6-7「協力要請」
6-7「協力要請」
一行を案内したバーンがテナークスの執務室の扉をノックすると、すぐに、「お入りなさい」と言う返答が返って来る。
部屋の中に入ると、そこには、どこか疲れた様な表情をしたテナークスが、執務机の向こうで椅子に腰かけていた。
「テナークス先生! ずいぶん、お疲れのご様子。いったい、何があったのですか? 」
「ああ、心配はいりませんよ、バーン。少々、年を取ったということだけですから」
そのテナークスの様子を見て心配そうな表情を浮かべたバーンに、テナークスは柔らかく微笑み返した。
「バーン、それにリーン。あなたたちがどんなに辛い生い立ちを持っているのか、私はよく知っているけれど、こういう時は少しだけあなたたちがうらやましくなるわね」
サムは、テナークスのその言葉を聞きながら、以前、リーンが「自分は実は50年以上も生きている」という発言をさらりとしていたことを思い出す。
サムは実を言うと半信半疑と言ったところだったのだが、どうやら、本当のことらしい。
「さ、あなたたちは座りなさい。サム殿は、申し訳ないけれどクッションを用意したからその上に。バーン、悪いけれど、お茶を用意してちょうだい。ついでに、周りに人がいないかも確認してもらえないかしら」
4人の少女たちはテナークスの勧めで「失礼します」と言いながらソファに腰かけ、こういう目上の人と会う時の礼儀作法などさっぱりなサムは、その様子をおっかなびっくりマネしながら、ソファの隣に用意されていたクッションの上に胡坐をかいて座った。
バーンはテナークスに指示された通りにまずは部屋の周囲を確認し、「誰もいない様です」と知らせてから、お茶を用意するために去って行った。
テナークスはバーンの言葉を聞いて安心したように嘆息し、それから、一行を見回してから口を開いた。
「まったく。あなたたち、とんでもないことをしてくれましたね」
その言葉に、ティアたちは姿勢を正し、身を固くした。
自分たちは勇者だと偽り、魔王城まで赴き、そこで聖剣マラキアを失った。
魔王ヴェルドゴが復活を遂げ、諸王国が魔王軍によって激しい攻撃にさらされている、そのきっかけを作ったのが、この4人の少女と1頭のオークだった。
テナークスから、どんな非難を受けても仕方のないことをしているのだ。
「何を思ってこんなことをしたのか、大体、察しはついています。あなたたちは皆、私の教え子なのですから」
だが、テナークスは、その点を糾弾しようというつもりはない様だった。
「サム殿を、人間に戻し、勇者としての力を取り戻すこと。そして、聖剣マラキアのこと。この2つは、もちろん、私も力を尽くして協力いたしましょう」
それから発せられたテナークスの言葉に、少女たちは表情を明るくし、ほっとした様にお互いの顔を見合わせた。
サムはテナークスのことをまだよく知らなかったが、少女たちは皆、テナークスのことを信頼し、慕っている様だった。
「ですが、私からも、あなたたちにやってもらいたいことがあるのです」
次いで発せられたテナークスの言葉に、一行は再び緊張して身を固くした。
そんな一行の様子を見て、テナークスは自嘲する様に笑った。
「そんなに緊張する必要はありません。……むしろ、恥ずかしいと思わなければならないのは、こちらの方なのですから」
そう言ってテナークスが切り出した一行への「協力要請」は、サクリス帝国の帝国議会において、諸王国へ支援を行うための議決を成立させるために、証言をして欲しいということだった。
サクリス帝国は、その国家元首として皇帝をいただきながらも、複雑な統治制度を有していることで知られている。
帝国ではものごとは皇帝の一存だけでは決まらない。
全て、帝国議会と呼ばれる会議の場で決定される。
それは例えば、皇帝が崩御した際に「次の皇帝を誰にするか」と決めることも含まれている。
帝国議会は皇帝、貴族、そして民衆の有力者から選ばれた代表たちによって開催され、帝国の国策について毎年、年中、話し合われている。
帝国はその建国された時代から続くこの制度を誇りと思っており、同様の制度を持たない他国を「未発達」として下に見ることさえあった。
帝国の議会制度は世界中で有名なものだったが、それは、帝国人が誇る様な優れた部分だけではなく、悪い部分についてもそうだった。
というのは、帝国議会では常に「全会一致」が義務づけられており、「何も決まらない」ことで知られているからだ。
そして、今も帝国議会では、ある事柄で紛糾していた。
魔王軍によって侵略を受けている諸王国を、帝国が援助するか否か。
魔王軍による侵略は「世界の危機」だとして、諸王国に国境を開き、援軍の派遣だけでなく物資の支援や難民の受け入れなどを行うべきだという意見は、当然あった。
だが、「それは帝国を戦争に巻き込むということだ」として、強硬に反対を唱える意見も大きく、魔王軍の侵略が開始されたというウルチモ城塞からの第一報が入って以来、帝国議会はもめにもめていた。
帝国が諸王国に対し国境封鎖を実施しているのも、帝国議会において今後の方針が何も決められないためだった。
テナークスの一行に対する協力要請というのは、直接魔王軍の侵略の光景を目にしてきた一行にその様子を証言してもらうことで、帝国議会の意見を、諸王国を支援する方向で固めたいというものだった。
「あなたたちも酷い格好でしたが、今、帝国と諸王国との国境には、あなたたちより酷い状態の難民がたくさんいるのです。……帝国の平和は大事なことですが、手を差し伸べることもせず、殻に閉じこもっていることは間違いでしょう」
テナークスは、そう言うと、危機が迫っているのに何も決められない帝国の現状を嘆くように嘆息した。
「もちろん、難民の全てを帝国が受け入れるということは、できません。いかに帝国が強大であるとはいっても、限度というものがあります。ですが、難民たちにいくらかでも支援を与え、諸王国を救援するために軍を動かすことは、しなければならないと、そう思っています」
テナークスはそのために、公にはまだ「光の神ルクスに選ばれし勇者」ということになっているティアの力を借りようとしている様だった。




