来週のセミナーでまとめて教えるよ、とべーさんは付け加えた。

「そういえば、CUPIDはどうでした?」

「ああ、あれね……」

 べーさんはきまりの悪そうな顔つきをしながら答えた。

「いや、聴こうと思ってたんだけど、他の聴きたいのと重なっちゃってね、聴けなかった」

「そうですか」

「あ、友達が聴いてたからちょっと意見聞いてみたんだけどね……」

「それで、どんな感じでした?」

「んー、それがだね……」

 べーさんはどう切り出していいものか迷ったような表情で、逆質問してきた。

「お前はどう思う?CUPID遺伝子が恋愛対象を決めているという考え」

 朝、似たようなことをゆっきーにも聞かれたなあ。ちぃも含めたこの4人ではあくまでゲームだが、当の研究者は真剣に解析しているはずだ。

「論文読みましたけど、一致率が受精から発生の成功に関わって、その一致率を計るために恋愛という時間を作ってる、という考えですよね」

 CUPID遺伝子の一致率を比較したあの日の後、僕は時間を見つけて論文を読んでいた。

「考え方はそう。だけど、ただ主張するだけなら誰にでもできる。それを理論にするにはデータが必要だ」

「まぁ、それはそうですけれど」

「で、友達とも話になったんだけど……」

 そのとき、べーさんのケータイがなった。うわーボスからだよ、と嫌な顔をしながら電話に出た。どうやら新しい実験の指示が来ているようだ。

 電話が終わると、今の話はまた今度な、といって部屋から出ていってしまった。



 それから、特に何事もなく2週間が過ぎ、6月に入っていた。

 ある日の午後の2時過ぎ。僕は昼食を食べずに図書館で調べ物をしていた。どうにも実験が上手くいかず、違う手法が何かないか調べていた。明日にはボスとディスカッションがあるから、何かしらの道筋を立てておかないと報告のときに怒られてしまう。

 とりあえずの目処がたったところで、生協へ昼ご飯を買いにいくことにした。図書館から生協へは大学自慢の並木道を通ることになり、ベンチも多く置かれていて程よい憩いの場となっている。

 並木道を半分くらい進んだところで、見慣れた人がベンチに座っているのを見つけた。あれは……ちぃだ。ん?隣にイケメンが座ってるぞ。しかもちぃは手作りっぽいお弁当を広げている!?

 向こうも僕に気付いただろうか、ちぃが手を大きく振ってきた。僕は対照的に手を小さく振り、隣に座っているイケメンに軽く会釈して通り過ぎた。少ししてから後ろの2人をちらりと見ると、イケメンは片手に菓子パンを持ちながら、ちぃのお弁当からなにかをおかずを手づかみにして食べていた。

 ……彼氏か。だろうなぁ。午後の昼下がり、ベンチで食事なんてベタ過ぎて笑ってしまうような風景。あの2人もCUPID遺伝子の一致率は高いのかなぁ、と理系的に考えていた。


 生協に着いて、最初はパンを食べようかと思っていたが、さっきのイケメンを思い出しておにぎりにすることにした。生協のスピーカーからはラジオが流れている。

「明日が見えない不安の中でも笑っていこうという前向きな曲です……YUIで『It's happy line』」

 YUIの芯のある声が響いてくる。なにがハッピーラインだよ。実験も片思いも撃沈しているというのに。アンハッピーラインじゃないか。

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