6-1「南へ」
6-1「南へ」
パトリア王国の宮廷魔術師、キアラによって、ウルチモ城塞から魔法で転移させられた4人の少女と1頭のオークは、気がつくと空中にいた。
そして、一行は、自分たちの現状を認識する余裕もなく、重力に引かれて落下する。
3、4階建ての建物の上から飛び降りたような、けっこうな高さからの落下だった。
だが、幸いなことに、誰も怪我はせずに済んだ。
リーンが咄嗟に落下速度を緩める魔法を使い、そして、その魔法がオークの巨体のせいであまり効かずに先に落ちたサムのでっぷりと突き出た腹が少女たちのクッションとなって衝撃のほとんどを吸収してくれたからだ。
もっとも、身軽とはいえ、立て続けに4人の少女たちの下敷きにされてしまったサムは、たまったものではなかった。
あばらが浮き出るほど細身のリーンや、軽装のルナはともかくとして、ティアとラーミナは鎧も着込んでいたのだ。
だが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「な、何だ!? 何があったんだ!? パトリア王国軍の本営に転移させられるはずじゃなかったのか!? 」
周囲を見回し、そこが何もない野外であることに気がついたサムは、飛び上がる様に上半身を起こしながら叫んだ。
「ここは、城の外じゃないか! いったい、どういうわけなんだ!? 城は!? お嬢ちゃんたちのご両親は、どうなったんだ!? 」
騒ぎ立てるサムと対照的に4人の少女は静かだった。
ティアはふさぎ込んだように座り込み、腕の中に顔をうずめ、ラーミナは悔しそうに近くに生えていた木に拳をぶつけ、ルナは地面にへたり込んですすり泣いている。
「サム、落ち着く。私たち、逃がされた」
ただ1人、落ち込むこともなく、憤ることもなく、泣くこともないリーンが、サムに言う。
「お城、もう、ほとんど落ちかけていた。だから、キアラ、私たちを逃がした。みんな、多分承知していること。知らなかったの、私たちだけ」
「逃がしたって……、何のためにだよ!? 」
「守るため。……そして、希望を繋ぐため」
リーンの言葉でサムは何があったのかをようやく理解して、押し黙るしかなかった。
アルドル3世も、ステラも、ガレアも、キアラも、自身は城で魔物と戦うために残り、その一方で、自身の娘たちと、そして、本物の勇者であるサムを生かすことを選んだのだ。
「それにしても、よ」
サムは、しばらくしてから、呆れと関心の入り混じった視線をリーンへと向けた。
「リーンさん、あんた、ヤケに冷静だよな……。もうちょっとコミュニケーションていうか、報告をきちっとして欲しいけど、なんか、頼りになるぜ」
そんなサムに、リーンは相変わらずのジト目を向けた。
「だって、私、少なくとも50年は生きているから」
「ぶっ、ぶひっ」
唐突に明かされた衝撃の事実に、サムは思わず、豚のような声を漏らしてしまう。
魔法実験によって作られた合成人間、というのも驚きだったが、まさか、肌に継ぎ接ぎがある以外は少女たちとさほど変わらない年齢にしか見えないリーンが、50年以上も生きていたとは。
35歳のおっさんオークであるサムよりも、ずっと年上なのだ。
「みんな、気持ちは分かる。でも、私たち、じっとしていられない」
一行の中で最年長であるリーンは、無言のままの3人の少女たちに言う。
「みんなの気持ち、覚悟、無駄にできない。私たち、大切な役目、背負っている。歩き出さないと、ダメ」
少女たちは、答えない。
自分たちだけが逃がされたという事実と、そして、そうされる直前までそのことに自分たちが少しも気づかなかったという後悔。
様々に入り混じった感情に、整理がつかないのだ。
「……そうだな。リーンの言うとおりだ。俺たちは、歩き出さなけりゃいけない」
やがて、サムはそう言いながら立ち上がった。
サム自身がこれまで思っていたこととは違い、サムは一行の中では最年長の存在ではなかったが、それでも、すっかり参ってしまっている少女たちを良い方向へ導くのが、年長者としてのサムの役割だった。
「キアラさん、最後に言っていたよな。魔法学院の、テナークス先生を頼れって。みんな、その、テナークス先生を知っているんだろう? どこに行けば会えるんだ? 」
「……南よ。魔法学院は、サクリス帝国にあるの」
最初に顔をあげたのは、ティアだった。
ティアは涙を拭きながら立ち上がり、サムの質問に答える。
それから、まだ動き出せないラーミナとルナに向かって言う。
自身の中で渦巻く感情に必死に耐え、震えそうになる声を必死に絞りだす様に。
「ラーミナ、ルナ。立って。歩き出しましょう。……私たちは、本当に、とんでもなくバカな娘だった。失敗して、その失敗した分を取り返すこともできずに、見ていることしかできなかった。だけど、お父様たちはそんな私たちに全てを賭けてくれたの。その期待に応えようと努力できなかったら、私たちは本当に……。ただ、調子こいてしくじっただけになってしまうわ」
「でも、お父様、お母様が……。みんなが……」
「……きっと、大丈夫だ。ルナ。父上たちの戦いぶりを、お前も見ただろう」
すすり泣きながら不安と後悔を口に出したルナの肩を、ラーミナの手が優しくつかんだ。
「必ず、生きているさ。……そして、私たちも、生きて父上や母上にお会いするんだ。たくされた役割をしっかりと果たして、堂々と」
「……。うん。分かったよ、お姉ちゃん」
やがて、ルナも立ち上がった。
「行きましょう。……南へ! 」
そして、一行はティアのその言葉で、星を頼りに南の方向を探し当て、北に背を向けて歩き出した。
一行が背を向けた北方、地平線の向こうの空は、心なしか、かすかに炎の色に染まっている様に思えた。




