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第4話♀ CHERRY

 衝撃の結果から2週間……いつもの実験付けの日々が続いていた。

 変わらないのは日々の実験、べーさんの私に対する態度、ちぃの陽気な雰囲気。

 変わったのは、ふじーへの接し方。なんだろう、ずいぶん距離が縮んだ感じるようになった。

 遺伝子で恋愛の相手が決まるなんて、バカバカしいと私は思う。私たちはゼブラフィッシュという小型魚類を使って遺伝子の研究をしていて、当然遺伝子が重要だというのは承知している。ただそれは体の基本構造を作る上で必須という意味であって、表面の模様だとか性格だとかは周囲の環境で影響されるのはよく分かっている。実際、体表の模様を物理学的にアプローチしている研究もある。もちろんある程度は遺伝子が影響している、けれどもそれ以上に環境の影響が強いわけであって、ましてや恋愛の相手が遺伝子で決められるなんて、そんなバカな話はないと思う。

 ……ないと思うのだが、やっぱりああやって数値で出てしまうと受け止めてしまうのが理系の情けないところだ。しかもべーさんとの相性が低いだけではない。今まで気にかけたこともなかったふじーとの相性が抜群だった。

 別にふじーのことは嫌いというわけではない。ただ恋愛対象かというと少し違う。私は今年の4月に他の大学から今の研究室にやってきて、同じ修士1年として、日々げんなりする研究室日々を過ごす仲間ーー戦友みたいなものだと感じていた。それに、多分ふじーはちぃのことが好きだ。ただちぃはなぁ……そのうち「あのこと」をそれとなく言わないといけないかなぁ。



 その日は、5月にしてはひんやりとした日だった。

 ボスとべーさんは学会で出張。夜になって私はべーさんにメールを送っていると、ふじーが部屋に入ってきた。

「べーさんにメール?」

「そう、春の冷たい夜風にあずけてね」

「あー『CHE.R.RY』ね」

 ふじーとは本当にYUIの話がよく合う。それがきっかけでずいぶん距離が縮んだような気がするんだけれど。

「ボスのお供だからべーさんも大変だよねー」

「でも今回も会えるっぽいから楽しみにしてたよ」

 え、なに、会えるって? べーさん、誰と会うの?

「あれ、ゆっきー知らなかった? べーさん遠距離恋愛してるの?」

 そー、なの?

「学部の4年までは同じうちの大学で付き合ってたんだけど、彼女のほうが違うところの大学院に行っちゃって、それで遠距離してるんだって。でも研究分野が近いから、学会とかでけっこう会ってるらしいよ」

「へー、そーなんだ……」

 そんなに興味ないよ、な雰囲気で答えてはみたけれど、内心ショックだった。久々に片思いのまま、何もできずに負けた気分。

 やばい、このまま落ち込んでしまいそう。そんな情けない姿、こんなところで見せられない。今日はもうさっさと帰ってしまいたかったが、ふじーが引き止めようと話を続ける。

「そういえばベーさん、CUPIDの発表も聴いてくるって言ってたよ」

「CUPIDの?」

 思えば、CUPID遺伝子で恋愛の相性を計ろうとしたあのときから、いろいろ変わってきた。べーさんとの相性は低いし、ふじーとは逆に抜群。で、実際そんな感じになってきている。

 ……本当にCUPID遺伝子が、恋愛対象すらも決めているのだろうか?私とべーさんは、よほどのことがない限り、たぶん上手くいかない気がする、悔しいけれど。そしてそれはふじーとちぃについても、だ。ふじーはたぶんまだ知らないだろうけど。

 それでいて、私とふじーはなんとなく気が合うような雰囲気がしてきた。

「でもCUPIDの発表聴いてどうするの?私たちの分野とは関係ないじゃん」

「そうなんだけど、べーさんは『ちょっと気になるから』って」

「ふーん……」

 なんか、今はCUPIDの話して欲しくないんだよねぇ。どんどん深い悲しみに落ちてくようで。

 今日はもう帰ろう。データ整理は明日の朝早めにきてやればいい。さっさとパソコンをシャットダウン。電源が切れるまでの間がもどかしい。イライラしているときにふじーが突然変なことを言ってきた。

「今日のゆっきーてさぁ、竹内結子に似てるよね」

「はい?」

 何言い出すんだこの人。

「いや、この前『不機嫌なジーン』の話してからさ、レンタルしてまた見てるんだよ」

「レンタル?……どこの?」

「どこって、あそこの、ボウリング場の隣のところ」

 私がいつも行っているところだ。私も一昨日くらいに急に見たくなって行ったら全巻貸し出し中だった。そうか、ふじーだったのか。

「で、どこが似てるの?美人なとこ?」

 私はちょっと首を傾けてかわいくっぽく繕ってみた。

「いや……寝癖がついたまま髪結んでるあたりが」

 ……ショック。

「え、ウソ!? なにちょっと知ってて1日中黙ってたの!?」

「いやー、なんか見てておもしろかったから」

 ふじーは悪気ない笑顔で答えていた。こいつ、本当に今日1日楽しかったんだろうなぁ。ふじーは納得いくまで笑い終わった後、一転して落ち着いた声でつぶやいていた。

「ま、寝癖もべーさんのことも気にすることないさ」

 なぐさめているつもり、なのだろうか。ふじーは論文を読み始めていて、正面から顔を見ることができない。

「……ありがと。じゃあお先に」

「おつかれさまー」



 外に出ると、ひんやりとした風が頬に当たっていた。

 ……この冷たい夜風にあずけたメールは、べーさんに届いたのかもしれないけれど、私の心はどうだろう?入る隙間はないのかな?

 ふじーは、同期?戦友?友達?恋人?いや、少なくとも最後は今は違うか。今は、か……

 私は自転車に乗って、イヤホンを耳につけて音楽プレーヤーのスイッチを入れた。YUIの「Merry・Go・Round」だった。歌詞が頭のなかで響く。愛情がカラ回りしている。

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