第10話♀ 私のキューピッドたち
街灯がほとんどない夜道を、私とふじーは自転車を押しながら歩いていた。
いきなり明かりがないところに連れていかれて、さらに道脇に降りようとしたときには、本気で襲われるかもしれないと思っていた。去年、不審者に追いかけられたのをきっかけに買ったスタンガンを生まれて初めて使うかもしれないと覚悟をしていた。
ところが私が見たのはスタンガンの火花ではなく、ホタルの光だった。本物を見たのは初めてだったが、幻想的な点滅に心から美しいと感じた。そしてふじーに言われてようやく気付いた。ああ、そういえばルシフェラーゼだったと。
ただ別に、ルシフェリンがルシフェラーゼに酸化されて、そうだATPも必要だったとか、そんなことはどうでもよかった。この幻想的な光を楽しみたかった。
そして恋愛もいっしょだ。CUPID遺伝子の論文が本当かどうか、別にどっちでもいいじゃないか。研究者としてはいけない考え方なのかもしれないけれど、私がプライベートで恋愛する分には余計なお世話だ。私はふじーが好き。それだけで十分。その素直な感情が大切だ。
……そうだ、思い出した。
「ねぇ、最初の感情って言葉使ってたよね」
「ああ、あれね。べーさんから借りた言葉なんだけど」
「べーさんから?」
「今日の昼間、ちょっとべーさんに相談したんだよ。そうしたらこう言われたんだよ。『CUPID遺伝子とか関係なしに、お前がどう思っているか重要なんじゃないか? 昨日のデートが楽しかったなら、それでいいじゃないか』って」
ふーん、なるほどね、そういうことか。
「なんだよ、ニヤニヤして」
「なんでーもなーい!」
すっきりとした私の心の中と、どこまでも広がる夜空に私の能天気な声が響き渡った。
家に帰ると、私はちぃに電話をかけた。今朝のアドバイスのお礼と、確認したいことがあるからだ。
「朝はありがとね。おかげで仲直りできそうだよ」
「よかったですねー。お役に立ててよかったです」
「そーだね、ちぃと……べーさんのおかげでね」
「ありゃ……バレてましたか」
ちぃが私に言った「最初の感情」、そしてべーさんがふじーに言ったのも「最初の感情」。2人で手を打っていたのだろう。
「日曜の夜にべーさんから、CUPID論文が取り下げになったって聞いたんですよ。それでもしものことがあったら、私とべーさんとで手助けしようって。余計なお世話でしたか?」
「ううん、むしろ助かった。べーさんにもありがとうって言っといて」
ケータイを切ると、私はベッドの上で大の字になった。ありがとう、私のキューピッドたち。
週が終わって日曜日。朝から私は大学にいた。実験動物の餌やりだ。この後ふじーといっしょに映画を見る約束をしていて、餌やりをいっしょに手伝ってあげるとか言っていたけれど、どうも寝坊したようだ。やれやれ。
まぁ、そんな細かいこと気にしていたら、楽しめることも楽しめないしね。1人で気長に餌やりをやりますか。
バッグを机に置いて、私はCDを取り出して、CDラジカセにセットした。この前べーさんが、餌やりのときに無音だと退屈だからと、どこからかラジカセを持ってきた。今のところ教授からは何も言われていないから、黙認されたようなものだ。
「さーて、はじめますか」
独り言をつぶやいて、私は餌の入った容器を手に取った。ラジカセからはYUIの「I'll be」が流れていた。
(了)