6-8「政治」
6-8「政治」
それは、一行が犯してしまった「罪」に匹敵するほどの大罪になりかねない、重大な背信行為だった。
帝国議会に対し、実際は勇者ではないのに、ティアを「勇者様だ」と偽って壇上に立たせ、帝国を、諸王国を支援する方向に動かすために演説させようというのだ。
一行はすぐには返答することができず、お互いに視線を交わし合った。
帝国が諸王国を支援するために軍隊を出動させ、魔王軍に追われるように難民となった人々を助けるために活動してくれる。
それはもちろん、一行にとっても、諸王国にとってもありがたい話だった。
サクリス帝国は人類世界においてもっとも巨大な国家であり、その生産力は豊富で、人口も多く、動員可能な兵力は諸王国との比較ではない。
諸王国がその総力をあげてウルチモ城塞に結集させた兵力は総勢10万名にもなったが、サクリス帝国には常備軍だけでその数倍の兵力があり、その気になれば100万の大軍であろうと準備することができる。
それだけの兵力があれば、魔王軍と正面から戦っても勝ち目がある。
加えて、生産力の豊富なサクリス帝国からの支援を受けることができれば、魔王軍に故郷を追われた難民たちも、少なくとも命は助かるかもしれなかった。
テナークスが言ったとおり、難民の全員を受け入れることはサクリス帝国でも難しいことだったが、それでも、大勢が助かることは事実だったし、そうすることができるのはサクリス帝国以外には存在しない。
だが、テナークスのやり方は、かなり危うかった。
ティアに「自分こそが勇者である」という嘘をもう一度、しかも帝国議会という公の場で言わせるのだ。
もしティアが勇者ではないということがバレてしまえば、一行は罪人として帝国で囚われの身となり、処刑されてもおかしくはないし、テナークスも無事では済まない。
失敗してしまえば、取り返しのつかない、一か八かの賭けだった。
「不安なのはわかります。ですが、他に方法がないのです」
テナークスは、バーンが用意してくれたお茶に口をつけた後、一行に向かってそう言った。
「帝国議会は今、諸王国を支援しようとする人々と、帝国の平和を守ろうという意見で割れています。特に、数名の議員が強い反発をしていて、それに同調する人々も大勢出てきています。多少、強引にでも、魔王軍の脅威が帝国にとって他人ごとではないと知らせる必要があるのです」
サムは、テナークスの話を聞きながら、(帝国は、ずいぶんのんきなんだな)と、少しだけ呆れていた。
魔王ヴェルドゴの復活と、魔王軍による侵略。
これは、決して帝国にとっては他人ごとではないはずだった。
諸王国は必死に戦っているが、すでにウルチモ城塞は陥落し、諸王国でもっとも力の強かったアロガンシア王国は、その国王であるオプスティナド4世が死去したことで混乱の渦中にある。
精一杯魔王軍に抵抗はするだろうが、いつか力尽きてしまう可能性は、十分にあることだった。
そうなれば、サクリス帝国は単独で魔王軍の脅威に対処しなければならなくなる。
もっとも、サクリス帝国がのんきに何も決められない会議を続けているのも、仕方のないことだったかもしれない。
何しろ帝国は本気になれば100万もの軍勢を動員することができる巨大な国家だ。諸王国がどうなろうと、自力で魔王軍と戦う力は十分にあるだろう。
少なくとも、帝国ではそう考える人々の方が多い。
帝国は諸王国が失われようとも安泰で、そうであるのなら、わざわざ自分から進んで魔王軍との戦争に向かうような必要はない。
帝国では、そんな風に、戦争よりも現在の平和を維持することを望む声が大きい様だった。
中でも、帝国の参戦に強く反発しているのは、帝国宰相の地位にあるイプルゴスという人物だった。
イプルゴスは50代の恰幅の良い男性で、焦げ茶色の髪と瞳を持つ貴族だ。
何事も、皇帝の地位に就く人物も帝国議会の選挙によって選ぶこととなっているサクリス帝国で、老齢を迎えた現皇帝の「次」に帝位につく人物として、最有力候補の1人として名前があがる人物だった。
そのイプルゴスは、諸王国を助けるべきだと主張するテナークスと激しく意見を対立させており、テナークスは意識して敵視していないにも関わらず、テナークスのことを「政敵」として激しく非難しているのだという。
次期皇帝に推されるくらいの地位にあるから、イプルゴスの発言の影響は強く、また、その主張も「帝国の平和を守る」という多くの人々に支持されやすいものであるため、テナークスを筆頭とする諸王国救援派はすっかりやり込められてしまっている。
その状況を打破するためには、この際、「嘘も止む無し」というのが、テナークスが至った結論だった。
諸王国が魔王軍に抵抗を続けている間は、確かに、帝国は平穏でいられるだろう。
だが、光の神ルクスに属した眷属をこの世界から消滅させ、暗黒神テネブラエの世に作り変えようと目指している魔王軍は、諸王国を滅ぼしたのちは必ず帝国へと攻め寄せてくる。
それが分かっている以上、諸王国がまだ生き延びているうちに戦うべきだというのが、テナークスの意見だ。
そこには打算だけではなく、同じ「人間」として諸王国の人々を救いたいという思いも込められている。
「分かりました。私でよければ、できる限り、やらせていただきます」
やがて、バーンが淹れてくれた2杯目のお茶を飲み干し、ティーカップをソーサーの上へと戻したティアは、そう言ってテナークスの協力要請を承知した。
「ティア。本当に大丈夫なのか? 」
「正直言って、うまくいくか自信はないけれど……。でもやるだけのことはやらないと」
ラーミナがティアの覚悟を確認する様に言うと、ティアは、少し不安そうではあったものの、笑顔を見せながらそう答えた。
少女たちもサムも、ウルチモ城塞での魔王軍との激しい戦いも、戦火を逃れるために逃げてきた難民たちも、どちらもその目で間近に見てきている。
さらに嘘を重ねるということであっても、何か、できることがあるのならやりたい。
それは、大きな罪を背負った一行にとって、共通した思いだった。
「ごめんなさいね。あなたたちに、こんな役割を担わせて……。あなたたちのご両親に、合わせる顔がないわね」
そんな少女たちに、テナークスは涙を滲ませながらそう言って頭を下げた。




