始まりようのない、終わり
仕事帰りの車道で倒れている男性、このあたりの人なのだろうか?
人気の少ない田舎道、男性からはアルコールの匂いがして顔も赤い。
血の色とは違う赤み、酔っていたのだろう。フラフラとしながら歩道を歩いていたが、
車のスピードは緩めず、男性との間も開けずそのまま通り過ぎる瞬間、ふらつきながら車道に出てきた。
予測は出来ていたが、まさか本当に出てくるとは・・・。
私はびっくりしてそのまま轢いた。
ちゃんと死んでくれたかな?死んでくれないと代われないんだよ。
殺し屋の知識を使い、殺すのも疲れるし。
私は変わらず横たわっている男性の口元に手を当て呼吸を、そのまま頸動脈や体温、心音を確認する。
よし、ちゃんと死んでいる。
きっとお酒を楽しみ、苦しまずに死んだんだ、良かった。
これからは、私があなたの人生を代わりに生きるから安心してね。
私はしゃがみ込み両手で男性の身体に触れると、それはすぐにドロドロとした物体となり、
そのまま私の身体に絡まり纏う。
今から俺は新しい人生を生きることとなった。
前の人生である私の存在は、今、跡形もなく消え初めからなかったものとなる。
すぐに男の記憶が入り込んでくる。
50歳、見た目はメタボ気味の中背、抜け毛が目立つ冴えない風貌。
どこにでもいるようなサラリーマンだ。
記憶のままに歩き、帰宅の路に着き玄関を開け「ただいま」と声をかける。
家には同い年の妻、高校生1人と中学生2人の子供がいるが、いつものように返事はない。
4人は俺の存在など目に入っていないように、リビングでテレビのクイズ番組を見ながら談笑している。
俺の食事はいつもの様になく、シャワーを浴び自室に向かう。
パソコンを開き、昔のプロ野球選手のプレー動画を見ながらビールを飲む。
これが唯一の趣味でストレス発散だ。
仕事は大手広告代理店勤務だが、仕事は出来ずいつリストラにあってもおかしくはない。
リストラされないのは同期の何人かが、本社の役職に就いており、整理候補から外しているとの噂だ。
ただどの同期とも付き合いはなく、会社にも親しい人はいない俺のためにそんな事はしないと思うのだが、わざわざそれを言う必要も人もいない。
どのみち周囲からしたら納得は出来ないだろう。
仕事は会社の昔のデータを、パソコンに入力することだ。
膨大な量で、おそらく10年はかかる、終わるのは定年退職する時くらいだろうか。
何十年前の社員の名前、住所、所属部署、携わった仕事等。
1人の情報を入力終えても、新たな情報や訂正箇所も出てくる。
倉庫のような一室で、誰とも話さず書類に囲まれながらひたすらパソコンと向き合う日々。
子供の時から人付き合いは苦手、勉強や運動も出来ず、太り気味の俺は恰好のイジメの対象だった。
陰鬱とした学生時代を過ごし、名前もよく分からない大学でも変わらない日々を過ごし、
冗談半分で今の会社に願書をだしたところ、書類選考、1次、2次、最終と進み、採用となった。
学歴も資格もなく、筆記試験はまったく分からず、面接ではひたすらどもっていたにも関わらず。
ただ入社したのはいいが、当然のごとく、壁に当たった。
そもそも周囲とは頭の出来や、仕事のスピードが違い過ぎた。
俺が仕事を1つ終わらせる頃には周囲はすでに3つは終わらせており、最初は慣れないからと大目にみていた上司や先輩も次第に冷たい視線を向けてきて、1年後には入社したばかりの後輩からも軽んじられ、俺の立ち位置は決定した。子供の時から変わらず。
今の仕事は誰とも話さず、自分のペースで出来てノルマもない、
家族ともお互いが無関心で、友人もいないから、煩わしい関係性もない。
天国だ、全てが天国だ。
俺は動画見ながら、何でこの選手を戦力外にしたんだろう、
年齢による衰えが顕著でも、野球に取り組む姿勢は若手の見本になっただろうにと思う。
そして3年後、俺はこの世界から消えた。今度の人生は息子だった。
ー馬鹿にしてんじゃねーよ。
ーそれでも父親か。
ーてめえ何か死んじまえ。
昼間、前日に大学受験に失敗した息子が自宅の階段から降りてきた瞬間に目が合い襟首を掴まれた。
他の家族は出かけており、家には俺しかいなかった。
目は充血して、顔は殺意が込められた表情だった。
咄嗟だった、昔、フランスで殺しを生業としていた記憶が息子に向けられ、あとはもう一瞬だった。
息子の首は人体構造上、おかしな方向に曲がり、そのまま階段からずり落ちた。
確かめるまでもなく、死んでいた。
俺はその場にしゃがみ込み、両手で身体に触れる。すぐに息子の体はドロドロとなり、俺に絡まり纏う。
新しい体の記憶が入り込み、この息子が父親を尊敬していたことを知る。
大手の会社に勤めながら偉ぶることはなく、人の悪口や愚痴も言わず、
どれだけ仕事の帰りが遅くとも疲れた表情や態度も見せなかった。
兄弟で母親の悪口を言い合うと、たまたま通りかかった父親が体を震わせながら言った。
「お母さんだけは悪く言うな」
目には涙を浮かべながら、寡黙で口下手な父親から唯一叱られた出来事だった。
そんな父親を尊敬していたが、いつからか父が家族と距離を置くようになり、
それは自分の思春期と重なり、そのまま接し方が分からなくなった。
それでも関係修復のきっかけになればと、同じ会社を目指した。
面接官に言う日を夢見ていた、尊敬する父の様になりたい、と。
そのための大学受験、目指す会社はそれなりの大学でなければ受からない。
そして落ちた、そんな父は自分をどう思うのだろう。
変わらず見てもくれないのだろうか、ますます距離が離れるのだろうか。
その日、家族は出かけており、休日はいつも自室にこもる父と階段で目が合ったが、
何も言われなかった、変わらない興味のない眼差し。
感情が噴出し、後はもう一瞬だった。
そんな記憶、息子の想い、その父親はもういない。
始まりは遥か昔、遠い遠い場所だった。
果てしない代わりを繰り返した。
不思議なのは、必ず誰かを殺して代わること。
まるで決められているように。
この男が尊敬した父親はもう、俺の記憶でしか存在しない。
車庫から音が聞こえ、しばらくするとチャイムと共に玄関が開けられる。
「・・・今日の晩御飯は焼肉だよ。セールで買い過ぎたから、たくさん食べて」
母が笑いながら帰ってきた。