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オーク35歳(♂)、職業山賊、女勇者に負けて奴隷になりました ~奴隷オークの冒険譚~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第6章「サクリス帝国」

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6-5「マザー・テナークス」

6-5「マザー・テナークス」


 それは、年老いた女性だった。

 その頭髪はすっかり白くなり、顔にはしわが目立つ。

 だが、その薄茶色の瞳は未だに強固な意志をたたえていて、その立ち姿は美しく、かつてその女性が若かりし頃の美貌びぼうを想像させてくれる。


 高位の魔術師が身に着ける上等なローブに身を包んだその女性の声に、少女たちを取り囲み、サムに槍の先端を突きつけていた騎士たちは戸惑っている様だった。


「しかし、マザー・テナークス、この者たちは怪し過ぎます! オークも一緒なのですぞ! 」

「大丈夫です。この少女たちは、以前は私の教え子たちでしたから。あのオークのことはよく分かりませんが、ひとまず、危険もないようですし」

「で、ですがっ! 」

「私が、よいと申し上げているのですよ」


 職務に忠実な騎士は少し融通が利かないタイプである様だったが、その老女、マザー・テナークスの一言で押し黙った。

 そして、次々と刃の切っ先を下ろす騎士たちの姿を確認した後、テナークスは薄汚れたひどい格好をしている少女たちを見回して、悲しそうな顔をした。


「どうやら、よほど大変な思いをしてここまで来たようですね。……ひとまず、ティア、私の馬車に乗りなさい。中で、話を聞きましょう。他の方たちは近くでお待ちなさい。馬車の中に全員は入れない様ですから」


 少女たちはテナークスのその言葉にお互いの顔を見合わせ、嬉しそうに笑顔を見せた。

 久しぶりの笑顔だった。


 テナークスとティアの話し合いは、しばらくかかった。

 その間、一行は言われた通り馬車の近くで、一応武器は向けて来ないものの警戒心を解かないままの騎士たちに囲まれながら、じっと待ち続けた。


 馬車の中からは、何の声も漏れ聞こえてこない。

 どうやら貴人様に特注して作られた馬車の様で、中でどんな話をしても外に声が漏れて来ない様にできているらしい。


 やがて、ティアが馬車から出てきた。

 一行が慌てて駆け寄ると、ティアは笑顔を見せた。


「みんな、テナークス先生は協力してくれるそうよ。私たちの身分の保証人になって、このまま、魔法学院まで連れて行ってくださるって」


 その言葉に、一行は手を叩きあって喜んだ。


 こうして一行は、テナークスが乗った馬車に付き従って、国境線を超え、サクリス帝国へと入ることができた。

 国境を超え、サクリス帝国の要塞内へと入った一行は、そこで一行の姿を見るに見かねたテナークスの好意で一晩宿泊できることになり、久しぶりにお風呂に入ったり、まともな食事にありついたり、清潔なベッドで眠ることなどができた。


 そして、夜が明けると、一行はテナークスの命令で新たに用意された2台の馬車に分乗して、魔法学院を目指した。


 テナークスのものも合わせて合計で3台となった馬車は、よく整えられた街道を順調に駆け続けた。

 前後を護衛の騎士に守られた馬車は、今だ戦火の気配も感じられないサクリス帝国の野山や田園、集落や街を駆け抜けていった。

 諸王国を北から南へ縦断してきた困難な旅路が嘘のような、快適な旅だった。


 徒歩であれば何日も何週間もかかったであろう道のりを、馬車はほんの数日で駆け抜けてしまった。


 そして、一行の目の前に、巨大で、壮麗な城塞都市が現れた。

 それは、人類世界の中で最大規模を誇る大国、サクリス帝国の帝都であり、「帝国の華」と呼ばれる巨大な都市だった。


 サクリス帝国の帝都、「ウルブス」は、巨大な湖に突きだすような岬に築かれている。

 その外縁部は二重の堀と城壁によって堅固に守られ、皇帝が住まう宮城に至る道にはさらに3つの城門を突破しなければたどり着けない、その巨大さに見合った重厚な防御を備えている。


 人類世界でもっとも巨大な国家の頂点としての地位を長年に渡って保ってきたウルブスの市街地は広大で、城壁の中だけには納まらず、城壁の外側にも大きく広がっている。

 帝都に集まって来た人々が築いたそれらの市街地は複雑に入り組んだ構造をしていたが、商店には商品があふれ、大勢の人々が行き交う活気に満ちた街になっている。

 それだけではなく、帝都が面している巨大な湖には、サクリス帝国の各地と交易をするための帆船が何隻も行き交っており、港ではいくつもの木製のクレーンが休むことなく動いているのが見えた。


 そして、ウルブスを守る堅固な城壁と塔の上には、サクリス帝国の旗がいくつも林立し、風に吹かれて、気持ちよさそうにひるっている。

 贅沢に大理石を使うなどして築かれた帝都の宮城の姿が鏡の様な水面に映し出されて輝いている様子は、本当に美しいものだった。


 何という大きさ、何という活気、何という繁栄だろうか!


 その巨体のせいか、4人の少女たちと別れて最後尾の馬車に乗せられていたサムは、帝都郊外の田園地帯を走っていく馬車の荷台の上から、首を精一杯のばして帝都を眺めていた。


 諸王国の貧しい農村に生まれ、マールムによってオークに変えられてからは人里離れた山奥などで暮らして来たサムにとって、そのウルブスの繁栄ぶりは、想像もしたことがないようなものだった。

 ウルチモ城塞でも、国境地帯の難民キャンプでもたくさんの人々が集まってはいたが、ウルブスにはそれよりも遥かに多くの人々が暮らしている。


 世界にこんな場所があり、そして、自分がその光景を目にすることになるなんて、サムは夢にも思ったことがなかった。


 驚きと感心でウルブスの姿から目を離せないでいるサムを乗せた馬車は、ウルブスの中でもひときわ古く、威厳のある建築群を目指して進んでいった。


 ウルブスの市街地の一画に大きく区画を割かれ、その区画の中にいくつもの建物ととんがり屋根を持つ塔を持ち、そこを特別な場所として他の市街地と分ける様に城壁で囲まれたその場所。

 それこそが、一行が目指して来た魔法学院だった。


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