5-19「塔の上の戦い」
5-19「塔の上の戦い」
宙を舞ったバンルアン辺境伯の首は、くるくると回転しながら重力に引かれて落下し、ぼとん、と、床の上に落ちて転がり、ようやく停止した。
それと同時に、頭部を失ったバンルアン辺境伯の身体がぐらりと揺れ、力なく床の上に横たわる。
その光景を眺めながら、マールムは愉快そうに笑っている。
「愚かな! 何て、愚かな人間! ヒヒッ! 魔物がお前ら人間に、「生かしてやる」などと約束するわけが無いだろうが! 」
マールムは腹を抱えるようにして笑い転げ、その不愉快で下品な笑い声が塔の最上階に反響して響いた。
動いたのは、一行ではなく、バンルアン辺境伯の部下たちだった。
「我が主君の、仇っ! 」
誰かがそう叫んでマールムへと吶喊するのに続いて、生き残っていたバンルアン辺境伯の部下たちが次々とマールムへと向かっていく。
「よせっ! 」
アルドル3世が鋭い口調で制止したが、遅かった。
マールムに勇敢に立ち向かっていった兵士たちは一矢報いることもできずにマールムが振るう斬撃に倒れ、バンルアン辺境伯と同じ様にその骸をさらすこととなった。
刀についた血糊を払ったマールムは、そこでようやく、8人と1頭の集団に気がついた様な顔をした。
「おんやぁ? これは、これは。ついこの間、我輩が始末したはずのお嬢ちゃんたちと、醜い醜いオークにされてしまった勇者様ではないか。後の4人は……、ほぉ? 我輩に敵わないと思って、助っ人でも呼んできたのかねぇ? 」
「貴様が、マールムか! 」
その時、普段は寡黙なガレアが、激昂して叫んだ。
「我が名はガレア・エクエス! よくも、我が娘を傷つけてくれたな! 」
アルドル3世がその肩をつかんで制止しなければ、ガレアは今すぐにでも突撃してしまいそうだった。
マールムは人を小ばかにしたように体を斜めに傾けて一行を眺め、ガレアと、ラーミナとルナの髪と瞳の色が同じであることに気がつくと、ニチャァ、と、下品な笑みを浮かべた。
「なるほどぉ! 子供らでは我輩に勝てなかったから、親が出てきたというわけですなぁ! ははは、これはいい! お父上殿、あなたは実に素晴らしい娘をお持ちだ! 」
マールムはそう言うと、カッ、と鮮血の色をした瞳を持つ双眸を見開き、嘲笑う様に言った。
「ヒヒヒヒっ! あなた方の娘さんの死にざまは、実に見事でありましたよ! 特に、その、栗毛の魔術師のお嬢さん! 我輩の手の中で苦しそうに悶え苦しむその姿は、まさしく、芸術の様でありましたぞ! ヒハハハハッ! 」
マールムの姿を前にして、全く歯が立たなかった経験を持つ4人の少女たちは、一様に険しい表情をしていた。
中でも、ルナはマールムの姿を見て怯えたように数歩、後ずさり、口元を手で押さえながら震えている。
ラーミナをはじめ、一行の看病によって一見元気を取り戻したように見えたルナだったが、やはり、その心には深い傷が残されている様だった。
そんな娘たちの気配を背中で感じ取ったアルドル3世は、もはや、ガレアが突撃するのを止めようとはしなかった。
アルドル3世の手から解き放たれたガレアは、雄叫びを上げながらマールムへと突進していく。
そして、ガレアが振りかぶった剣にキアラが唱えた魔法の力が宿り、聖剣マラキアが放った聖なる光とよく似た輝きを帯びた剣が、マールムへと振り下ろされた。
マールムは最初の一撃はかわしたものの、ガレアからの追撃は刀で受け、さらに激しく続けられる攻撃に数歩後ずさった。
鍛え抜かれたガレアの身体から繰り出される斬撃の勢いはすさまじく、キアラの魔法による強化も加わって、マールムを追い詰めている。
それでも、マールムはあくまで余裕ぶった、人を見下した笑みを浮かべたまま、大きく背後に飛び退ってガレアから一度距離を取った。
体勢を立て直そうとするマールムに、今度は、アルドル3世が左から、ステラが右から襲いかかった。
長年共に戦い続けてきた仲間だからこそできる連携攻撃だった。
「ヒホッ! ヒホホホッ! 」
マールムは奇妙な歓声をあげながら、アルドル3世とステラからの攻撃を迎えうった。
アルドル3世が両手で振るう斬撃を右手の刀で受け止め、ステラが鋭く突き入れてくるレイピアを左手の刀でいなしている。
まるで、右手と左手が別々に動く生き物のように、器用に戦っている。
戦いは拮抗していたが、そこに再びガレアが加わると、戦いの動きは激しいものとなった。
お互いに激しく位置を変えながら、互いの刃を激しく交える。
刃が空を切る鋭い音と、深く踏み込んだブーツが床を擦る音、硬い金属同士がぶつかり合う音が鳴り響き、火花が宙に舞う。
それは、熟練した踊り子たちが、巧みな踊りを舞台の上で演じている様だった。
その光景を前に、4人の少女と、1頭のオークは立ちすくんでいた。
少しでも、アルドル3世たちの戦いを支援したい。
そう思ってはいるのだが、流れるように、途切れることなく続くその戦いに、入っていく隙を見つけ出すことができなかったのだ。
それは、もどかしく、同時に、少女たちに自信を無くさせる光景だった。
自分たちは、旅に出て、強くなった。
少女たちはそう思っていたが、今、目の前で、少女たちが全く歯が立たなかった相手に対し、少女たちの親たちが互角の戦いを見せている。
自分たちの未熟さと、その未熟な自分たちが、自分自身の実力を過信して、招いてしまった深刻な状況に、押しつぶされるような気持だった。
強く、ならなければ。
そうしなければ、この世界を救えない。
自分たちの罪を、贖えない。
少女たちは、それぞれの手をきつく握りしめながら、じっと、目の前の戦いを見つめ続けた。




