6-4「馬車」
6-4「馬車」
数日が経って、一行は、当初はあまり支持されなかった国境の迂回プランを取ろうかという話でまとまりかけていた。
サクリス帝国が国境線を開く気配はなく、この数日の間だけでも、国境地帯で足止めされている人々の数は増え続けている。
通行が許されたのは、数例だけ。
サクリス帝国出身の貴族たちや、諸王国と魔王軍との戦況を探るために放たれたサクリス帝国の偵察兵たちだけだ。
一昨日までは、潜入して国境線を突破しようという話で決まりかけていた。
だが、昨日の朝、夜のうちに魔法を使って国境線の突破を図った別の集団があっさりと発見され、サクリス帝国軍によって拘束されたことから、それは取りやめとなった。
予想されていた通り、サクリス帝国には優秀な魔術師たちがいる様だった。
失敗した密入国は、魔法のアイテムを使い、その上に魔法をかけて徹底的に姿を隠そうとしながら行われたのだが、かえってその分魔法の気配が強まったために失敗したらしかった。
その密入国の様子は、ルナやリーンにもなんとなくわかっていたくらいのものだ。
かといって、魔法を使わなければ、常時巡回しているサクリス帝国の兵士たちに気づかれてしまう。
隠れて潜入する、というのは、オークの巨体を持つサムがいるから、まず無理だ。
結局、少しでも望みがあるかも、というのが、迂回する計画だった。
それに、いよいよ、一行の懐事情が逼迫してきているというのもある。
これまでは何とか食いつないできたが、売れそうなものはうでに売ってしまっていて、これ以上この場にとどまっていることは、飢えることと同じになってしまっている。
迂回する途中で、何とか商人の護衛といった仕事などを引き受け、金銭を得なければ、一行は今後の食事にありつけないという状態だった。
すでに、一行が持ってきた食料は尽きつつある。
少女たちは水で何とか飢えを紛らわせているが、大食漢のサムなどは、すっと、腹が鳴りっぱなしだった。
サムがオークであるという問題があったが、その点は何とか、許容してもらえる雇い主を探すしかなかった。
とにかく動かなければならないと、一行がキャンプを畳んでいた時、不意に国境線から人々のどよめきが起こった。
片付けの手を止めて一行が視線を向けると、驚いたことに、固く閉じられていたサクリス帝国の要塞の門が大きく開かれ、そこから1台の馬車と、その護衛なのか10名以上の騎士が出てきたのだ。
一瞬、国境封鎖が解かれたのかとも思われたが、その馬車と護衛たちが全て出てくると、門は再び閉ざされてしまった。
国境地帯に集まっていた人々は門が閉じられたことに再び落胆してしまったが、しかし、少女たちは違った。
何故なら、その馬車は、魔法学院の所有物であることを示す紋章が描かれていただけではなく、魔法学院で教鞭を取る魔術師たちを統括する立場にある、「学長」が乗っていることを示す旗が馬車にはかかげられていたからだ。
「みんな、早く! 」
ティアはそう叫ぶや否やまとめていた荷物を放り出して駆け出し、ラーミナ、ルナ、リーンも、同様に荷物を放り出して馬車に向かって走り始めた。
「お、おいっ、どうしたって言うんだよ!? 」
事態が呑み込めなかったサムは、戸惑いながらそう叫び、少女たちと荷物との間でオロオロと視線を行ったり来たりさせた後、慌てて少女たちの後を追って、鎖をじゃらじゃら言わせながら精一杯の速さで走り始めた。
魔法学院の馬車は、ゆっくりと国境地帯に出来上がった難民キャンプの間を進んでいた。
整然と隊列を組んだ騎士たちに護衛されたその馬車はどこかへ向かうわけでは無く、難民キャンプの間をただ、のろのろとした速度で進んでいく。
そのばに居合わせた人々は、その馬車を気味悪そうに眺めながら、先導する騎士たちにうながされて道を開けていく。
やがて、その馬車の前方に、4人の少女たちは次々と駆けこんだ。
先頭を切って躍り出たのは、リーンだった。
その痩せた体躯で難民たちの間を駆け抜けると馬車を先導する騎士たちの眼前へと躍り出て、短く呪文を唱え、大きく見える炎を生み出した。
それは少しも熱くないこけおどしの炎に過ぎなかったが、火を本能的に恐れる馬たちはその見せかけの炎によって興奮し、騎士たちの隊列が乱れる。
そうして出来上がった馬車までの道を、空腹から途中で走るペースを落としていたティアが最後の力を振り絞る様に駆け抜け、馬車の側へとたどり着いた。
「マザー・テナークス! お願いします、話を聞いてください! 私です、パトリア王国のティア・アミーキです! 」
ティアは肺の中に残っていた空気を絞り出すようにしてそう叫び、それから、とうとう息を切らし、両手を両ひざに突いて身体を折る様にしながら、苦しそうに肩で息をする。
ティアに続いて馬車に駆け寄ったラーミナとルナ、リーンの3人は、そんなティアの左右を守る様に位置を取り、リーンの炎の魔法で混乱してしまった馬をなだめている騎士たちからティアを守る様にそれぞれの得物を構える。
サムは、ティアたちのところまでたどり着くことができなかった。
人々はサムの姿を見るなり逃げ散ってくれたから自然とサムの前には道ができたのだが、いかんせん、35歳という年齢と、手足を魔法の鎖で拘束されたままであるという事情がサムの足を引っ張った。
サムは馬をなだめて体勢を立て直した騎士たちに槍を突きつけられて、彼らを強行突破するわけにもいかずに立ち止まらざるを得なかった。
サムと同じ様に、4人の少女たちも、馬車の護衛の騎士たちによって取り囲まれてしまっていた。
馬まで鎧を着こんだ、最高級の装備で身を固めた騎士たちだ。
混乱した馬をすぐに落ちつかせたことから相応の技量も持っている騎士たちだと容易に予想できる相手で、その人数も一行の何倍もいる上に、その武器や鎧には魔法が仕込まれているのか、古代文字が刻まれている。
「貴様ら、テナークス様の馬車と知った上での狼藉か! 」
騎士の1人が鎧の下からそう叫び、少女たちを威圧する様に馬を1歩前へと進ませた。
「テナークス先生! お願いします、私たちの話を、聞いてください! 」
騎士のことを無視して叫ぶティアの周囲では変わらずラーミナ、ルナ、リーンが守りを固めているが、人間相手に戦うわけにもいかず、それ以上身動きができずにいる。
「貴様を拘束する。そこを、動くな! 」
固唾を飲んで自分たちの声が馬車の中の人物に届くことを祈っていた少女たちへの包囲網を、騎士たちはさらに狭めていく。
「おやめください。この者たちは、私の教え子たちなのです」
馬車の扉が開かれ、そう言いながら1人の人物が現れたのは、その時だった。




